第6話 それぞれの声
時刻は11:30、移流は約束の30分前に到着していた。辺りを見渡すと外国人観光客が目立ち、照りつける日差しが街をさらに賑やかにさせているようだった。普段は制服で学校に通っているため、私服でこの辺りに来ているのに少し不思議な感覚を覚えた。
飾らない格好が好みな移流は、白を基調としたワンピースをクローゼットから選んだ。綺麗な黒髪が良いコントラストとなっている。
流石にまだ誰も来てるわけないわよね。そう心の中でつぶやき、移流は待ち合わせの店に足を踏み入れようとするが、一人で知らないお店に入るのはなかなかに気がひける。こんなことなら、十季のようにギリギリに来ればよかったかしら。
「はあ...」
我慢していたがため息がこぼれてしまう。
「よっ、やっぱり移流がいちばんだと思ってたよ。」
そう声をかけて来たのは、シンプルな白シャツに黒色のデニムといった格好で普段の制服姿とあまり変わらない出で立ちの男、葉である。
不覚にもドキッとしてしまった移流は焦りが顔に出てしまわないよう、精一杯冷静を装って返事をする。
「あら、葉。早かったのね。」
「ちょっと移流と話がしたくてさっ」
そんな言葉にまたもや胸の高鳴りが収まらなくなる。
こんなにドキドキするのは突然声をかけられたからなのかそれとも...
「と、とにかく、先に入りましょ。」
店内は天井が高くてかなり開放感がある。使い込んだテーブルに不揃いの椅子が味を出している。いかにもアメリカの飲食店という雰囲気だ。
移流たちは奥の4人がけの席に案内された。
あーあ。二人きりでこんな所にいるなんて、学校の人たちに会ったらたちまち噂が広がるだろう。特にこの葉と一緒だなんて。
葉は特に女生徒から人気があり、移流は葉たちといると、時々女子に嫌がらせを受けることもあった。
お願いだから早く咲と十季来てください...でも、このまま二人でもう少し話もしていたいな...
「それで、移流は信じるか?あの十季の話。」
移流はハッと我に返る。
「私は、信じてもいいと思っている。十季が冗談でそんなこと言うなんておかしいと思うし、葉もそうでしょ?」
「まあな。もちろん信じてるよ。だけどあまりにも非現実的すぎるのも確かだ。どこからともなく聞こえた声が自分の見た夢で出て来た少女だなんて」
「そうね...」
どこからともなく声が聞こえる。そしてそれが見た夢と繋がっているなんて確かに真実味がないのも本当である。でも十季を信じたい気持ちの方がはるかに高い。
夢...か。
かすかに陰った移流の顔を見て葉が言う。
「まだあの夢、見てるのか。」
少しだけ胸がキュッとなる。
移流も十季と同じく、夢に悩まされていた。それも3年も前から。
移流の父親は3年前に交通事故で亡くなってしまっており、父親が死んで以来、移流の夢にはよく父が出て来ていたのだった。
父は背が高く切れ長な目をしており、長身だった姿はどこか葉に似ている気がする。
父が死んだその場にいなかったのに、なぜか交通事故が起こる瞬間を夢に見てしまう。俗に言う悪夢だ。なかなか寝付けず、悪夢に魘される日々は今も続いている。
「うん。まだたまに見るんだ。お父さんが死んでからもう3年も経つのに。」
「そうか...なんか俺らに力になれることがあったらいつでも言えよ。」
少しだけはにかんだ笑顔にそう告げられ、不意に葉と今はもうこの世界にいない父親の影が重なる。
ズキン。
少しだけ胸が苦しくなり、涙で葉が歪んでみえてしまう。気づかれないよう下を向き、ケータイを触るフリをする。
「それはそうと、あいつらまだ来ないのか。もうとっくに約束の12時をすぎているってのに。」
確かに遅い。十季はいつもギリギリに来るが、遅刻はあまりしなかった。それに加えて咲もなんて。まあ十中八九、咲が十季を迎えに行っているのだろう。2人のことを思うと、移流は少し微笑ましく思う。
カラン。
店のドアが少しだけ勢いよく開き、外から見慣れた男女が入って来る。
「「ごめん!!!」」
二人の声が店内にこだまする。
「実はちょっと道に迷って...」
「通学路で道に迷えるバカがどこにいるんだか。」
「嘘です。完全に忘れていました。」
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「いや〜本当に美味しいなここのシスコライスは。」
提供された料理をすぐさまガツガツ食べる十季とは対照的に、咲はどの角度から写真が撮るのがいちばん盛れるか、何枚も角度を変えて撮っている。
「ちょっと〜まずみんなで写真撮ろうよ。」
「ごめんごめんつい腹が減ってて」
移流がふふふと笑い、葉が大きいため息をつく。
パシャリ。咲は撮った写真を見て顔を綻ばせた。
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「8月1日の15時、函館駅前に集合だな。」
「そうよ、今度こそ遅れるんじゃないわよ?」
「わかってるって」
店を後にし、4人は末広町の電停まで歩いた。空は少しずつ赤く染まり始めている。異国情緒あふれる建物、向こうからゆっくりとやって来る路面電車、そして夕陽の赤がこの街をさらにノスタルジックに演出していた。
末広町に市電が到着し、この辺に家がある移流に手を振り、五稜郭方面まで乗る葉、咲に続いて十季も市電に乗り込もうとしたそんな時だった。
『待っていかないで』
一瞬にして動悸が激しさを増す。十季は恐る恐る後ろを振り返る。
絶対に違うとわかっていてるが、十季は移流に声をかける。
「今...何か言ったか?」
きょとんとした顔でこちらを見ている顔が、移流の声ではないことを十季に確信させるには十分だった。
「ドアが閉まります。ご注意ください。」
駅員のアナウンスが聞こえてくる。
「すいませんやっぱり降ります。」
葉が後ろの十季の異変に気付いたのか駅員にそう告げ、咲と一緒に電車から降り、時の元に駆け寄ってくる。
くっ...でもこれで確信した。
明らかに声は...移流から聞こえている...!でも一体どうして...
呼吸が次第に荒くなり、額には嫌な冷たい汗が流れている。なんだろう、意識が...遠のいていく。みんなが何か言っている。耳に二重に薄い膜がかかっているみたいに上手く聞き取ることができない。
「...き、とき、十季!!」
俺はやっと意識を取り戻し、葉の手を掴み立ち上がる。
「みんな、心配かけてごめん」
だるい鉛のような身体を起こし立ち上がると、咲が横でうっすら涙目になっているのがわかった。
「大丈夫か、もう少しで救急車を呼ぶところだったぞ。」
「また、声が聞こえたのね。」
葉と移流が心配と恐れが混じったなんとも言えない表情でこちらを見ている。
「ああ...」
「もう!心配させるんじゃないわよ!...なんなのよその声ってのは、十季だけじゃなく私たちにも聞かせなさいよ!」
俺に向かって言っているのか、その声の主に向かって言っているのか、咲はもう完全に赤く染まった空に向かって言い放つ。
それが声の主に届いたのか、その時、十季の目の前で信じられないことが起こった。
『ここだよ』
「えっ、何!なんなの!?」
咲が勢いよく辺りを見渡す。その後、恐怖からか力が抜けたかのようにまだ熱いコンクリートに崩れ落ちるようにして膝をつく。
「どうした咲??お前まさか...」
葉が怪訝そうな顔をして咲を見ている。
『会いたいよ』
「っっっ....」
葉は生唾を飲み込む。まじかよ...これが、十季の言ってた声...どこからともなく聞こえたそれは確かに葉の耳に入っていき、そのまま胸に留まる。
「ちょっとみんな!大丈夫!?」
移流がみんなに駆け寄ったその時、
『ここだよ』
移流は息を飲み、乾いた口から声がこぼれ落ちる。
「嘘...でしょ...」
その顛末をどうすることもできずに見ていた十季が口を開く。
「まさか、みんなにも...」
理由はわからない。十季の存在が周りに影響を及ぼしているのか、この4人だけなのか、周りにいる人たちには聞こえていないのか、そんなことはすぐにこの場で結論付けられるはずもなかった。
赤い夕陽の下、4人はそれぞれ重たい身体を支え合い、そうやってしばらく立ち尽くすことしかできなかった。
青いソーダが弾けたら僕達はまた君をおもいだす。 神馬 皓介 @nebu316
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