第5話 ベイエリア
今日の函館市の最高気温は29度、夏はいよいよ本番である。
「だあ〜今日は一段と暑いな」
天気予報を見てそんなやる気のない声を漏らし、十季は冷凍庫から取り出したアイスを咥えながら先日の"声"の正体について考える。
あの場でみんなは信じてくれたが、どう考えても説明できない現象だ。
はっきり言ってどこからともなく声が聞こえてくるなんて馬鹿げてる。
だがそれと同時に無視できない問題だとも思ってしまっている。俺は何か大事なことを忘れているのか...それとも...
「良いな〜咲も!!」
まったく、どういう耳をしているのか、丁度アイスを加えたタイミングで上から降りてくる。幸い、俺にとっては幸いじゃないが、カップ型のアイスなので仕方なく半分お皿に分けてやる。
「さすがお兄ちゃん、優しいねえ」
ほんとこいつってやつは。心の中で独り言ちる。
ピンポーン。
郵便かな、俺はパジャマという部屋着のままドアを開けると、そこには見慣れた顔が立っていた。
「あ!咲お姉ちゃん!」
「早季ちゃ〜ん、久しぶり」
早季は嬉しそうに咲に抱きついてる。
「お前、なんで家にきてるんだ」
「なんでって、今日は4人で花火の計画をちゃんと立てようって言ってたじゃない」
すっかり忘れていた。あの偶然4人で集まった日、みなと祭に行く予定を立てたのはさすがの十季も覚えていたが、当日までまだ時間があるのでもう1日みんなで集まって詳細な予定を決めようと話していたのだった。
「すっかり忘れてた」
「そうだろうと思ったわよ。LINEも既読にならないしどうせまだ寝てるんだろうなって。まあ寝てはいなかったみたいだけど。」
「わりーわりー。それはそうと、なんで咲がここに」
「なんでって、別に同じところに行くんだから、迎えにきたって...構わないでしょ??十季には関係ない!!」
「そんな怒らなくたって良いだろ」
こいつという人間は本当にわからない。いつもよくわからないタイミングで急にキレ出すのだ。
「とにかく!迎えにきてやってるんだから感謝しなさいよね!そして早く用意して。」
「ほうほう。これはデートですかなお兄ちゃん?」
「「ちがう!!!」」
この時、俺と咲の見事なシンクロが玄関にこだました。
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「この辺、俺好きなんだよな〜」
「ええ〜私は嫌い。だって学校に近いんだもん。」
「まあそれはわかるけどさ、ほらこの赤レンガ倉庫とか、海に山だってある。そして何より、このなんともいえない懐かしさのある街並みがさ。」
「うん、それはわかる。正直、学校の場所は最高だよね。坂さえなけえば...」
ここはベイエリアと呼ばれており、函館の有数の観光地だ。ラッキーピエロは外まで行列を作っており、中国人観光客がセルカ棒で店の外のラッキーくんと写真を撮っている。
中には愛犬を連れて楽しそうにはしゃぐ子どももおり、その光景に咲は少しだけ胸が苦しくなる。
ラッキーピエロの斜め向かい側には、ハセガワストアというやきとり弁当屋さん。こちらもラッキーピエロに次ぐ函館のソウルフードである。
その周りにはスターバックスや、赤レンガ倉庫群が並んでいる。
「っと着いたな」
ここの店の名前は、カリフォルニアベイビー。
ラッキーピエロでもなく、ハセガワストアでもない。地元民にはカリベビとか呼ばれ親しまれていて、ここのシスコライスも函館のソウルフード的存在だ。
(そう、函館にはソウルフードがたくさんあるのである。他にもジョリージェリーフィッシュという店があるのだが、それはまた次の機会にしよう)。
「いつもラッピだから、たまにはこっちも良いよな。」
「そうね。葉たちは先に着いてるわ。もう待ち合わせの30分もオーバーしてる。2人に何か言われたら十季のせいにしよっと。」
「まあそれは否定できないな...」
中に入るのが多少憂鬱になりながらも、十季は入り口のドアに手をかける。その時。
ズキン。
なんだこの痛みは。
痛みは一瞬だが、後にはじんわりと確かな郷愁が波となって押し寄せてくる。
『ここだよ...』
またあの声だ。一体なんなんだ。
俺に何を伝えようとしてる...!
「十季?大丈夫??」
ドアの取っ手を掴んだまま固まっている俺を、咲が怪訝そうな顔をしてを覗き込んでる。
「あ、ああ。よし中に入ろうぜ。」
俺は胸の高鳴る鼓動を落ち着かせ、咲とともに店の扉を開けた。
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