第4話 栞の決断

 それから栞は、ユーインと常に行動を共にすることになった。どこに行くのも一緒なので、少し疲れてしまう。


「ねえ、ユーイン。プライベートな時間を、お互い作った方がいいと思う」


 いつものように、部屋でのんびりしていた栞は、部屋の隅に控えているユーインに話しかけた。


「そんなことができる訳ないだろう? 住吉だって行動記録読んだだろ?」


 ユーインは、出会った頃のように栞に畏まるのを止めた。今では、同級生と話しているみたいだと栞は思っている。

 栞が、異世界にやって来てから二週間が経過した。この二週間の間、四六時中ずっと一緒にいる。色んなことを話す内に、ユーインも面倒臭くなってしまったらしい。

 それに多分、栞に対して呆れているのもきっとある。


 未だに栞は、この世界で何をすればいいのか全く思いつかない。

 ユーインには、歴代の聖女たちは積極的だったとこぼされる。折角異世界に来たのだからと、色んなことに挑戦していたようだ。

 栞はと言えば、上手くできなかったらどうしよう? が先に来て動けずにいた。


「だって、こんな四六時中一緒って……。ユーインだって疲れていると思う」


 栞は、気まずさを感じながらも正直に気持ちを述べた。


「じゃあ、いい加減何か初めてくれよ。そしたら大分違うだろ? ずっと部屋の中にばかりいるから、息が詰まりそうになるんだよ」


 そうユーインに言われてからずっと考えていた。王宮にこのままいて、果たして自分が充実した生活が送れるだろうかと……。

 栞が、ユーインに他の聖女の話を聞くと、意外にも王宮で暮らした聖女の方が少ないという事実を教えてくれた。

 聖女として傅かれるのではなく、一般市民として街で暮らした。中にはかなりのアクティブな聖女がいて、この世界を一年間で巡れるだけ巡って帰って行った人もいたのだそう。

 その年は、世界全体がとても栄えて数多くの人々に富をもたらした。


 栞は、その話を聞いて決心する。私も、王宮を出て一般市民としてこの世界で生活したい。

 すっかり忘れていたが、この世界には魔法が存在していた。魔女しか使えないと書いてあったので、魔女を探してみるのもいい。

 この世界に来て、やっと自分が興味をもつことがみつかった。栞は、何でも器用にこなす性格ではない。優柔不断でもあるから、何かをやり始めたり、何かを決めるのに時間がかかる。


 この世界に来てから二週間、やっと方向性が決まった。自分の中でもホッとする。一般市民として何をするかはまだ決められないけど、ここにいるより気を遣うことはないだろう。


 栞は、決めたことをまずはユーインに相談する。


「ユーイン、ちょっと相談なんだけど……」


 午前中の朝食を食べ終えた後、少ししてから話を切り出した。


「なんだ? やりたいことでも出てきたか?」


 ユーインが、栞に向かって返答する。


「やりたいことって言うか、これからについてなんだけど……。私、王宮を出て一般市民として生活していこうと思う。どうしたらいいのかな? 住む所とか……」


 栞は、少し不安そうな表情をする。市民として生活していきたいと言っても、どうすればいいのかさっぱり分からないから。


「わかった。市井で何かやりたいことがあるのか? どういう所に暮らしたいとか希望はあるか?」


 ユーインがメモ帳を取り出して、書き込みながら聞く。


「私、魔法に興味があって魔女に会ってみたいの」


 栞が自分の希望を口にする。ユーインが、一瞬困ったような顔をした。


「魔女か……。魔女は気難しいんだよ。聖女と言えど、会ってくれるかどうか……でも、わかった。陛下にそのように伝える。いいようにしてくれるだろう」


 ユーインがメモを取り終わると、さっそく伝えてくると言って部屋を出て行った。

 栞は、ソファーに座りながらどうしようと少し後悔していた。魔女に会いたいなんて、簡単に言ってはいけなかったのかも知れない。

 気難しいなんて思わなかった……。それから栞は、ユーインが戻ってくるまで落ち着かない時間を過ごす。

 時計ばかり見ていてもちっとも時間は進んでくれない。それならと思って、栞は聖女の書の続きを読もうと声に出した。


「聖女の書」


 すると、ポンと目の前に本が現れる。聖女の活動記録を読んで知ったのだが、聖女の書は普段はどこか違う空間にある。

 読みたい時に、「聖女の書」と言葉にすると出てくる。一度出すと、寝るまでは自分の手元にあるのだが寝てしまうと消えてしまう。

 栞は、自分が魔法を使っているようで何だかとても楽しかった。

 

 お昼も過ぎて、一休憩している時だった。扉を叩く音が聞こえて、栞はユーインが戻ってきたのだと思い返事をした。


「どうぞ」


 返事を聞いて扉を開けたのは、やはりユーインだった。


「だいぶ遅かったね」


 栞が、ユーインを見ながら言った。


「普通は、そんなにすぐに陛下に会えるもんじゃないんだよ。これでも早い方だ」


 ユーインが、少しムッとした顔で答える。そんなこと言われたって、知らないし……。


「結論から言うと、陛下が了承してくれた。魔女のいる領地をいくつか当たってみるから、少し待って欲しい。住む所も、もちろん用意するから安心して欲しいということだった」


 ユーインが、王と話し合ったことを報告してくれた。栞は、何とかなりそうだと一安心だ。


「領地って、魔女って王都にはいないの?」


 栞が疑問を口にする。


「魔女は、気難しいって言っただろ? 王族と関わりたくなくて、王都から離れた貴族たちの領地に住んでいるんだよ。もちろん、その領地を治める貴族から干渉されないのを条件にしているんだが」


 魔女は、その性質上色々な者たちから狙われている。自分たちを利用しようとしている者たちから、距離を取って生活していた。魔女たちは、良識ある貴族を選んでその領地に暮らす。

 

「そうなんだ……。私を、受け入れてくれる領地が見つかると良いな」


 栞は、願いを込めて言葉にした。どうか、住みやすい領地でありますように……。


 ユーインが、王と面会をして数日が経った。今日も、やることがないので仕方なく聖女の活動記録を読んでいた。そこに席を外していたユーインが戻って来る。


「住吉、遂に受け入れてくれそうな魔女が見つかった。いつ頃、王宮を出られる?」


 ユーインが、嬉しそうに栞に報告してきた。


「私は、いつでもいいよ。今からでも全然構わないし。むしろ、私と言うよりユーインの都合じゃないの?」


 栞は、読んでいた本を閉じて座っていたソファーに置いた。


「いや、僕もいつでも出られる準備はしていたから大丈夫。流石に今からは、無理だと思うから明日にするよ」


 そう言ってユーインは、紙に何かを書き留めると部屋の隅に控えていたメイに渡した。メイドは、ユーインから何かを頼まれて部屋を出て行く。そして、ユーインが栞に向き直った。


「受け入れてくれる、領地の説明をするよ」


 ユーインが、栞に説明を始めた。今回受け入れてくれることになった領地は、エリントン侯爵家の領地だと言う。


「エリントン侯爵家の領地って、どんな所なの? 魔女も許可してくれたってこと?」


 栞が、ユーインに訊ねる。


「貴族にも色々だから……。聖女を、利用してやろうって考えの奴も少なからずいるんだよ。エリントン侯爵は、誠実で国の為に尽くしている人格者だからその点は安心だ。それに領地の立地もいいんだよ。王都からそれ程ほど遠くないし」


 ユーインが、自分のメガネに手をかけて誇らしそうな顔をする。あっ、久しぶりに見たユーインのドヤ顔。


「で、魔女の方はどうなの?」


 栞は、さっきユーインが答えてくれなかったことをもう一度聞く。


「魔女は……。会ってみないとわからないそうだ」


 ユーインが、さっきとは一転視線を泳がせて気まずそうに言った。


「えっ? それが一番大切なところじゃないの?」


 栞が、驚いてびっくりした声を出した。


「そうなんだが……。魔女ばっかりは、会って気に入られるしかないんだよ。比較的、エリントン侯爵領の魔女は話が分かる方だと聞いている」


 ユーインが言い切る。栞は、何だか雲行きが怪しくなってきたなと心配になる。気に入られるしかないって……それって行き当たりばったりじゃないか。


「それって、大丈夫なの?」


 栞が、心配そうに呟く。


「多分、大丈夫だ。それにエリントン侯爵領に行くだけでも楽しいと思うぞ。他に何かやりたいことが見つかるかも知れないし。一般市民として暮らすにも住みやすい所だしな。領民に優しい領地で有名だから」


 ユーインが、また自信満々に答える。そっか、住みやすい領地ならいいかと栞も納得した。


 次の日の朝早く、栞とユーインは王宮を出て馬車に乗った。馬車に乗って外の景色を見ながら栞は、ぼんやりと考えごとをしていた。

 この異世界にやってきて恐らく三週間が経っている。この世界にいるのは一年間と決まっているので、実質あと十一ヵ月。栞が一年後にこの世界とさよならする時、自分は何を思うのだろう。やっと帰れると思うのか、ここでの生活が楽しくて帰りたくないと思うのか……。

 一年後の自分がどうなっているのか、全く想像がつかない。だけど栞の中で、やっとこの世界での生活を楽しんでみようという気持ちが芽生え始めていた。


 これから先、きっと栞は沢山の人に出会って色々な経験を積んで成長していく。時には、失敗して泣くこともあって、だけどきっと一緒にいる人に助けられてまた立ち上がって強くなる。

 それを繰り返して、日本に帰った時にはきっと新しい自分に出会えることだろう。今はまだ、自分に自信のない弱気な十四歳の女の子だけれど――――。

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一年限りの異世界生活 完菜 @happytime_kanna

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