第3話 聖女とは

 謁見室を出ると、先ほど案内してくれたメイドが待っていてくれた。


「聖女様、お疲れ様でした。お部屋にご案内いたします」


 栞は、その言葉にただ頷きメイドの後ろをついて歩く。胸に一冊の本を抱えていた。部屋に戻ったら読もうと思いながら、今のこの状態が現実だと思えずに気持ちが落ち着かない。

 先ほどの王の話が、頭の中でぐるぐると回っている。自分の常識が通用する気がしない。全てを受け入れてしまえば早いのかも知れないが、グズグズしてしまう栞には割り切ることができなかった。

 何を考えればいいのかも分からずに、ただメイドの背中だけを見て廊下を歩いていた。


 すると、メイドが立ち止まり見覚えのある扉の前で止まる。


「聖女様、こちらのお部屋になります」


 メイドが、扉を開けてくれて栞を部屋の中に促す。栞は、促されるまま部屋の中に入った。


「後ほど、今代の聖女様の記録係が挨拶に参ります。それまで、ゆっくりお過ごし下さい」


 メイドは、一礼して部屋を出て行った。栞は、部屋の中央に置かれたソファーに腰かけた。突然、色々なことがあり過ぎて頭の中がフワフワする。

 持っていた本を自分の横に置き、何が起きたのか順をおって考えてみようと思った。


 何が始まりだったのか、頭を巡らして考えてみる。確か自分は、中学のクラスの教室で友達が来るのを待っていた。

 その日は、二学年の最終日で終了式があり、午前中で学校が終わる日だった。一緒に帰るはずだった友達の朋美が、部室に忘れ物をしたからと取りに行っているのを待っていた。


 暇だった栞は、教室から校庭を見ていた。

 校庭では、サッカー部が部活の準備をしていた。その奥に校庭を囲むように桜の木があり、所々の枝がピンク色をしている。桜が咲き始めていた。

 栞は、そんな風景を見ながら、何だからつまらないなと思っていたのだ。


 栞は、最近の自分を持て余していた。友達はみんな、何か夢中なことを持っていてキラキラしている。それなのに、自分は何も持っていない。

 やりたいこととか、行ってみたいこととか、興味があることがない。ただ何となく、学校に通って授業を聞いて、それが終われば家に帰る。毎日その繰り返し。

 もちろん、将来の夢なんて聞かれても答えられない。将来のことを、楽しそうに語る友達が羨ましくてしょうがなかった。


 だから、ぼんやりしていたらついつい言葉が零れてしまった。


「つまらない……」


 そう言葉にした瞬間に、強い風が吹いた。そしたら不思議な本が、床に落ちたんだ。確か、題名は……。


「聖女の書」


 栞が、ポツリと呟いた――――。


 すると目の前が、パアッと明るくなり古ぼけた一冊の本が突然現れた。栞は驚いて目を見張る。ゆっくりと本を手に取った。そして、表紙を開き文章に目を走らせる。


『この本を手にとったあなたへ』と書かれていた。


 この本は、今の生活に満足していない少女の為のものです。ある言葉を呟けば、違う世界への扉が開きます。その世界では、あなたが世界の中心です。


 栞は、ページをめくる。次のページには、目次が書かれていた。


 第一章 聖女とは

 第二章 守護者の存在

 第三章 1000年に一度の役目

 第四章 別れの先にあるもの


 さらにページをめくり、栞は第一章を読み始めた。第一章を読むと、先ほど王に説明された内容が、もっと詳しく書かれていた。

 栞が飛ばされた異世界について、とても丁寧に説明されている。この世界では、神様の事を創造主と呼び宣託と言う形で意思疎通を図っている。

 それにこの世界は、人間だけではなく様々な種族が暮らしていた。獣人や魔女、妖精などもいるらしい。栞が目を引いたのは、魔法が存在することだった。

 しかし誰もが使える訳ではなく、魔女だけが使えると書いてある。


 栞は、本を読み進める内に段々と気分が上昇していた。自分が物語の中にいるのだと理解してくる。栞が知る魔法なんて、ゲームや本の中だけのものだ。実際に見られるかも知れないと考えたら、ちょっとだけワクワクしてくる。


「凄い。ファンタジーだ」


 第一章を読み終えた栞の口から、勝手に言葉が出ていた。さっきの王の話では、いまいち聖女のことが分からなった。だけどやっと理解できた。

 王は、何もしなくて良いと言っていたが、正確には充実した生活をこの世界で送ることが聖女の役目。聖女の心の豊かさによって、この世界に光の気が満ちると書いてある。要するに、好きなことをしてこの世界で暮らせばいい。


「充実した生活って何よ?」


 それがわからなくて栞は、自分を持て余していたのに……。すごろくで、一番初めに戻ってしまったみたいだ。


 栞は一章を読み終えて、ボケーっとしていた。聖女の書は、ぎっしりと字で埋め尽くされている。元々、本を読むのが苦手な栞は、一章を読んだだけでとても疲れてしまった。 

 それに、一章の内容を考えると途方に暮れる。栞は、与えられたことをやるのは得意だが、自分でみつけて何かに取り組むのが大の苦手。

 異世界で、一体何をすれば良いって言うのだろう……。栞は、ソファーの背もたれにもたれて天井を仰いだ。


 トントンと扉を叩く音が聞こえる。栞はハッとして、扉に向かって返事をした。


「はい」


 扉の向こうから、声がする。


「聖女様の記録係としてご挨拶に伺いました」


 記録係……。そう言えば、メイドさんが挨拶に来るって言っていた。記録係って何だろう? 栞は、疑問に思いながら返答する。


「どうぞ」


 扉を開けて入って来たのは、先ほど陛下から渡された本を持っていた男性だった。栞は立ち上がって、男性の方を見る。


「今代の記録係に任命されました、ユーイン・バーンズと申します。宜しくお願いいたします」


 小脇に茶色の本を抱えて、栞に向かって礼をした。頭を上げたユーインは、紺色の髪色でメガネをかけている。

 栞の世界で出会っていたら、とても真面目な優等生といった風貌だった。年齢も栞と同じぐらいに見える。


「栞・住吉と申します。こちらこそよろしくお願いします」


 自分の名前を口にした栞は、ユーインに向かって頭を下げた。


「では、聖女様。記録係についてご説明いたします。長くなりますので、ソファーにどうぞ」


 ユーインが、栞に座るように促す。栞は、素直にソファーに腰かけた。


「あの、聖女様って言うのは違和感があって……。名前で呼んでもらえますか?」


 栞が、ユーインにお願いする。どうしても、聖女様と言われるのは抵抗があった。


「では、住吉様。説明を始めます」


 ユーインの説明によると、記録係とはその名の通り聖女の行動を記録する係なのだそう。この世界に滞在する一年間の行動記録を、本にして残す。

 100年に一度の召喚なので、書物でしかその実態を把握できない。歴代の王たちは、記録係が書いた本を参考に聖女の召喚をしている。


 ちなみに記録係は、ユーインのバーンズ家が代々受け継いでいる。バーンズ家に生まれると、歴代の聖女の行動記録を全て読まされるのだそう。


「何か、質問はございますか?」


 一通り説明を終えたユーインが、栞に質問する。栞は、余り頭の回転が速い方ではない。少し考えてから訊ねた。


「バーンズさんは、今までの聖女のことを知っているってことですよね?」


「ユーインで構いません。はい。2000年前から始まったので、19冊全部読んで頭に入っています」


 ユーインが、メガネに手をかけてキリっとした表情を栞に送る。あっ、ドヤ顔された。栞は、ユーインの顔をまじまじと見てしまう。そんな栞にはお構いなく、ユーインは栞に質問する。


「先ほど陛下から渡された本は、ご覧になりましたか?」


 ユーインが、栞が座っているソファーの上に置いてある本を見ながら言った。そう言えば、さっき渡されたけど……。聖女の書が出てきちゃったからそれどころじゃなかった。


「ごめんなさい。聖女の書が突然出てきちゃって……。先にそっちを読んでいたの。あっ、もしかしてユーインって聖女の書って知ってる?」


 栞は、もしかしたらそういうことも知っているのかもと推測する。するとユーインが、またメガネに手を掛けた。


「もちろんです」


 さっきと同じ、キリっとした表情を栞に向ける。あっ、これユーインの癖なのかな? 何だかとてもユーインに親近感を覚えてくる。栞は、思い切って正直な気持ちを告げた。


「実は私、本当に突然ここに来てしまって。聖女の書を読んだこともないし、この状況にいまいち真実味が無いというか……。夢なんじゃないかって思っているの」


 ユーインが、驚いたような顔をする。


「そうですか……。恐らく初めてのタイプですね。そう言った聖女様は、いらっしゃいません。みな、異世界に来てみたかったと書いてあります。それに、残念ながら夢ではないので諦めて下さい」


 ユーインが、残念な人を見るような視線を栞に送る。そんな目で見なくてもいいのに……。栞は、面白くない。でも、ユーインと話しながらわかってきた。とりあえず、わからないことはユーインに聞けば大丈夫そうで少し安心する。


「えっと、じゃあ、改めて一年間よろしくね」


 栞は、にこりとユーインに笑顔を送った。

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