第2話 王との謁見

 窓の外に目を奪われていた栞だったが、扉を叩く音が聞こえ咄嗟に警戒する。隠れるべきなのかどうか判断がつかず、結局窓辺に直立していた。

 扉を開けて入って来たのは、緑色のメイド服に身を包む若い女性だった。


「聖女様、お目覚めですか? 良かったです」


 メイドは、栞が目を覚ましていたことにホッとしていた。しかし栞は、メイドの言葉を受け入れるには、まだ頭が追い付いていかない。


「聖女って……。それ、私のこと?」


 栞が、戸惑いを露わに聞いた。


「もちろんです。創造主様より、宣託があったとお聞きしております。陛下がお待ちしておりますが、如何なさいますか?」


「わかりました。王様の話を聞きたいです。よろしくお願いします」


 栞は、自分の置かれている現状が知りたくてお願いした。するとすぐに、メイドが陛下の元に案内してくれた。扉を開けた先には、王らしき人物が玉座に座りその脇には数名の男性が控えていた。栞は、ここにきて震え出す。

 こんな場所は、自分には相応しくない。自分は、ただの中学生なのだ。しかも、とびきり可愛い訳でも、頭がいい訳でも、運動神経が良い訳でもない。どこにでもいる、ただの女の子なのに……。


「聖女様、そのまま陛下の前までお進み下さい」


 栞が、一歩も動けずにいるとメイドが小さな声で囁いた。ここまで来たら引き返せるはずもなく、震える足をゆっくりと前に出す。王の顔が見えるところまで足を進めた。


「そなたが、聖女か?」


 玉座に座る男性から、威厳がある声で問われた。栞は、王の顔を見る。髪色はただの黒だが、瞳の色が金色だった。金色の瞳何て見たことがない。

 栞の父親くらいの年齢だろうか? 恐ろしい程整った顔立ちをしている。それに、ただ座っているだけなのに、普通の人とは貫禄が違う。すっかり圧倒されていた栞だったが、言葉を出さなければとスカートの裾を握りしめた。


「私が、聖女なのかはわかりません」


 栞は、やっとの思いで声を出した。


「ふむ。何も知らないと宣託にあったが、どうやら本当のようだな」


 王が、玉座のひじ掛けに肘をついて思案している。


「栞よ。この世界では、そなたは間違いなく聖女だ。まず、それは受け入れなさい」


 王は、説得とは違う命令のような言い方をする。だから栞は、頷くしかなかった。そして、王が栞に説明を始めた。


 栞が、100年に一度異世界から召喚される少女だという。この世界は、闇と光が存在し100年に一度だけ闇の影響が強くなる年がある。

 闇の影響が強くなると、目に見えない災いのもとが活性化され、この世界に暮らす人々に様々な影響をもたらす。普段は何てことない事象でも、人々の心に悪い考えが入り込みやすく、争いや事件などが起こりやすい。

 自然現象にも影響を与え、災害などが起こりやすい一年となる。


 この現象に頭を悩ませていた世界の統率者たちが、創造主に相談をした。そして、2000年前に宣託を受けることに成功する。100年に一度、闇の力を緩和させることができる少女を送ると約束をした。


「その少女を、我が国では聖女と呼ぶ」


 王は、栞の目をずっと見ている。栞は、目を逸らすことができない。

 必死で説明を聞きながら、話のスケールに戸惑いを感じ恐ろしさを覚える。こんな映画みたいなことが、ある訳なくない? 栞は、どうしても諦めきれない。

 これは何かの間違いだと、嘘だと言って欲しかった。だけど、逸らすことのできない王の目が真実だと言っている。もう栞は、この現実から逃れられないのだと悟らなければいけなかった。


「どうして、私が選ばれたのでしょう? 私は、元の世界に戻れるのでしょうか?」


 そして、王に疑問をぶつける。


「宣託によると、自分でこの世界への鍵を開けてやってくるのだそうだ。創造主は、あくまでもきっかけを与えるだけ。そして、必ず一年後には元の世界に戻れる。それは、今まで召喚されてきた聖女たちの記録にも残されている」


 王が、後ろに控えていた男性に何か声をかけた。そしてその男性が、手にしていた分厚い本を一冊、栞のもとに持って来る。


「それは、100年前の聖女の行動記録だ。後で、部屋に戻って読むといい」


 栞は、男性から本を受け取る。本を開こうと手にかけたが、止められる。


「他に質問は無いか?」


 王が、栞に訊ねた。栞は、本から視線を王に戻す。


「私は、何をすればいいのでしょうか?」


 素朴な疑問だった。私は、何もできないただの少女だから。


「何もする必要はない。ただ、この世界にいればいいだけだ。住む所も、自分で好きに決めるがいい。金銭的なことも、心配する必要はない」


 そう王が言い切る。話はこれで終いだと、言われているみたいだった。


「わかりました」


 栞は、そう返事をするしか選択肢はなかった。

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