超能力とスカート
くれは
何この状況。
資料室に閉じ込められた。
そんな馬鹿な。漫画みたいな。冗談でしょう。
そう思ったところで事実は変わらない。
ドアが開かなくなってしまったのだ。
鍵は空いている。
どこかに何か引っかかってしまったのか、がたがたと動くドアは、けれど隙間を作ってはくれない。
わたしは溜息をついて振り返る。
「どうしよう。ドアって外せるかな?」
わたしの後ろには、困ったような顔をしたクラスメイトの男子がいた。
そう、男子。
これも冗談でしょう、と言いたいのだけれど。
男子と二人きりだ。
照明をつけても薄暗い資料室で、男子と、二人きり。閉じ込められた。
ほんともう、何この状況。
その男子──進藤くんは、わたしと場所を入れ替わるようにして両手でドアをがたがたとさせた。
どうにもならなかったらしく、結局は振り返って肩をすくめただけ。
「このドア半分塞いでる本棚を動かさないと、無理っぽい」
「そっか……困ったな」
「うん、困ったね」
進藤くんは、口元に手を当てて難しい顔をして考え込んでしまった。
脱出の方法でも考えているのかもしれない。
わたしは手持ち無沙汰に、壁に並んだ棚に寄りかかる。
棚の引き戸ががたがた言ってるけど、まあ、このくらい大丈夫でしょう。
そして、一緒に閉じ込められたのが進藤くんで良かった、と思った。
進藤くんはクラスの中では、あまり目立たないおとなしい方の、それでいて人当たりは悪くない雰囲気の、まあなんというか、無害そうな人だ。
と、思っていたのだけれど。
進藤くんが、制服のポケットをごそごそとして、それから覚悟を決めたみたいな顔でわたしを見てきた。
何事かと首を傾ける。
妙な緊張感で、進藤くんが口を開く。
「あの、何か四十七センチのものって持ってない?」
「四十七?」
やけに具体的な、中途半端な、その数値の指定に、わたしはぽかんとした。
なんのことやら。
けれど進藤くんはとても真面目な顔をしていた。
「四十七センチのものがあれば……なんとかなる、と思う」
「なんで?」
当然のように湧いてきた疑問をそのままぶつければ、進藤くんはなんだかやたら苦悩する顔になってしまった。
それから、やっぱり至極真面目な顔で、やけに重々しく口を開く。
「これは、秘密にしておいて欲しいんだけど」
なんだかわからないけど、頷かないと話が進まなそうなので頷いておいた。
「うん、わかった」
「俺……四十七センチのものに触っているときだけ、超能力が使えるんだ」
「……は?」
思いがけない言葉に、わたしはますますぽかんとしてしまった。
仕方ないと思う。
仮に超能力が本当のことだとしても、なんで四十七センチ。
むしろその能力に気付いたの、何がきっかけだったの。
わたしが何も言えずにぼんやりしてる間に、進藤くんの言葉は続いた。
「いつもは、いざというときのために、四十七センチに切った紐を持ち歩いてるんだけど……今日はうっかり鞄に入れたままにしちゃって」
「はあ……」
「もし、四十七センチのものを持っていればって思ったんだけど……そう都合良くはないよね。ごめん、変なこと言って。全部忘れて欲しい」
進藤くんが、急に赤くなって、口元を覆ってそっぽを向いた。
照れるなら何も言わなければ良かったのに。
それでわたしは、なんだか進藤くんの言うことは冗談じゃなさそうだぞって思ってしまったのだった。
理屈じゃなくて、本当にただそう思っただけだったんだけど。
でも、だから、言ったのだ。
「あるよ、四十七センチ」
「あるの!?」
進藤くんは目を大きく見開いて、わたしの方に振り向いた。
わたしは頷くと、履いている制服のスカートを摘んで少しだけ持ち上げた。
手を離せばちょうど膝が見える丈。
その長さに調整されたわたしのスカートは、四十七センチ丈。
「わたしのスカート」
「え!?」
進藤くんは、さっきよりも赤い顔で、両手を前に突き出してきた。
「いや、それはまずい! まずいって!」
「なんで? ちょっと触るくらいなら平気だよ。どうせ下にスパッツも履いてるし」
「そういう問題じゃない!」
「それより、さっさと出たい。出られるなら、ちゃっちゃとやっちゃって」
「言い方!」
進藤くんは何を照れてるのか、なかなか実行に移さなかったけど、しばらくして覚悟を決めたらしい。
「えっと、じゃあ……失礼します」
そう言って、わたしのスカートの端っこをちょっぴり、ほんのちょっぴり摘んだ。
「そんなちょっとで良いの?」
「触れてれば良いから。ていうか、集中するから、ごめん、ちょっと黙る」
見れば、進藤くんの耳は真っ赤になっていた。
うるさくしてると邪魔になるだろうか。そう思ってわたしも黙った。
進藤くんは、わたしのスカートを摘んでいるのと反対の手でドアに触れた。
そのまま目を閉じて、ゆっくりと呼吸している。
その呼吸に合わせて、進藤くんの手がわずかに動く。
わたしのスカートも合わせて揺れる。
さわさわと脚をくすぐる感触に、わたしはなんだか急に恥ずかしくなって、スカートを手で押さえてしまった。
さっきは平気だと思ったのに。
何これ。なんだこれ。
なんの状況だっけこれ。
進藤くんはやがて眉を寄せて、小さく「ふっ」と息を吐いた。
その息づかいに、かあっと顔に血がのぼったのがわかった。
けど、自分のその反応が信じられなかった。
意味がわからない。
なんで。
進藤くんを見ているのも恥ずかしくなって、わたしは俯く。
なんだかやたら動悸が激しい。
自分の動悸と、時折聞こえる進藤くんの息づかいに、なぜか激しく混乱していた。
やがて。
かたんと何かが転がるような音がした。
その音と共に、進藤くんの手がわたしのスカートから離れる。
わたしは慌てて一歩下がった。
「何かがドアに挟まってたみたい。それが引っかかっていて、でも外れたから大丈夫」
振り向いた進藤くんは、俯いているわたしを見て、慌てたような声になった。
「あ、その、ごめん。非常時ではあったけど、でも、その……ごめん」
わたしは大きく首を振る。
「大丈夫! 大丈夫って言ったのわたしだし! てか、ドア開いたんでしょ、はやく出ちゃお」
それで、二人で資料室を出て。
先生のお使いも完了。
それっきり。
なんて、ことはなく。
それ以来、進藤くんはわたしと目が合うと、顔を赤くして目を逸らしたりして。
何それ。
余計に恥ずかしいんだけど。
そんな馬鹿な。漫画みたいな。冗談でしょう。
そう思ったところで事実は変わらない。
わたしはわたしで、進藤くんの赤くなった耳やら息づかいやら思い出しては、何やら一人で動悸を激しくしてるのだった。
え、何この状況。意味がわからないんだけど。
超能力とスカート くれは @kurehaa
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