第20話 精霊



 天を長い影が伸びていく、迂闊にも見入ってしまった、縛られる前に手袋を脱げたのは幸運だった。

 絡まってきた荒縄を引きちぎろうとしたけどかなりの抵抗があったアドバンテ-ジが減ったな、祈祷師なら空間を幾らか操れるか。

 鈴木さんを見るとギリギリで躱している、必死に見えるけど大丈夫なのかな?。

 銀は捕まった、どうなってるんだ、植物の氣が有り人に生成された式神化直前の荒縄だとしても聖獣と式神が捕まるなんて。


 「チッ、逃したかまあいい回りの妖気だけでも集めろ」

 遠くの三メートルほど下の道に女性の姿が見えた、その後ろには馬車と荷車、そして黒い鎧を着た兵が二十人ほど。

 「ただの霊気がでかい顔して飛びやがって、母体にしかならんくせに」

 しゃがんで身を隠して様子を見ると逃げていく鈴木さんを忌々しそうに見ながらメイルを脱いだ。


 悪口と言うものは基本どこかで継起を絶つことで成立するけど、この人は呪に固められて目も首も動かない人になっているなぁ。

 そういう人は容易く力を得る、他の柵を捨てるのだから当たり前だけど。


 肩甲骨辺りまである細い髪を一つ結びにしたキツネ目の女の人だ、僕も一応縛られている術の正体が解らないから慎重にしている。

 銀が捕まっているのに気付いていないみたいだ、少し下を並んで進む人たちは何かを探しているように目をさまよわせている。


 荒縄は荷車から出ている、十本程、邪氣が凄いな、荷台には幌がかけられて中が見えない。

 ---うつろいし氣を戻し霊石に戻れーーー

 「誰っだ!!」


 早めに銀を回収しようとしたのが間違いだったようだ。

 五本の荒縄が地面を這うようにして迫ってきた、怖っ、もう少し情報が欲しかったのに。

 --陰陽消長ーー

 荒縄の氣を僕に染めて解いてやる、足元の勾玉を回収して出来るだけ遠くにいこうと飛び上がった。


 「しまったぁっ、一級の聖畏交じりじゃないか、畜生っ!」

 最後に女性の悲鳴めいた声を聴いた後は風の音だけが聞こえた。



 ジャンプに次ぐジャンプで午後四時ごろに戻ってこれた。

 昨日泊った場所にカナさんが居た、無事そうで良かった。

 ザザザッ。

 「ひっ」

 いきなり上から降ってきた僕に腰を引いても剣に手を掛けて身構える鎧姿の女性に慌てる。

 「ごめんなさいっ、僕です、ぼく。」

 黒鎧たちが不穏な空気を纏っていたから何か有ってはと大急ぎで帰って来たんだけど驚かしたね、ごめん。

 「御使い様、何方へ?」

 「南西にいってそれから南東に、黒鎧の集団に出くわして逃げてきたんだ」

 「黒鎧?、サルカじゃありませんね」

 ドアノブを探し出して聞き返す。

 「精々二百キロだよ?」

 国を跨ぐには短すぎると思った時にポケットの勾玉が震えた。

 え?、解った。


 ーー聖に入り俗なるを散らせ急急如律ーー

ーーーぬうーーー

 「疲れてたみたいだから置いてたんだけどそっちのが良い?」

ーーー風を感じるからな、ところであの鎧はジミリカだぞーーー


 「ジミリカ兵だって」

 「サルカより手前でジミリカですか・・・誰です?」

 ドアを開けると出てきた巫女服の聖女に気配を感じたのか畏まって聞いてきた、そう言えば名前を知らない。

 朝に置いたままにしていた蓋とマグカップを拾いながら聞いてみた。

 「そう言えば何も知らないなぁ、自己紹介をしよう?」



 彼女の話では名をアーシャと言いサルカ国の東に有るマーレ村のシスターで昨日の夜に部屋に帰るときに拉致されたそう。

 荒縄に石を絡ませた紐で拘束されて意識が朦朧としているときに腹を裂かれる痛みが有ったそうだ。

 あいつらの誤算は彼女が聖女にまで成り上がった事だろうね、調伏布の原型、調縛帯を無効にできるとは普通考えない。


 馬車から逃げ出した彼女は自分でも信じられない体力であそこまで逃げたそうだ。


 「ひどいです、あんなに大声を出して、私もう、もう」

 「ああのその、ごめん」

 「痛いって言ったのに、あんなに力ずくで、いやぁ」

 「きれいなお腹がうねって可愛いおへが動いて」

 カナさん字面をさらに悪くしないで。


 キー、ケイ-、キャー。

 しかしここ迄妖怪だとは。

 キシャ-、ジャアーァァァ。


ーーー醜悪だなーーー

 僕の右手にあるアーシャの腹部から引き抜いた妖怪はゴブリンと言うのがピッタリな小型の妖怪。

ーーー消してやってくれーーー

 「僕じゃダメだろう?」

ーーー大丈夫だ、それは精霊の変異体だからーーー

 「えっ、銀と同じかい」

ーーー私は全てが生まれたまま、そいつは変えられているーーー

 「いや、そう言われると・・・」

ーーーははは、主と同じ間違いをしているなーーー

 「母さんと?」

ーーーそうだ、見かけは変わっておらんぞ、氣が穢れておると言っているのだーーー

 「え~~、でもなー」

ーーー散らせばいい、一年もすれば生まれ変わる、今は苦しみに我を忘れておるーーー


 ギィ・・ギ、ギィ。

 急に動かなくなった、邪氣を固めて耐えているのが解る、そうなんだ。

 「ごめんよ、できればでいいから人間を嫌いにならないで、僕を恨んでいいから」


 --穢れを 入り 陽に帰せ 神の御許に 余暇をふれ 陰陽消長蘇婆訶ーー


 怖い顔が緩んで微笑むように見えたときに消えていった。

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転移は僕の能力じゃない。 上田 右 @kanndayuu

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