第4話 証明
私はなるほど、とひとり合点していた。普通の探偵事務所で魔女でない証明をしてもらうということは、おそらく無理だろう。だから西尾は、あえて事務所名を魔法探偵事務所としている。中野のような人を救うために。魔法という言葉がついた探偵事務所は、本来ならば敬遠される要素だが、需要があるからこそ魔法という言葉が使われているのだ。
「今から?」
「そうです」
不思議そうに見る中野をソファーに座らせたまま、西尾は水槽を台からテーブルに移した。目の前に水槽を置かれた中野も、いきなり水槽を持って行かれた私も、不審そうに西尾を見ていた。
「この水槽が、湖だと思って下さい。金魚は湖の魚です」
そう言って、西尾は一度台所に行って、ビニール袋を手に提げて戻って来た。
「季節は冬でしたね。湖に氷が張っていたんじゃないですか?」
「はい。そうです」
「では、こうですね」
そう言った西尾は、氷の板を水槽の天井に被せた。これで冬の湖の模型が完成した。さらに西尾はスタンドライトを氷の上から照らした。
「これが、太陽です」
「はい。状況としては、あの湖と同じです。でも、魚は氷の張った水の中でも生きていられるはずです」
「そうですね。では、この水槽の時間を早めてみましょう」
「時間を、早める」
「はい。私は魔法使いですからね」
心配そうな顔だった中野が、驚いたように目を大きくした。私は師の魔法が直に見られるチャンスだと思って、そっと事務椅子から立ち上がって水槽を見ていた。西尾は手を氷の上にかざす。そして、ゆっくり数を数え始めた。
「一、 二……」
水槽の中の金魚はまだ普段通りに泳いでいるが、水草の周り細かな気泡が出始めた。水草が光合成をしているのだ。光合成は二酸化炭素を取り込んで、酸素を吐きだす。つまり、氷で水面を覆われた魚にとってはなくてはならないものだ。しかし、異変はすぐに起こった。
「二、 四……」
水槽の中の金魚のひれが動かなくなって、体も斜めに傾いてきた。そしてついに金魚は腹を天井に向けて水面に浮かび上がった。三匹とも、死んでしまったことが分かる。
「中野さん、その土地の冬には雪が降るんじゃないですか?」
氷の上にかざしていた手をどけて、西尾は中野の方を見る。中野は大きくうなずいた。
「はい。でも、今回は降っていませんでした」
「やはりそうか」
西尾はあごに手を当てて、うなった。
「湖の上に雪が積もっていなかったことが、今回の魔女騒ぎの原因です」
「それは、どういうことですか?」
水槽を指さしながら、西尾は説明を始めた。
冬に湖面に積もった雪は、太陽の光を適当に反射させ、湖に適当な光を通す。しかしこの雪がないと、湖面に降り注いだ太陽の光は全て湖の中まで降り注ぐことになる。この場合、湖底に生えている水草が光合成をしすぎて、湖の中に過剰な酸素が生まれる。魚には確かに酸素が必要だが、あまりに酸素が多いと、魚の血の中に気泡が生まれ、魚は死んでしまうのだという。魚が酸欠して死んだように見えていたが、湖では全く逆のことが起きていたというわけだ。
「そんなことが……」
「この仕組みを村人に説明すれば、あなたの魔女疑惑は晴れるでしょう」
「ありがとうございます。何てお礼を言えばいいのか」
中野は気に病んでいたことから解放されて、感動のあまり目に涙を浮かべていた。私も師を見直していたが、西尾は幻滅することを言いだす。
「これを機に、私と仲良くして頂ければ幸いです」
自分の胸に手を当てて中野に迫る西尾に、中野は引いていた。私はわざと咳払いをして、西尾を睨みつけた。そして西尾と中野の間に割って入って笑顔で中野に言った。
「こちら、振込先です。大丈夫です。依頼人の秘密は守ります」
「あ、ありがとうございます。それでは」
中野は逃げるように事務所を出て行った。今度は西尾が私を睨む。
「あと一歩だったのに!」
「どこが?」
「君はいつも僕の恋路を邪魔するね。君もやきもち焼きだったんだね」
「誰がやきもちなんて!」
「僕の美しさに敵う者はないからね。大丈夫。僕は美空のものだからね」
「キモ」
こんな調子で、この事務所は回っている。しかし、私が金魚すくいで金魚を貰ってきたことも、買い出しついでに氷の板を買って来ていたことも、全て西尾の思惑通りだったことには、舌を巻くしかない。そして目の前で再び見せ付けられた魔法。普段はただの気障な男なのに、師は本当に魔法使いなのだと再認識させられる。メイド服は着ないけれど、私は弟子として、精一杯魔法の修行に励むつもりだ。
〈了〉
西尾魔法探偵事務所‐魔法使いの弟子‐ 夷也荊 @imatakei
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