第3話 仕事
宿題をしながら店で留守番をしていると、西尾が鼻歌を歌いながら帰って来た。イケメンが台無しの、にやけた顔だった。鼻の下を伸ばしたその表情は、なにか悪いことを考えている証拠だった。両手には大きなビニール袋をぶら下げている。
「留守番ご苦労。僕の美空。アイス買ってきたから二人で食べよう」
そう言いながら西尾は台所に向かう。台所や風呂場は仕事場から見えないように、扉で閉ざされている。それをいいことに、西尾は換気扇を回していつもタバコを吸っていることを、私は知っている。全面禁煙としながら、自分が禁止事項をやぶっているのだ。黙って立っているだけなら、本当にかっこいいのだが、しゃべりだすと誰もが裏切られた気分になる。そんなことを思っていると、西尾はカップアイス二個とスプーンを持って台所から出てきた。どちらもバニラアイスだったので、素直に受け取って二人で食べ始める。
「今日はお客さんが来るんでしょ?」
「おお! さすがは僕の弟子だ。よく知っているね」
「小学生でもホワイトボードくらい読めますよ」
私は褒められたことで嬉しくなったことを隠すために、わざと意地悪に言った。ホワイトボードには今日の午後三時から面談があると記されていた。それにしてもアイスが美味しい。高いアイスだろうか。
「まあ、そう言うことで美空には弟子として、接客を頼みだい」
「私でいいんですか?」
小学生を探偵事務所で働かせているとなれば、いろいろと問題になりそうな気がするが、西尾は上機嫌で問題ないと言い切った。そしてビニール袋から買ってきたばかりだという服を、私の目の前に出した。黒地のワンピースに、白いひらひらのエプロンがついた服だった。それは誰もがイメージするメイド服そのものだ。西尾は秋葉原にあるメイドカフェに通っている。西尾はそれでは満足できず、今回は私にメイド姿でお茶を出すように命じた。
「絶対に、嫌です」
どうして私がメイド服を着て、客にお茶を出さなければならないのか。こんな恥ずかしいことはしたくない。それに、客だって探偵事務所のお茶出しが、小学生メイドだったら逃げてしまうだろう。小学生というだけでも問題なのに、コスプレをさせていたら、警察に通報されかねない。これが師だということに、私はいつも頭を抱える。私といる時には自分の事を僕と言うし、言動が本当に子供なのだ。
「似合うと思うんだけどな?」
「やめて下さい! もう、お客さん来ますよ!」
西尾は舌打ちして、残念そうにメイド服をクローゼットの中にしまった。捨ててしまわないということは、まだ完全に諦めていないということだ。私は注意しておこうと心に決めた。
そんなドタバタとしている時に、女性の声がした。
「あの、電話した中野ですけど、西尾先生は……?」
その瞬間、西尾の顔つきが変わった。にやけた顔が、イケメンになったのだ。そして素早くソファーから立ち上がり、中野と名乗った女性の横にピタリと寄りそう。
「初めまして、西尾です」
声も低くして、落ち着いた様子で軽く頭を下げる。
「初め、まして。あの、あの子は?」
「私の親戚の子供です」
西尾は私を利用して、さりげなく自分に子供はいないと中野にアピールした。西尾にとっては結婚していないというアピールでもある。
「さあ、こちらへどうぞ。美空、悪いがお客様にお茶を」
「はぁい」
中野と対面するように、西尾はソファーに腰かけた。中野はよく日に焼けた健康的な美人だった。小顔で大きな瞳という組み合わせは、小型犬を思い出させる。黒髪はショートカットにしていて、女性にしては足の筋肉が引き締まっている。何か運動をしているのかと思ったが、それは彼女の仕事と関係していた。私がお茶を出すと、中野はありがとうと言って、白い歯をのぞかせた。しかし、声には元気がない。私は二人の邪魔にならないように、事務椅子の方に移動した。そして、西尾は初めから衝撃的な言葉を口にする。
「それで、魔女だとして村を追い出された、と」
魔女。その言葉に、私は思わず顔を上げた。師によれば、かつて魔女狩りがあり、多くの人々が殺されたという。そしてその魔女こそが、私が目指しているものだった。
「はい。電話でお話しした通りです」
「もう少し詳しく聞かせて下さい」
「はい。私はある村で調査を行っていました」
中野が調査していた村には、日本のように四季があった。中野はその村の人々の暮らしや言葉を調査するため、毎年その村を訪れていた。しかし去年の冬に、湖で魚が大量死しているのが発見され、村人は悪魔の仕業だと騒ぎ立てた。そしてたまたまその村にいた外国人である中野が、魔女として村から追い出されたのだ。中野は民族学を学ぶ修士生で、この村について論文を書くための調査を行っていた。村人たちの暮らしに溶け込んでいただけに、村人たちからの魔女としての扱いは、精神的に辛かった。論文が書けないということよりも、村人たちからもう一度仲間に入れて欲しいのだと、中野は訴えた。
「お願いします。お金は払いますから、私が魔女でないことを証明して下さい」
中野の涙ながらの訴えを、私は水槽越しに見つめていた。西尾は固く握り締められた中野の手を取り、微笑んだ。誰もが恋に落ちてしまうような、笑みだった。
「分かりました。ここは魔法探偵事務所です。今からあなたが魔女ではないと証明しましょう」
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