最終話 推理士
「彼女は『江藤』じゃなかったよ、星野
こっちじゃ山形君彼氏説まで出てたんだぞ。
「彼氏情報はなかったのか?」
春日が問うと、
「残念ながらいるらしい。アメフト部のやつだとか」
これでさっきの仮説は、ほぼ全滅だ。
明石はスマホを取り出して、どこかへ電話をかけていた。
「もしもし、明石といいます。田中管理官はいらっしゃるでしょうか。・・・あっ、田中管理官、明石です。捜査の進展具合はどうですか?」
サークルメンバー間に緊張が走る。警察に堂々と電話する明石の存在は、もはや崇拝の的のようであった。
「そうですか・・・それでしたら、こちらで考えたなかで最も信頼性の高い仮説を提示します。そちらの捜査方針を全否定するわけではありませんが、怨恨による犯行ではない、殺害現場から遺体を車で運んで遺棄したわけではないということが前提となっています」
遂に始まった。明石の仮説は今回も事件を解決に導くのだろうか?
「江藤氏は、家に帰ろうとして道を間違えたと思われます。その結果、反対方向に歩いて行ってしまった。疲れた彼は、喫茶店に入りました。ホームページで調べましたが、その喫茶店は午前0時まで営業しています。そこで彼は寝込んでしまい、営業時間が終わっても起きる気配がなかったため、マスターは彼を起こします」
この話の流れだと、犯人は・・・。
「江藤氏は、前の酒場でも追い出されたほど
明石はそこで一息ついた。そして少し考えるようにした後、
「過剰防衛かも知れませんが、正当防衛だったと思います。殺さなければ殺される、そういう状況だったと思います。その後、マスターは遺体の頭部にタオルを何重にも巻いて、血が流れ落ちないようにして、妻と二人で遺体を持ち上げて運んだ。江藤氏は大柄ではなく太ってもいないので、マスターが上半身を、妻が足を持って運ぶことは可能だったでしょう」
そこで明石は田中管理官から何か聞かれたようだった。
「・・・そうですね、持ち運ぶことが可能でも、二人だけで長い距離を運べるものではありません。近くに遺棄したのは、それが理由の一つではありますが、何より誰かに目撃されるのを避けたかった。深夜になると人通りがほとんどない通りとはいえ、見つかるリスクがないわけではありませんから」
僕たちはもはや明石の推理に聞き入っていて、誰も何も話そうとしなかった。
「あるいはもう一つの理由として、仏さんを早く見つけて欲しかったのかも知れません。殺したいと思って殺したわけではありませんから、早く成仏して欲しいと思ったのではないかと。そちらでも、もう誰か気づいていると思いますが、車で運んで捨てるのなら、もっと見つかりにくい場所に捨てるはずなんですよ。すぐに見つかるあそこに遺棄する理由が見当たりません」
なるほど言われてみればそのとおりだ。どうして僕はそんなことに気づかなかったんだろう?
「被害者の頭部に巻いたタオルや、凶器の
後日報道されたところによると、事件の捜査結果はほぼ明石のにらんだとおりだった。
「全く明石君は、まるで見てきたように推理するんだもんなあ」
春日は感心したように言う一方で、疑問も投げかけた。
「その前の段階の、あのとっちらかしたような推理は結局何だったんだ?」
「あれは一つ一つ可能性を潰していったんだ。それをやらなけりゃ、結論にたどりつけないのさ」
明石はホワイトボードにマグネット留めした、看板代わりの紙を新しいものに差し替えた。後でわかったんだが、もう1枚は学内掲示板に勝手に貼られていたそうだ。
今度のそれには、こう書かれていた。
『推理士・明石正孝 学内事務所
殺人事件2件の解決実績あり』
(終)
【推理士・明石正孝シリーズ第2弾】猫探し殺人事件 @windrain
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