第5話 推理②
「でも、そんなことがあるのか? 彼女がなんだってそんなことを?」
春日の問いに対して明石は、
「いや、可能性の話だ。もし彼女の名前が『江藤』だったら、偶然とは思えない。たぶん違うんだろうけど」
はあ? とは言わなかったが、春日はあんぐりと口を開けて僕の方を見た。そうか、君はまだ明石がこういうやつだって知らないんだったな。
「警察は、江藤が殺害されてから車で現場に運ばれたと推測している。そうだとすると、犯人は当日の江藤の行動をあらかじめ知っていたか、尾行して待ち伏せていたことになる。当日江藤が酒を飲みに行ったのは、あらかじめ予定にあった行動とは思えない。ゆえに犯人は、江藤を尾行していたのだろうと推測できる」
「ということは、犯人は江藤の会社の人間ってことか?」僕は思わず先回りして言った。「江藤にパワハラされた部下とか、いそうだからなあ」
「そうだとしたら、そっち方面は警察に任せる」
明石があっさり言ったので、僕はスカされた気分になった。
「こっちは警察の捜査方針から外れた仮説を立ててみる。さっきの話に戻るが、猫探しを依頼してきた彼女の名字がもし『江藤』でなかったとしても、それで彼女の嫌疑が晴れるわけではない。なにしろ猫の発見現場と死体の遺棄現場が同じ場所だったわけだからな」
またそこに戻るんかい。
「それこそ偶然だろう」僕は言ってやった。「彼女が犯行に関わっているとしたら、動機は何だって言うんだ?」
「さっぱりわからない」
あっ、やっぱり『ガリレオ』のモノマネだ。
「だが偶然とは限らない。彼女は猫を木に登らせてから、ここにきたのかも知れない。僕たちに猫と死体を発見させるために」
「それはどういうことだ?」
「例えば彼女の彼氏が犯人だとする。怨恨が動機ではなく、正当防衛のような状況で殺してしまった。そうなると警察は狙いが外れて、捜査が難航することになるが、いずれは彼氏の存在にたどり着くかも知れない」
明石はまたパソコンをいじくって、紙に印刷してホワイトボードに貼った。
⑦『依頼者の彼氏Aが犯人の場合』
字の汚さをけなされてから、直接ホワイトボードに書く気はなくなったらしい。
「彼女は考えた。その彼氏を
「それ、屁理屈じゃないか?」
僕が言うと、
「いや、高度なテクニックだと思う」と、春日が口を挟んだ。「例えていうなら『黒子のバスケ』で
ここでなんでバスケ漫画? ミステリーで適当な例えはなかったのか?
我が意を得たり、というような顔で明石は春日を指差した。そして、
「この場合、春日が彼女の彼氏でないことは、彼女に対する反応を見れば明白だ。なぜなら、いの一番に協力を申し出ただろう? これは目立ちすぎる」
春日は残念そうな顔になった。
「僕のことは疑ってもくれないのか・・・」
疑われたいの? ねえ君は疑われたいの? これいったい何のゲーム?
「この事件で彼氏Aこと黒子テツヤを演じているのは、彼女を探しにも行かず、何もしゃべらない最後のサークルメンバー」
またしても明石は、今度は彼をビシッと指差した。
「山形君、君だ!」
そう、今まで名前の出てこなかった最後のサークルメンバー(幽霊メンバーを除く)の名前は、山形君というんだ。
彼は明石の指摘を受けて、明らかに戸惑っていた。
「いや、僕が行かなかったのは春日君が指名しなかったからであって・・・」
山形君がそう
「そうだ、それだけ君は目立たないんだ。ミスディレクションによってね」
明石が畳み掛ける。
「ミスディレクションなんて使ってないし、僕は彼女の彼氏じゃないし・・・」
すると明石はしばらく静止すると、
「そうか」
と言ってホワイトボードに向き直った。
「明石、君の推理は事態を混乱させているだけだ」
僕が言っても、明石は
「やっぱり現場情報が大事だな」明石はボソッと言った。「たぶん、被害者は酒場を追い出されて、家に帰ろうとしたんだよ」
「えっ? だって家とは反対方向で発見されたって・・・」
「相当酔っ払ってたから、方向を間違えたか、あるいは最初から方向音痴だったか。それで、いつまでたっても家に着かないし、だんだん疲れてきた・・・」
最後の方は独り言のようになっていた。
「・・・うん、警察の捜査方針から全く外れた方向で、最も説得力のある仮説はこれかな」
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