[正体]
書棚の前で固まる私は今、マリコに恐怖を感じている。
正直・・・・怖い。
「どうしたの? もしかして私のこと怖がってる?」
「・・・・いえ」
小さく首を振るのが精一杯の私。
まるで心が見透かされているかのような不気味さに気持ちが落ち着かない。
「怖がってるままで構わないから少し話をしない? あなたに聞いてみたいことがあるのよ」
「え? 聞いてみたいこと・・・・ですか?」
「そう」
唐突な申し出に戸惑いを隠せない。
私に聞いてみたいこと?
何だろう・・・・警戒心が頭をもたげた。
「何を・・・・」
「場所変えましょ」
私の当然の問いにマリコは涼しい顔でそう言うと手首を軽く掴み書店の出口へと誘導した。
「あ、あの・・・・」
焦りにも似た気持ちで引っ張られるように歩く私。
キラキラと美しい彼女との見た目の落差に負い目のような卑屈な感情が沸いてくる。
AI画像のような完璧な美貌が羨ましい。
「あそこにしましょう」
駅を出て道路を挟んだ斜め前にわりと広めの公園があり、マリコはそこを指差した。
相変わらず手首を掴まれたまま、私は無言で頷いた。
否応なし、まさにその状態。
彼女の妙な引力にからめとられている気がしていた。
────────────────────
名前の分からない花の咲く小ぶりな花壇の横のベンチに並んで座り、そこでようやく私の手首はマリコの白い手から解放された。
「あなた、やっぱりね」
「え?」
柔らかい微笑を浮かべながら、マリコはひとりごちるように言った。
やっぱり?
何?
「変な異性に寄られがちでしょ? 子供の頃から」
「!?」
「そうでしょ?」
「え・・・・」
「駅のあの男みたいなのが現れたの、初めてじゃないわよね?」
「・・・・まあ・・・・はい」
「年齢も色々。小学生の頃は年配の担任に執着されたり──」
「えっ、ちょっ」
「何?」
「どうして──」
「知ってるのか、わかるのか、って?」
ゾッとする思いで私は強く頷いた。
出会ったばかりで、これまでの私の人生に微塵も関わりのなかったこの人が何故、『確かにそうだった』──という、黒歴史的な過去をスラスラと口にしているのか。
赤の他人のこの人物が。
「ひょっとして・・・・霊能者とか超能力者とかそういう──」
「あははは」
「?!」
「ああ、ごめんなさい、ちょっと面白くて。でもまあ、この世の中的にはそれ系かと思われそうよね。ふふ」
含みのある言い回しで私の反応を楽しんでいる様子に少しイラッとした。
「それ系・・・・じゃないんですか? じゃ何で私のスマホの待ち受けとか中身とかが分かったり過去のことまで・・・・どうしてなんですか?」
「知りたい?」
「知りたいです」
「本当に?」
そう言うと虹の光彩のような不可思議な輝きの瞳が鼻先が触れるほどの目前にまで近付き、覗き込むように私の目を凝視した。
「・・・・知りたい・・・・です・・・・」
吸い込まれそうな引力の瞳にドキリとし、たどたどしく私は答えた。
「そう・・・・あなたのような人を見つけたのに正体を伏せたままじゃ話は進まないものね」
「・・・・」
言葉が何も出てこない。
目の前の瞳に気持ちや思考を掴まれたまま、私は無言で頷いた。
が、次の瞬間、マリコの口から放たれた言葉に文字通り"目が点"になった。
「私、人間じゃないの」
え?
何て??
え・・・・え???
「魔界の魔女」
「?!!?」
魔 界 の 魔 女
と言った?
今、確かにそう──
「あら、固まっちゃったわね。大丈夫?」
いや、大丈夫とかそういうことじゃなく・・・・というか・・・・この人、何を言って・・・・はい???
「だから色々わかるし、三次元の人には出来ないことも出来るってこと」
「・・・・あの」
「何?」
「からかって・・・・ませんよね?」
「まさか。あ、やっぱり信じられない感じ?」
「え・・・・いえ、ちょっと理解が・・・・本当に? ですか?」
「ん~、喉乾いてるでしょ? 飲みたいものを言ってみて」
「え、飲み物?」
「そう、言って」
唐突な話の切り替えに動揺し、意図を問う間もなく押されるように私はつい口に出した。
「炭酸水」
「OK。じゃ・・・・」
ほんの数秒、マリコは目を閉じた。
「はい、どうぞ」
「えっ?」
「リュック、開けてみて」
まさか、と思いながら少し震える指で私はリュックのファスナーを開けた。
すると──
「!!!」
「ね? 人間には出来ないことでしょう?」
「こんな・・・・あり得ない・・・・」
「ふふふ」
炭酸水・・・・確かに入っていた。
しかも私が好きなメーカーの。
キャップを開けていない新しい炭酸水がリュックの中に入って・・・・いた。
完全なる思考停止。
ほどよく冷えた炭酸水を見つめ、ストップモーションのように私はただ固まっていた。
魔界のマリコ 真観谷百乱 @mamiyan
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