[能力者?]

 茫然自失。


 立ち尽くしたまま、私は目の前の空間を見つめていた。

 今ここに、確かにここにいた"人"が消えた。

 振り向くまでのほんの一瞬、秒のに跡形もなく──消えた。


「ごめん、ちょっと長引いちゃった」


 駆け足で戻って来たらしい夏花の声がふいに背後に近づいた。


「ん? 何してるの?」


 無言で立ったまま振り向こうとしない私に横から怪訝そうな声がかかる。

 呆然が脳内で解消されていないままの固まった表情でゆっくりそちらに顔を向ける。


「え、どうしたの? 顔色悪くなってるよ?」

「・・・・」

「何かあったの?」

「・・・・あの人が」 

「あの人? 誰?」

「・・・・界真かいまさん」

「え? いたの? 見たの?!」


 こくり、と頷いた。


「どこ? どっち?」


 せわしなくキョロキョロする夏花。

 私は頭の整理がつかないまま、今あった事をとりあえずそのまま話した。

 信じてはもらえないだろうとは思いつつ。


「消えた??」

「うん・・・・」

「一瞬で??」

「そう・・・・振り返ったらいなくて・・・・」

「・・・・マジ?」

「うん」

「・・・・」

「信じられないだろうけど・・・・」

「でも、当てたんだよね? 待ち受け」

「そう、富士山って。もうビックリしちゃって・・・・」

「知ってるわけないものね・・・・」

「うん、出してもいなかったし」

「で、"見えた"って言ったわけか・・・・」

「うん・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


 答えの出ない、一向にらちのあかないやり取りに一瞬、2人同時に押し黙った。

 通常の理解と解釈の範疇はんちゅうを超え過ぎている現象を前に、もっともらしい説明がそもそも付くわけがない。


「ひょっとして・・・・」

「?」

「マジシャン? いや違うな・・・・超能力者? とか?」

「え、超能力??」


 沈黙を破った夏花の口から出た言葉に私は目を丸くした。

 いくら不思議だとはいえ、それは極論に感じられた。


「だって聞いた限りじゃ人間離れしてるし。説明つかないじゃない?」

「・・・・」


 人間離れ──確かに。


「ね、また会えるって言ったんでしょ?」

「うん、そう言ってたけど・・・・」

「私も会いたいなぁ。一緒にいたら会えるかな?」

「それは・・・・わからないけど」

「あ、でも・・・・」

「え?」

「いや、あの・・・・」


 夏花が急に言い淀んだ。


「何?」

「いや・・・・ひょっとして千絵にしか見えてない、てことは・・・・ないよね?」

「え?」

「あ、ごめん、ふと思っただけ」

「・・・・霊、ってこと?」

「うーん・・・・ちょっと可能性を考えただけだけど・・・・ほら、前に言ってたじゃん? 心霊体験があるって」

「あ~・・・・まあ、あるけど・・・・」


 そう。

 確かに私は子供の頃からたまに不思議な体験をしてはいる。

 何だか分からない妙なモノ(存在?)を見たことも。

 だからと言って霊感があるとまでは思っていないけれど・・・・。


「でも、野木沢先輩から聞いた名前で呼んだら否定しなかったし・・・・」

「ほんとに?えっと・・・・介真かいまだっけ?」

「うん。そう呼んだら『マリコ』でいいわ、って」

「そっか・・・・それなら本人だね」

「でしょ?」

「うん・・・・ならやっぱり不思議な人ってことか・・・・」

「・・・・」


 そしてまた会話が途切れ2人とも無言になった。

 悶々とする脳内が状況を整理できず、思考が空回りするばかりだった。


────────────────────


 最寄り駅の改札を出た時、あのストーカー男、田所がまたどこかからふいに現れるのではないかと恐れを覚え思わず辺りを見回した。


『もう大丈夫。あなたの命は守られたわ』


 介真マリコはそう言っていたけれど・・・・。


(あ、そうだ)


 構内に開いている書店に目が行った時、ふと気になっていた本のことを思い出し、足が自然とそちらに向いた。

 店内に入り目的の本の分野の書棚を探しながら歩き、奥まった場所にあるコーナーへと着いた。

 平積みを眺め、書棚の背表紙を目で追い──


「何を探しているの?」

「!?!」


 ふいに左背後から声を掛けられ振り向いた。

 マリコが──いた。


「ね? またすぐ会ったでしょ?」

「え、あ・・・・」


 驚きでうめくような声を発して固まる私に、にっこりと笑みを向ける彼女。

 その顔の美しさに一瞬、私の中に畏怖いふの念が沸いた。

 何故なのか、それは分からなかったけれど。



 

 


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る