[どういうことですか?]

「隣、座っていい?」

「あ、はい」


 フワッ


(いい匂い・・・・)


 一瞬で心がほぐれるような柔らかく甘い香りが鼻先に漂った。

 香水? それとも髪、だろうか。

 

「で?」

「え・・・・」

「探してたんでしょ? 私を」

「あ、はい・・・・あの、今日はありがとうございました」

「ああ、あの男ね。無事で良かったわ」

「あの・・・・」

「何?」


 そう言い、私の目を横から覗き込んだ彼女の瞳の美しさに妙にドキリとした。

 複数の色が混じり合った稀少なタイプの瞳〈アースアイ〉という言葉が脳裏に浮かんだ。

 心が吸い込まれそうな目──


「その・・・・私が危ないとどうして分かったのですか? 刺されそうって・・・・」


 一瞬の間。

 単刀直入過ぎただろうか──


「そうね、一言で言うなら・・・・見えた、かな」

「見えた?」

「そう」

「あ、でもあの──」

「つまり、こう言いたい? 『あの男が刃物を持っているのがいつ見えたのか? 気付いたのか? 自分を狙っていることがいつ分かったのか? ホームで? それとも電車の中で?』とか」

「・・・・」


 矢継ぎ早の言い回しに面食らい、私は無言でうなづいた。


「まあ、そうでしょうね。で、説明・・・・そうだ、スマホ持ってるわよね?」

「はい」

「あ、出さないで」

「?」


 膝の上に乗せたバッグから取り出そうとした私を何故か彼女は制した。


「ちょっとそのまま」

「??」


 数秒の沈黙。


「ああ、なるほど好きなのね、富士山」

「えっ?!」

「待ち受け」

「!?」


 驚きでまばたきが止まった。

 確かにスマホの待ち受けは富士山の画像にしている。

 だけど、何故?

 見せてはいないのに分かる?


「え・・・・あの」

「ん? 間違ってる?」

「いえ、合ってますけど・・・・どうしてそれを──」

「見えた、の答えよ」

「答え・・・・」


 困惑を隠せない表情で私は左右に小さく首を振った。

 

「わからない? つまり、あなたを狙っている男が刃物を隠し持っているのが"見えた"ことと、あなたのスマホの待ち受けが"見えた"こと、はイコールってこと」


 正直、理解が追いつかない。

 イコール?

 何を言っているのだろう──脳内が混乱した。


「あら、お友達が帰って来るわね。じゃ、私はこれで」

「え?」

「大丈夫、またすぐ会うから。2人きりでね」

「あのっ」


 スッと立ち上がった彼女を引き留めるように慌てて私も立ち上がり、「界真かいまさん」とその名を口にした。


「マリコ、でいいわ、そう呼んでちょうだい。あ、お友達よ」


 視線を誘導するように彼女の白い華奢な手がさっき夏花が歩いて行った方向へと伸びた。

 思わずそちらを見る。

 が、まだ姿は見えない。

 小首を傾げ、再びマリコの方に顔を向ける。


 !!!!!!!!!!!!!!!!


「えっ、な、な、何っ・・・・何でっ?!」


 たった今、横にいたはずの彼女。

 界真マリコの姿は忽然こつぜんと消えていた。




 




 




 

 


 


 

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