第3話
時は現代。
江戸時代に鎖国をせず、幾たびかあった戦争にも負けずに上手く諸外国と付き合い、他国侵攻もせず占領もされなかった日本。
よそはよそ、うちはうちとばかりに江戸時代からそのまま士農工商の制度が続きつつも、以前のような幕府の圧政はなく、民たちにとって世の中は平穏かに見えた。
それもこれも、近代幕府が他国の統治の仕方を学び、民衆を武力でただ抑えつけるのではなく共存していく方向で下方修正していった結果であった。
同時に、象徴としての天皇や皇室の制度を設けて皇族の力を封じることで、尊王攘夷(そんのうじょうい)思想や倒幕派の動きも封じることに、ある程度は成功していた。
西洋文化や科学・医療などの知識はどんどん流入しては来たものの、相変わらず平等という考え方は浸透させていない。
平和に見えてはいたが、この国には民主主義という言葉はなかった。
平民たちにはさまざまな課金制の娯楽を与え、政治には決して目を向けさせないようにしていたのである。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あの人たち、あのままほっといて大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
まだ薄暗い中で巧みに馬を操りつつ、2人は並走する。
襲撃者が乗ってきたであろう馬車の馬だけをいただき、できるだけ遠くに逃げるつもりである。
いくつもの村を越えていくうちに明け方になり、林の中に社が見えてきた。
「あそこでひと休みできるかな」
シュウがつぶやく。
「訪ねてみようか」
周防はそう言って馬を社に向ける。
頭上で小鳥のさえずりが聞こえる中、馬を降りて境内に立ち入った。
早朝だからか、ひっそりと静まりかえっている。
本堂は古く、人がいるようには見えないのだが。
「ごめんくださぁい」
シュウが呼びかける。
取り立てて様子がおかしいわけではないが、周防は周囲への警戒を怠らない。
小僧が出てきた。
「あ。いた」
シュウも同じことを考えていたのだろう。声には少し驚きが含まれていた。
「昼すぎまで、ここの離れででも休ませてほしいのだが」
周防が尋ねると、小僧はうなずく。
馬を納屋につなぎ、水と草をあてがう。水は社に来る前の川で調達しておき、水を入れる皮袋と草は馬車から拝借してきた。馬はぶるるると言って、草の中に鼻を突っ込んでいる。
「ありがとね」
シュウが手で馬の毛並みを整えつつ労っている。
先ほども川で水を与えたので、水を入れた桶だけを置いて離れに向かう。
離れは干し草が置いてあるだけの粗末なものだったが、何もないよりはマシだ。雨漏りする可能性もあったが、その雨は降りそうにない。ひと眠りするだけだ。ぜいたくは言うまい。
「シュウちゃん。逃げたのはいいとして、目的地はどこだ。東の都でいいのか」
その詳細を訊く前に襲撃を受け、馬で走り出したのだ。
周防は寝転びながら彼女に尋ねる。
「だと思うんだけど、行ってみないとわからないんだよ」
「連れ去られたのか」
「うん」
何を理由に、誰に連れ去られたのか気になったものの、周防の目的地もほぼ同じだ。
ここで根掘り葉掘り訊くのもいいが、今は休もう。現地に着いてから知っても遅くはない。
扉からとんとんと音が聞こえ、窓から見ると小僧が立っている。お盆の上には、お茶と団子がのっていた。
礼を言ってそれを口にする。
まさかこんなことになるとも思わず、昨日からほとんど何も口にしなかったのと睡眠不足のために、2人はあっという間に眠りに落ちた。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
目が覚めた。
寝入る前は明け方だったので静かだったが、まだ静かなままだ。
しかし、窓から差し込んでいた光は紅く染まっている。
人の気配がない。
やや混濁したまま見回す。
隣にいたはずのシュウがいない。
離れを出た。
境内はもちろん、本堂も見て回る。声は出さない。
裏手に回った。
そこで。
周防は目を見開いた。
本堂は表側のみ形を成していたが、裏側に行くにつれて崩れ、荒れ果てていたのだ。
ではあの小僧は。
追手の一味か。
彼らはここまで来たのだろうか。
追跡されるようなものは持ち出さず、途中いくつもの村や宿場町を越えたので、ひとっ飛びにこんなさびれた社に目をつけるはずはなかった。
一体、シュウはどこへ。
紅く染まった光は、今また暗い影を頭上に落としていきつつあった。
ツラヌキヒメ 島居咲(しまい さき) @Solomon302
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