エピローグ 首斬りと泣き虫

 聖堂事件から一年後。


 あれだけの事件があっても、この城郭都市フェレゼネコでは悪党が尽きない。

 聖女に護られた街と称されたこの街は王宮が大々的に和平に乗り出し、過去の都市間戦争で断絶していた都市の交流を少しずつ繋ぎ始めていた。

 他の都市にもあの鉄仮面が出現していたせいか、はたまたかの事件を都合のいい落とし所と見たのか。各都市もその流れに則って、今度こそ本当の復興に乗り出すことになった。

 そういう再生の陰で蔓延るガンのような連中が、民を貪るのは世の常だ。



「はぁ、はぁ。なんだ、なんなんだあの女!」



 まるまると太った男が半裸のまま屋敷の廊下を走っている。

 さっきまで買った娼婦と楽しもうとしていたら娼婦はおらず、何故か髪の真っ赤な女がいた。

 しかも護衛は全て斬られていて、血の中に彼女はいたのだ。

 人を呼ぼうにも、何故か使用人も全員いなくなっていた。

 ただただ屋敷の中で夜、男が一人。

 剣を握る謎の女に追い立てられている。

 笑いながら涙を流す彼女に、男は本能的な恐怖を覚えていた。


 中流階級と上流階級の間にある、小金持ちが住む場所は意外と悪党が潜んでいる。

 こいつもまたその一人。

 王宮肝入りの公共事業計画である東南地区再生計画。

 かつて城郭都市で一番被害を受け、放置され、ゴーストタウンとなって悪党の住処だった地区。

 今ここは下流階級や貧困街の人々を雇い入れた公共事業が展開されている。

 聖女の慈悲の一つとして認知されたこの開発だが、中にはヒルのように吸い付いて金を懐に入れる者がいる。

 この男はそれだけに留まらず、人材派遣と称して奴隷のように人間を扱い、時には騙して娼婦や男娼に落とす事もした。脅しのために人を見せしめに殺したこともあった。

 その上で王宮の威光を借り、自警団と称する私兵を侍らせた上でマフィアのフロント企業を片っ端から排除する。当然城郭警察にも賄賂を送り味方につけると、まるで支配者のように開発地区を練り歩く。

 聖女様様だとほくそ笑むそのツラが、至る所から誅伐の願いが届くのはある意味必然の事だった。

 この依頼を受けたのがワンドリッチ商会。

 そして命を受けたのが我らが姫というわけだ。


 しくしく。

 しくしく。


 彼女の鳴き声が廊下に響く。

 ターゲットの男は顔を青くして逃げ回り、やがてたどり着いた倉庫に逃げ込んだ。

 俺はその様を物陰からジッと見ていた。

 普通、アサシンは一人で仕事を請け負うもの。

 他のアサシンが参加することは商会に理由を求められる。

 だが今回は正当な理由があった。

 最終試験を見守ると同時に、彼女の華々しいデビューに付き添いたい。

 すぐに許可がおりた。

 それどころか、アサシン商会が総出で祝うとも言い出し始めた。店長もニトもおめかしして、今外で待機している。

 だから今日はお祝いなのだ。

 ご馳走の代わりに銀の盆に乗せられるのは、あのまるまる太ったターゲットの首だ。


 しくしく。

 しくしく。

 

 コツコツ。

 コツコツ。


 彼女がやってきた。

 真っ黒なドレスに身を包み、真っ赤な髪を揺らす彼女。

 ハンカチを目に当てて、泣きながら廊下を歩く。

 やがて男の隠れた倉庫の扉にやってくると涙が止まる。

 あはぁ、と泥のような笑顔を浮かべて右手の剣を構える。

 それは魔法剣。金色に輝く雷のレイピアだ。

 彼女はレイピアをブスリ、と扉の鍵穴に差し込む。


 バリバリ。

 バキン。


 鍵が破壊された音が無慈悲に響く。

 扉が大きく開け放たれると、部屋の奥には腰を抜かして小便を漏らす男がいた。


「ひぃぃ! だ、誰だ。誰なんだお前は!」

「こんばんは悪党さん。私はアサシン。随分と恨みを買ったようね」


 ハラハラと彼女の頬に涙が伝う。

 彼女はアサシンとなった時からいつもこうだ。

 感極まると自然に涙が出てしまうという。

 それは懺悔だと言っていた。

 悪党に気づくことができず、何人もの子供達が犠牲になった、その懺悔であると。


「おお、お前がアサシン!?」

「そうですよ。貴方の命を取りにきました」

「小娘が! ふざけやがって!」


 バッと構えたのは大口径のリボルバー銃だった。

 男と彼女の彼我は四メートルほど。

 拳銃も当たり、そして彼女も踏み込めば切先が届くそんな距離。

 彼女は最初からわかっていた。

 遅いと思っていたくらいだろう。

 だから、男が動いたその瞬間もう踏み込んでいた。


「ぎっ!? があああああああああ!」


 拳銃が発砲することはなかった。

 拳銃の持ち手ごと、雷のレイピアが貫いていた。

 すぐに電撃が流れたのだろうか、男は痙攣し始める。

 彼女が剣を引き抜くまで数十秒、ターゲットの男は拷問に似た苦痛を味わっただろう。


「ああダメ。まだ死んでは。悔い改めなければダメ」

「地獄に堕ちろ……この、人殺しめ!」

「そうね。地獄は見たわ。二度ね」


 スッとレイピアの切先を男の額に当てる。

 少しでも彼女が力を込めれば、男は絶命する。


「ひっ!」

「さようなら」

「ま、待て。待ってくれお願いだ!」

「あら命乞い?」

「す、全て認める! やったことを認める! な、何人も地獄に突き落とした! 償うから! だから!」

「だから?」

「せ、聖女様の慈悲を俺にくれ。か、必ず更生するから」

「聖女ヒルドに誓うと言うの?」

「そ、そうだ! 儲けた金は全て寄付する! だから命だけは!」


 なんと滑稽な事だろうか。

 彼女に聖女ヒルドの名を出すとは。

 そういえば最近、そんな命乞いをよく聞くような気がする。

 聖女ヒルドは今や伝説の人だ。

 既にフェレゼネコから消えて久しいが、どこかで街を見守っているとも、祈りを捧げているとも言われている。

 まあ事実を知ったなら民は驚き、信じない者の方が多いだろう。

 なぜなら、彼女は。


「クックック……」

「!?」

「聖女ヒルドに慈悲乞うですって。あはは。あはははははは!」


 ケタケタと笑う彼女。

 剣をしっかりと突きつけたまま、壊れたように笑う。

 その様子に男は震え上がって、微かに大便の匂いまで漂ってきた。


「聖女ヒルドはこう言うでしょうね。それは嘘だと」

「な、何を」

「貴方の魂は真っ黒。どこにも反省の色がない。聖女はため息をついて、去れと言うに決まっています」

「まさかスキル!?」

「ええ。魂を判定する『聖者の目』というもの」

「ま、まて。何でお前が聖女様と同じスキルを……」


 彼女ははあ可笑しいと目尻を拭いた後。

 グサリと。

 剣に力を込めて、男の頭を串刺しにした。


「あがががが」

「最後に一つだけ教えてあげましょう。聖女ヒルドとはかつての私の名」

「……!!」

「今は、ただただ罪に泣き叫ぶ女」


 レイピアの切先を引き抜き、ヒュパッと横一閃。

 ごとりと落ちた首は驚きの表情で固まっている。

 首からほどばしる鮮血が、ヒルドの顔にかかる。

 まるで血の涙を流しているような顔。

 恐ろしくもあり、俺の目からすれば美しかった。


「お疲れ様」


 後ろから声をかけると彼女、バンシーは振り返って微笑んだ。


「上手にできたかしら」

「問題ないよ」

「試験は合格?」

「もちろん。不要な殺しもなし。店長が聞いたら喜んで、夕飯にまたあのパスタマシンを引き出してきそうだ」

「わたくしは好きだわ。お父様のパスタ」

「間違っても本人の前で言っちゃダメだぞ。ひと月は続くからな」


 俺はそう言ってバンシーの頬にキスをすると、持ってきた銀の盆に男の首を乗せる。

 これが彼女の卒業式の賞状みたいなものだ。

 二人でターゲットの男の屋敷を出ると、もう準備ができていた。

 本当はもう少し小規模でやるのだが、今日は元聖女がアサシンになるという記念日。

 屋敷の中庭には、真っ白な儀典用ローブに身を包んだアサシン達がズラリと並んでいる。

 俺は銀の盆を掲げ、いつの間にか組み上げられた祭壇にそれを乗せる。

 後ろからやって来たバンシーが膝をつくと、祭壇には店長をはじめアサシンの重鎮達がやってきて、厳かな誓いの儀が始まる。

 バンシーは全て「誓う」と言うと、店長に真っ白なローブを手渡された。

 彼女は仰々しく受け取りそれを纏うと、参列者たちに向かって振り向き、名を名乗る。



「わたくしの名はバンシー・ワンドリッチ。あなた方と共に闇を渡り、市井の刃となって悪を討つ者!」



 黒い喝采が巻き起こる。

 万雷の拍手が巻き起こる。

 アサシン達は口々に言う。


 おめでとう。

 本当におめでとう。

 貴方を歓迎する。

 我らアサシンは、貴方を歓迎する。


 彼女は黒い祝福に包まれて、ハラリと涙を流す。

 果たしてこれは歓喜の涙か。

 はたまた、子供達の哭く声に涙したのか。

 どちらにせよ、アサシンとなった彼女もまた美しい。

 やがて厳かな式は終わり店長とニトと、そしてバンシーと手を繋ぎ、家族皆で夜道を歩く。

 こんな夜更けにまるでピクニックにでも行くかのような軽やかな足取りだ。

 今日はニトが用意したご馳走があるという。

 家に帰ったら堅苦しい事は抜きにして、家族団欒を楽しもう。


 さあ。

 これから楽しくなりそうだ。


 まさか彼女と仕事ができるだなんて。

 最初は抵抗があったけれど、今は純粋に嬉しい。

 正義に見放されて仇を討った俺と。

 正義のために親を殺し、正義に騙されて仇を討った彼女。

 こんな真反対な二人が同じ道を歩めるだなんて。

 うかうかしていると彼女に追い抜かれてしまいそうだから、俺も一生懸命頑張らないと。

 

 ああ、不謹慎なことを言ってしまうかもだけど。

 

 すぐにでも悪党、出てこないかな。


 今の俺は気分がいい。

 

 次のターゲットは、きれいに首を落としてあげよう。



(了)


―――――――――λ―――――――――

最後までお読みいただき

ありがとうございました。


この物語が貴方の心の琴線に

触れたなら幸いです。


よろしければ★★★やレビューなど

いただければ今後の創作の糧になります。

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悪役と令嬢 ~姉を殺した犯人に復讐したあと警官に撃たれて死にましたが、転生した先で親殺しの令嬢を守ることになりました~ 西山暁之亮 @NishiyamaAkinosuke

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