07 ふたりなら夜もこわくはないさ








 それから数日がたち、律が登校を再開した。


 クラスメイトは律が登校したことと、律と萌がなぜか仲が良いことに驚いていた。


 担任の先生は、律の病状びょうじょうを丁寧に説明した。

 萌を中心にクラスメイトのサポートを受けながら、律は少しずつ学校生活にれていった。







 律と萌は、学校では一緒に過ごすことが多かった。


Littoリットの新曲、聴いた? 初めて本物のボーカル使ってるの!」

「聴いた聴いたー! 曲もいいしボーカルの声も良かった~」


 クラスメイトの会話を横耳に聞きながら、律がたずねる。


「萌は、聴いた?」

「ううん、まだ聴いてない」

「聴いてみなよ」

 

 律はスマホを操作し、萌にイヤホンを差し出した。


 イントロが流れた瞬間、萌は「え」と声をらす。


「これ……」


 イヤホンから流れてきたのは、つい先日律の家で録音した、あの人魚の歌だったのだ。


 どういうこと、と頭にはてなマークがいくつも浮かぶ。


「俺が『Littoリット』ってこと」

「えぇっ?!?!」


 萌は思わずイヤホンを外し、大きな声をあげた。


 信じられない。

 律がLittoで、自分はそれも知らずにLittoの新曲のボーカルをつとめてしまったなんて。


「そ、そんなこと、ある……?」

「あの時、まさか萌がLittoの曲選ぶと思わなくてさ。

 言うタイミング逃しちゃった」


 確かに路上ライブで、萌はLittoの曲を選んで歌った。

 まさか律が、Litto本人だなんて思いもせずに。


「曲、すげぇ好評だよ。最後まで聴いてみ」

「う、うん」


 萌はふたたび、イヤホンをはめ直す。




 居心地いごこちの悪そうな、でも少しうれしそうな、そんな複雑な表情で曲を聴く萌。

 そんな萌を、律は見つめる。


(いまのうちに、目に焼きつけなきゃ)


 いつか見えなくなっても、忘れないように。


 その笑顔も。

 やさしい瞳も。

 うす桃色の頬も。

 やわらかい髪も。

 ピンクの貝がらのヘアピンも。




 大切なものがひとつふたつと見えなくなっても、もう迷わない。

 僕は、かならず生きていく。



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いつか僕の世界に夜空が落ちても pico @kajupico

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