第23話 舞踏02

──最後にリヒャルトお兄さまと踊れた。もう思い残すことはないわ……。


 リリーは満足しながら拍手と歓声に応える。すると、取り囲む賓客たちのなかにレインの姿を見つけた。


──……レインもいたのね。


 レインはどこか難しい顔をしてこちらを見つめている。リリーはその表情が嫉妬によるものだとすぐに理解した。一瞬だけクスリと口元に笑みを浮かべ、わざと声を張って名前を呼ぶ。



「レイン!! 見てくれましたか!?」



 リリーが明るく声をかけるとレインは「え!?」と驚いた顔をする。賓客たちの視線が集まるなか、リリーはレインへ駆けよって満面の笑みで見上げる。



「帝都では独身最後の夜にダンスをするの。ダンスの相手をリヒャルトお兄さまが務めてくれたのよ」

「そうなんだ……」



 伏し目がちに答えるレインはどこか不満げだった。リリーはレインの顔を覗きこみながら目を細め、わざとリヒャルトの名前を持ち出す。

 


「もしかして……レインはリヒャルトお兄さまに嫉妬したのですか?」

「そんなことはないよ……」



 レインは否定するが、顔を見ていれば強がりだとわかる。



──本当にわかりやすい男ね。



 リリーはレインの動揺を見透かして余裕のある笑顔をみせる。やがて、そっと左手を伸ばしてレインの頬にそえた。



「怒らないでレイン。明日はあなたと一緒に婚礼のダンスを踊るから……」

「え!? そうなのですか!?」



 レインは驚き、躊躇とまどいながら確認してくる。リリーは当たり前という様子で明るく答えた。



「婚礼でのダンスは当たり前でしょ? 今から楽しみにしているわ」

「……う、うん」



 レインは戸惑いながらも照れくさそうに頷く。リリーも嬉しそうにレインを見つめていた。周囲には二人のやりとりが愛情に満ち、相思相愛のように映る。『きっと、明日は幸せな結婚式となるだろう』と、誰もが思っていた。


 しかし、明日はやってこない。結婚式もなければダンスもない……リリーはそのことを知りながらレインや周囲に期待させた。リリーは胸に秘めた大逆たいぎゃくを隠し、徹底して『幸せな皇女』を演じている。


 リリーがレインの傍で笑顔を振りまくと賓客たちは誰もが笑顔になった。レインからも不満げな表情が消え去り、安心したようにリリーへ微笑みかけてくる。

 


──わかりやすいけど、哀れな男。



 場合によってレインは一両日中いちりょうじつちゅうのうちに死ぬだろう。そのことを思うと、リリーは少しばかり同情した。



──何も知らずに死んでいくのなら、その方がレインにとっては幸せかもしれないわ。



 リリーは傲慢な思いこみをレインへ押しつけた。

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反逆の皇女─アグノス─ 綾野智仁 @tomohito_ayano

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