最終話 決断のゆくえ
―爪吉目線―
「————五条伸爪!」
「なっ」
マガツに技を放つが、避けられる。あの巨体でなんという身軽さ。爪撃と爪撃の間をすり抜けられた。
「爪吉くん————いや、なにも言うまい」
爪丸さんは察してくれたようだ。
「ほう、もう一匹の収爪か」
「今、躱したな。マガツ」
爪丸さんの言う通りだ。いまマガツは俺の攻撃を躱した。マガツは今までノーガードだったにも関わらず、だ。
「確かに、その収爪の一撃は余の命に届きうる————だが、それがどうした?
そんな長物の取り回しを躱せぬ余ではないわっ」
マガツの超速。それは、俺を完全に捉えた————かに見えた。
「刺突伸爪(しとつしんそう)」
「なに!?」
爆発するかのような地響きが鳴る。その正体は俺の踏み込み。
一瞬にして背後に回った俺は、爪を一本伸ばして攻撃する。その爪は、マガツの身体をほんの少し掠めた。
「なにをした。今のは、貴様の……」
「教えてやるものかよ」
重爪は、他者に対しても効果を及ぼすことができる。これでスピードはこちらが有利になった。
「油断するなよ。爪吉くん」
「はい」
このままのペースのまま、詰める
「条件があるなぁ。その能力。さっきまではそんな動きをしていなかったからなぁ。肉体同士の接触か? 条件は」
「さあね。試してみる?」
一瞬でこちらのタネを看破された。なんという知能。流石はマガツの親玉というわけか。
「光栄に思え。すぐに捻りつぶしてやる」
「そうか。ならさっさと終わらせようか爪吉くん」
「ええ、一瞬で細切れにしてやりますよ」
瞬間、俺たちは消えた。後には激突の衝撃波のみ。
俺と爪丸さんは、重爪の制限時間を軸に、お互いに前脚を接触させていた。ハイタッチというやつだ。洞窟内には、激突音と、人のものより少し低いハイタッチの音が響く。
「五条伸爪————」
「食らうか愚鈍め」
戦況は膠着。いや、こちらが不利————爪丸さんの息が切れてきた。今までぶっ続けでの戦闘、しかも二人分の能力使用。疲れないわけがない。
「大丈夫ですか? 爪丸さん」
「ああ、問題ない。それよりも作戦がある————」
嘘だ。このままではジリ貧。それは爪丸さんが一番よくわかっているはず。だからこそ、賭けに出るのだろう。
「そっちの重いの……もう限界だろう。クセも理解した。貴様らの負けだ」
「フッ、ありがたいな。最強の王様が、俺たちと勝ち負けを競ってくれるなんてな」
「減らず口を」
マガツが再度突進してくる。おそらく、重爪の制限時間も把握されている。
それでも、次の連携にすべてを懸けるしかない……!
「やるよ! 爪吉くん!」
「はい!」
俺たちは制限時間をたっぷり使ってマガツを挟んだ。俺が前方、爪丸さんが後方。俺の視界の先にはマガツの他に碧と葉月さん、爪御がいる。
俺にマガツの意識を集め、背後から爪丸さんがマガツにしがみつき、そして自身とマガツの重量を最大にして動きを止める。ここに至るまでに制限時間をすべて使い切ってしまった。爪丸さんが重さを出すのと同時に攻撃するんだ。碧たちへの影響を考慮しろ。
ミスは許されない————俺がとどめを刺す。
「最大————」
「五————」
「浅はかなんだよ! 猫畜生どもがッ」
マガツは、すぐ背後にまで迫っていた爪丸さんを蹴り飛ばす。しかし、攻撃後には隙が————
「条伸爪ッ」
「遅い」
ないッ! マガツは俺の攻撃を横に飛んで回避する。五つの爪はマガツを少しだけ掠り、その大部分が空を切った。
外した、外してしまった。アイツとは違って攻撃後の俺は隙だらけ、それを重爪の速度で誤魔化していただけ。そして、その頼りの重爪も今の一瞬で効果が切れてしまった。
向かってくるマガツの攻撃を躱すことはできない。当たれば……即死。
死は目前。負け、終わり————いや……まだ!
「————重爪解放」
俺たちはまだカードを伏せている。俺に少しずつ蓄積されていた“重さ”と“軽さ”を爪丸さんは一気に解放した。そして、俺はその付与させられた規格外の推進力により、再度マガツの背後を取る。
「おのれ! だが、まだ躱せる! 躱せば余の勝ちだ————グッ」
爪丸さんが、マガツに蓄積させた“重さ”も解放。これでマガツは遠くには行けない。
それらが一枚目。しかし、今までの“五条伸爪”籠目伸爪“では、ダメージこそ与えられはするが、絶命にはもっていけない。このマガツの武器はその体躯に反比例したその流水がごときの身軽さ。それを活かしたならば、籠の目をやすやすと通り過ぎるだろう。
ヤツを倒すには、技の“密度”が要る。
伏せたカードはもう一枚。それは俺自身。
俺は今までマガツに、五条伸爪、籠目伸爪と一度に一、二回しか爪を振るっていない。
複数回の爪撃は、その回数に従って後隙が増えるからだ。
「機動力など不要ッ! 貴様の爪など、先刻と同じようにすり抜けてやるわァ!
俺の技は基本的に俺から遠ざかれば遠ざかるほどその密度が減る。だからこそ、脚を奪った。
基本的に武器というものは長くなれば振るう速度が落ちる。だからそう何回も連続で振るうことはできない。
そう、普通は————
「いいことを教えてやるよ。俺の伸爪に減速はない」
「は————」
オマエが技の隙間を縫うというのなら、俺はその隙間をすべて満たし続ける。この技は密度というカテゴリーで、最大。
後隙なんて関係ない。オマエが死ぬまで爪を振るい続けてやる————
「————伸爪網羅(しんそうもうら)!」
俺の目前、半径五メートルが斬撃で飽和する。堅牢な筋肉に骨、それもこの技の圧倒的密度の前には意味がない。散々に切り刻まれ、微塵切りになるのみ————
「よし! 勝っ……痛ッ」
両前脚に激痛が走る。多分、両方とも折れている。“伸爪網羅”の強烈な攻撃速度には前脚のほうも耐えられないのだ。
まさに必殺技だが、使いどころを誤ると命取りになる。
「爪吉!?」
碧が俺の名前を叫んでこちらに駆け寄ってくる。葉月さんも一緒だ。
ってそりゃそうか。俺、今前脚が機能しなくなって突っ伏しているんだった。色々ありすぎて実感がなかったけど。
「よくやったよ爪吉くん。怪我は酷いけど」
爪丸さんも駆け寄ってきていた。肩で息をしているが、俺よりも元気そうだった。多分、アイツの蹴りを食らった瞬間、自身を極限まで軽くしたのだと思う。その証拠に、爪丸さんが叩きつけられた壁にほとんど損傷が見られない。
「とにかく、誰も死ななくてよかった。わたしは失血でふらふらするけど」
「わたしもニャ。頭使い過ぎて頭痛いニャ」
葉月さんも爪御も限界のようだ。二人の言葉通り、体調が悪そうである。
「とりあえず、脱出しよう爪丸さん。俺は動けないから誰か運んで————えっ」
瞬間、俺の鼻孔をついたのは凄まじいケガレの臭い。慌ててマガツの残骸を見るが、発生源はそこじゃない。
「これは……葉月!」
「ええ、ヤバいわね。多分、あそこ」
忌々し気に葉月さんが指さした先には、一つの祠があった。
小さい、小さいはずのその祠は、まるで巨大な社と勘違いしてしまうほどの存在感を放っていた。
―碧視点―
お姉ちゃんと爪吉たちが深刻そうに話し合っている。原因は多分、あの禍々しい存在感を放っている祠だ。
ぼくは、その祠を直視できない。近くにソレがあるというだけで逃げ出したくなる。
「あのマガツ……多分、開けっ放し(・・・・・)で死んだわね」
「そうだね。アレが放つケガレは、あのオオマガツのソレを遥かに超えている。あの四匹のマガツ召喚をしたときに開けた、って感じかな」
爪丸とお姉ちゃんが話し合うなか、お姉ちゃんに背負われた爪吉が言葉を挟む。
「原因特定は後。まずはあのケガレをどう止めるかですよ。あんなのが溢れ出したら、霊猫町がめちゃくちゃになりますよ」
その言葉にお姉ちゃんたちが同意する。
「そうね。これじゃわたしたちが仕組みを壊すどころじゃない、むしろ仕組みが反転する」
「うん。ところで葉月。閉じれる(・・・・)かい?」
「今は無理。力を使いすぎた。あと三日は回復に時間食う」
漂ってくる万事休すの雰囲気。それはぼくの無力を煽るようだ。
「マズいな。助けを呼ぶ時間がない。応急処置だけでも僕たちがなんとかしなければ」
悩む一人と二匹。結論は出そうにない。一瞬、爪吉がこちらを見た。そして————
「……碧はどうですか。収爪を為せるほどの正のエネルギー……碧を動力源として、葉月さんが術を行使すれば————」
「ダメだ。爪吉。碧にそんな危険なことさせられない」
お姉ちゃんが爪吉の言葉を食い気味に否定する。お姉ちゃんはいつもぼくをかばってくれる。ぼくは大切な守るべき弟だから。
「そんなことを碧にさせるくらいならわたしが一人で————」
「やるよ! ぼく」
「碧……ダメよ。碧が命を懸ける必要はない。わたしに任せて」
「でも、でも……」
でも、ぼくはお姉ちゃんを犠牲にしてまで生き永らえたくない。いや————
「葉月さん。碧はそれを許すほど————」
「ぼくはお姉ちゃんのその優しさに応えられるほど————」
「強くはない(弱くはない)!」
言った。十年分のこりがほぐれたような気がした。
「ぼくたちは姉弟なんだよ!? ぼくにもお姉ちゃんを助けさせてよ!」
「……はあ」
お姉ちゃんがため息をついた。ダメか? いや、負けるわけにはいかない。
「葉月……」
「皆まで言うな爪丸。分かったわよ。でもその代わり、ヤバくなったら爪丸たちと一緒に逃げてもらうから。分かった?」
ぼくの口角が抗いようもなく上がる。ぼくは今、お姉ちゃんに頼られているのだ。こんな事態なのに、その事実がぼくの心をどうしようもなく躍らせていた。
「じゃあ始めるよ碧。手を」
祠の前のぼくとお姉ちゃん。ぼくのすぐ後ろには爪丸がスタンバイしている。
いざというときにぼくを連れて逃げるために。
ぼくは、お姉ちゃんから差し出された手のひらに手を重ねた。
「蓋を閉じるには大きな正のエネルギー、感情が要る。楽しいこと、特にこの後やりたいことを考えていて」
そう言うと、お姉ちゃんは祠に手をかざし、なにやら唱え始めた。
ぼくはお姉ちゃんに言われた通り、楽しいことを一生懸命考える。すると、祠の発するどす黒い気配が弱まったような気がした。
「■□■■□。よし。上手くいってる。この分だと問題なく閉じれそう」
お姉ちゃんの声に喜色が混ざる。ぼくも正のエネルギーを引き出すツボをつかんだ気がする。それは生きたいと願うこと、そしてなにかをやりたいと願うこと。未来に思いを馳せることが、正のエネルギーを引き出すツボなのだ。
「あと少し。頑張って碧。あと少————ぐあ」
順調のなか、事件は起こった。突然お姉ちゃんが吹っ飛ばされたのだ。
ぼくは慌てて吹っ飛ばされたお姉ちゃんのほうを見る。
「大丈夫か?」
「……抵抗してきた!? とにかく碧! 祠に手をかざして! もう巫術は使えない。碧の正のエネルギーで抑え込むしかない」
お姉ちゃんは無事だった。爪丸が素早くフォローしてくれたのだ。
ぼくはお姉ちゃんの言う通りに祠へ手をかざす。
漏れ出る気配はかなり弱まっている。
「でも……これ以上なんてどうすれば」
「碧! なんでもいい! 楽しかったこととかこれからやりたいこと、うれしかったこととか!」
うれしかったこと……? そういえば今、ぼくはお姉ちゃんに頼られてる。あの頼もしかったお姉ちゃんに。現状に反した正の感情が溢れ出てくる。
その巨大な感情は、ぼくに正のエネルギーそのものの輪郭を理解させるに十分だった。
「いける! ■□■■□■□□■□」
口が勝手に呪文を唱えだす。祠の気配がさらに弱まる。すると————
「やめろ! やめろ小僧! お前はこの町を気持ち悪いとは思わんのか!」
祠から声が聞こえた。しわがれた声。そこには怨嗟が混ざっている。
「あの虫どもをひっくり返してやりたいとは思わないのか! 負の感情溢れる地獄に突き落としてやりたいとは思わんのか!」
気持ち悪い……確かにそうかもしれない。でも、ここはぼくが育った町だ。幸せに。あの幸せを否定したくない。
「開け! この祠を! さすれば————」
「あなたがなんなのかは知りません。もしかすると、この町に恨みがあるのかもしれない。でも————」
「なにを————」
「ぼくたちのことはぼくたちで決める! ぼくはこの町が、みんなが、間違いなく好きなんだ!」
呪文を加速する。祠から漏れ出る気配がどんどん弱まっていく。
「やめろ。やめろォ」
「ごめんなさい。でも、これが正しい。□□■□(満ちて閉じよ)」
縮小する断末魔とともに、ケガレが消え去った。
ぼくの名前は天瀬碧。X県Y市霊猫町の霊猫小学校に通う小学五年生です。
学校生活は順調、クラスのみんなが友達です。
最近、ちょっとしたトラブルがありましたが、人生山あり谷あり、結果的に死人も出なかったので、今では良い思い出です。
今は親友の健太と一緒に学校から帰る途中。遊びに誘われたけど、今日は用事があるので断りました。
「今日もありがと爪吉」
「おっ、じゃあなー。碧」
「うん、また明日ね」
遠ざかる健太の背中。健太もひょんなことから猫を飼い出したそうです。名前は爪御。こないだ爪御ちゃんに会ったけど、どうやら可愛がられているようでした。
「今日あの日だよね。碧」
爪吉がぼくに話しかけるのが、会話OKのサイン。ぼくは安心して爪吉に言葉をかけます。
「うん。巫術まとめプリントもってくるからちょっと待っててね」
「了解了解。最近、鼠が増えてきたから、今日は鼠狩りね」
「わかったー」
ぼくは最近、目標ができました。それは決断。この町を否定するか肯定するかの、です。でも、ぼくはすぐに決断できなかったのでそれを保留して、もっと強くなるための努力をしています。
「おまたせ爪吉。じゃあ、行こうか。特訓」
「うん、今日も強くなろうか。いつかちゃんと決めれるように」
こんな感じでぼくたちの日常は続いていく。
毎日がトラブルの連続、そんなかけがえのない日々が————
猫負町界談 おわり
はい。読んでいただきありがとうございます。
これで猫負町界談完結です。よければ、星レビュー、応援コメントをいただけるとうれしいです。
猫負町界談 跳躍 類 @choyaku-rui-0520
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