バイエル連邦共和国にて

妹尾優希

Bayer Fest

 私、高橋エリカ。

 東方の島国にある首都の出身で、技術系の仕事に就いている社会人の女です。年齢は――おっと、女性に年齢聞くのは禁句だから言わないよ。

 今、私は一人祖国を離れ、祖国よりも遥か西にあるこの国――バイエル連邦共和国の地方都市ミューニックに来ています!

 ミューニックに来た目的は、年一回開催されるビール祭りに参加すること!

 正直、女一人で言葉もろくに分からない外国に行くのはとても心細くて非常に気がひけるけれど、それ以上に好奇心が勝ってしまってつい勢い任せで来ちゃったんだよね……。

 おまけに、仕事の方は絶賛繁忙期を迎えているのにも関わらず、無理矢理長期休暇をもぎ取ったもんだから、職場の人達には本当に申し訳ないことしちゃったよなぁ……。罪滅ぼしになるとは到底思えないけど――せめてお土産は買ってこっと!


 さて、気を取り直して――折角ビールの本場の国に来たからには、ビールを飲まないとね!

 とりあえず、一リットルのジョッキを頼もうかなぁ……?

 私はお気に入りのビールメーカーのテントに入ってテーブルの隅にある席を確保すると、語学ブックをバッグから取り出して、レストランなどで注文する時に使用するフレーズが書かれているページを開いた。

 一応、バイエルの公用語は事前にアプリを使って勉強したんだけど――流暢に喋れるはずがないから、保険で語学ブックを持参したんだよね。

 勇気を振り絞り、半袖の白いシャツに胸元が開いているワンピースとエプロンという恰好――『ディアンドル』と呼ばれる民族衣装を着て忙しなく給仕をしているウェイトレスさんにアイコンタクトをとって呼び止めた私は、拙いバイエル語を話して注文を済ませる。頼んだのは、一リットルのビールと『プレッツェル』と呼ばれる岩塩がかかっている輪っか状のパン一個。空きっ腹状態でお酒を飲むと悪酔いするから、軽いものでもいいから食べ物も一緒に注文しておくのがお酒を飲む時の鉄則です!

 待っている間は全く退屈しなかった。ディアンドルを着ている女性客はナイスバディな美女さんが多いし、ブラウスに革で出来たハーフパンツ――『レーダーホーゼ』と言うらしい――を着ている男性も長身でイケメンな人が多いから、目の保養になりました!

 ちなみに、私はフランネル生地で出来たチェック柄のワンピースに厚手のデニムレギンスを穿いて、ダブルライダースジャケットを羽織るという色気のない恰好をしている。本来ならば現地の人に合わせてディアンドルを着るのが流儀なんだろうけれども、ディアンドルは露出が高いからなぁ……。

 テントの中にいるお客さん達のファッションチェックをしていると、ウェイトレスさんがビールとプレッツェルを持ってきてくれた。どうやらちゃんと言葉は通じていたようで、頼んだ物を持ってきてくれたことに安堵する。

 ――が。

(う、うわぁ……。ビールもだけど、プレッツェルも、デカいなぁ……。コレ、私一人で飲み食いできるかなぁ……。でも、残すのは失礼だし……)

 心の中の呟きを悟られまいと無理矢理笑顔を作った私は、ウェイトレスさんに代金とチップを支払う。ビールとプレッツェルを持ってきてくれたウェイトレスさんの姿が見えなくなるまで見送った私は勇気を振り絞ると、眼前にあるビールのジョッキを持って一口呷った。

 ビールは苦みがあまり感じられず、飲みやすくて美味しい。こうして本場のビールを味わうと、バイエルに来た甲斐があったと実感する。

 続けて、プレッツェルを一口だけかじって咀嚼する。こちらも岩塩の味が効いていて美味だ。

 ビールをちびちびと飲みつつ時折プレッツェルを食べるということを繰り返していると、テントの中央にあるステージで楽団が演奏している歌の曲調が変わったことに気付いた。

 この歌は確か――『乾杯の歌』だったかな? ビール祭りで事あるごとに演奏されるバイエル語の歌だ。

 この歌は何故かそらで歌えるんだよなぁ……。ま、歌詞がシンプルだし。

 演奏に合わせて、『乾杯の歌』を口ずさんでみる。本気を出して歌うと目立っちゃうから小声で、だけど。他のお客さんも結構歌っているから、不思議と一体感を感じるな。

 歌が終わると、乾杯の音頭がとられる。楽団の人が言う決まり文句に合わせて、私もつられて同じ台詞を言う。

 台詞を言い終えた後は、テント内の至る所で乾杯が行われた。隣の席に座っていた小父さまや小母さま方が私に乾杯を求めてきたので、内心照れつつも無理矢理笑顔を作って、彼らの求めに応じる。

 乾杯をする時はジョッキの底をぶつけるのが決まりなんだよね、確か。なので、そのルールに従って隣人の方々に乾杯をしていったよ。乾杯の所作は不慣れなものだから傍から見るとぎこちなかったかもしれんけど、お隣さん方は特に気にしてないような感じだったからホッとしたかな。

 乾杯を終えると、ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干して一息つく。

 テント内は、私が席を確保した時以上に人で溢れかえっていた。席に座りたい人達の為にもそろそろ退散した方が良いだろうと思った私は隣人さん方に一声かけ、席を辞す。


 ジョッキを返却口に返してテントの外に出たけど、テントの外も人でごった返していた。この人ごみの中を移動するのは大変だけど、ここは通勤ラッシュ時の経験を生かして人の間を器用に縫いながら慎重に歩いていく。

 行くあてもなく、人の流れに任せて歩いていると大通りに出た。

 大通りにも人が大勢いる。だが、大通りを横切って歩けないように歩道沿いにバリケードが張られ、警備員さん達が等間隔に並んで見張っているのが気になった。

(これから、一体何が始まるんだろ……? お偉いさん方がここを通る、とかかなぁ……?)

 せっかくなので、私も人だかりに紛れて待機してみることにした。お偉いさんが通るとなると是非とも顔を見ておきたいから、今のうちに眼鏡をかけることにする。

 しばらくすると、右手の方から一台の馬車と馬にまたがっている警備員さん達が走ってくるのが見えてきた。馬車が現れたのと同時に、周囲にいる人たちが一斉に大歓声を上げる。

 周りの人が何を叫んでいるのかはよく分からないけど、言葉の端々に『フィリップ』とか『ミロ―ディア』といった人名が出てきているので、恐らくそのお二方が馬車に乗ってパレードをしているのかな、と推測する。

 馬車は徐々にこちらに近づいてくる。私は目を凝らし、馬車上にいる一組の男女の容姿を確認する。

 まずは、女性の方。彼女が『ミロ―ディア』さん、かな?

 複雑に編み込まれた淡い金髪は、白いヴェールで隠していた。白いヴェールは、ダイヤモンドに彩られた銀のティアラで留めている。

 身を包んでいるのは、シルクオーガンジーがふんだんに使われている純白のウェディングドレス。

 柔和な表情で微笑んでいるその女性は、愛らしさが残る顔立ちの美女さんであった。

(はぁ……。ミロ―ディアさん、めっちゃ綺麗だわぁ……)

そして、男性の方。言うまでもなく、こちらの方が『フィリップ』さんですね、はいはい。

 純白のタキシードに身を包んでいるその男性は、短く刈られた金髪に極太の眉毛と垂れ目がちな碧眼が印象的で、童顔だけれども爽やかな雰囲気のイケメンさんだった。

 『カッコ可愛い』という言葉がしっくりくるかな? ま、男性に『可愛い』なんていう形容詞は使うべきじゃないけどさ。でも、しょうがないじゃん。フィリップさん、ホントに童顔なんだからさ……。

 フィリップさんとミロ―ディアさんは、確かに美男美女でお似合いのカップルだ。それは断言できる。

 だけれども、これだけは――これだけは、是非とも言わせて欲しい!


(フィリップさん、背ぇ低いぃ――っ!! ミロ―ディアさん、背ぇ高えぇ――っ!!)


 間近で見ているわけじゃないから、お二方の実際の身長がどのくらいなのかはよく分からない。でも、パッと見で身長差は10cmくらいあるんじゃないかなぁ……? 

 身長的には、とてもアンバランスなお二方ではある。

 でも、大事なのは――。

(フィリップさんとミロ―ディアさんは想い合って結ばれたんだろうから、こっちが口を挟むべきじゃないよな……)

 私は、馬車で通り過ぎようとしているお二方に対して手を振ってみる。

 瞬間、目がかち合ったような気がした。お二方は顔を見合わせると、こちらを向いて微笑みながら小さく手を振ってくれたのである。

(よっしゃあ、美男美女の微笑みゲット! フィリップさん、ミロ―ディアさん、マジサンクス!!)

 この結婚式パレードについては想定外の出来事だったけど、美男美女の新郎新婦を見ることが出来て良かったなぁ~って思っている。あのお二方には、本当に幸せになって欲しいものだな。


(さて、そろそろこの場を離れようかな……? 美味しいビールは十分堪能できたし。それに、早くお土産を何にするか決めないとね……)


 こうして、私はこの場を後にすると、ミューニックの中心街へと繰り出して行ったのであった。

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