第6話 背徳的食事のすゝめ
食事という行為が生きていく上で必要不可欠なのは、人類が誕生した時点で証明されている。
そのため人は古来から狩りを行い、米が伝われば稲作を行い――人類は兎にも角にも食と共に現代まで歴史を歩んできたのである。
やがて食事は必然の行為だけでなく、娯楽としても意味を見出している。ゆえに人それぞれ食に好みがあるもので。
現在、私・
なにせここ数日で同じく窯の飯を食う存在が出来たのだから。
そう。それが、
彼曰く彼は私の妄想の類で、ひょんなことから具現化し、現在こうして生活を共にしている。
ただ或と生活を共にして5日目。私は或に対してある疑問を抱いていた。それが、彼の食の好みだ。
彼は思念の類でありながらも、食事を摂るということは可能だ。
だが、現実に干渉できないため、あくまで私と味覚共有をすることで食事をすることが出来る。
また私が食べているものをトレースすることで、或も同じものを食べられるという方法もある。しかし、こちらはまぁ難易度が高く実際するのは難しい。
現に私には不向きだったし、今後もこの方法を取ることはきっとないだろう。
なら、味覚共有をした方がお互いに負担もなく食事できるだろう――結局はその結論に落ち着いた。
或曰く、味覚共有だけでも腹はそこそこ膨れるし、ちゃんと食べ物の味はするとのこと。
こういったことが出来てしまうのも、私の日常の変化ではある。
しかし、疑問なのが或の見た目は正に西洋人だが、味覚はどう考えても日本人寄りということである。
例えば、私は納豆をよく食べるのだが、或は納豆の存在を知っていたし、「食べる?」と聞けば「いただくよ」と返してきた。
また食べても、「不味い」といったり、不快感がなさそうなことから、嫌いな食べ物ではないことが分かる。
今現在、私が把握している或の舌事情といえば、彼は基本和洋菓子問わず甘いものを好むということぐらいだ。
反面、辛いものや苦いものの類は一切受け付けない。要は甘党ということ。
私は嘗て、こいつがわさび多めの寿司を食べたときに浮かべたあの顔を思い出して、未だに内心密かに笑っている。
恐らく或自身、食については好き嫌いはないだろうな――そう思っていたときだった。
「ねぇねぇ、本当にたこ焼きと一緒にご飯を食すのかい?」
と不安そうな顔で、或は私の背中を叩く。
或は現在、とあるカルチャーショックに襲われていた。
今夜の夕飯なのだが、私も母も忙しく、夕飯の準備自体する時間がなかったため、急遽冷凍食品で済ますことになった。
普段なにかあったときのためと母が色々用意してくれているのだが、私は嬉々として冷凍のたこ焼きをおかずにセレクトしたのだ。これが或にとって多大なカルチャーショックだったのである。
別に私だって、白米に納豆、後は柴漬けぐらいあれば文句などいわない。いわないが、この粉ものと白米の反則的な組み合わせを知って、そんな素食など口に出来るわけがない。
或は何度も何度も考え直せというが、そもそも貴様、粉ものがおかずになる文化はとうに日本にあるのだぞ? 現代日本の食文化を舐めるではない。その一言に尽きる。
そんな西洋人ぶったナリをしながら、餡子たっぷりの饅頭を幸せそうに頬張り、納豆やたくわん、生魚も平気だったではないか。はたしてこの組み合わせになんの文句があるというのか。
とにかく、私は電子レンジの前でこの後訪れる食の幸福に涎を垂らしているわけだが、或はいつまで経ってもしかめっ面。
「文句があるなら食うな。私の
「いやいやいや……その前にさ? よーくパッケージにあるカロリー表記を見てごらん? これだけで367キロカロリ――ぐふッ!?」
「あっ、ごっめーん☆ ちょっと背中がかゆくってぇ~」
辛い現実を突きつけられる前に、私は辛辣な壁を己の手で粉砕する。
いいもん、寝てる間にもきっとカロリーは消費されるさ。だってこの後どうせ持って帰って来た仕事もしなきゃいけないし。
きっとこの367キロのカロリーも、きっと消費してくれることだろう。ああ、体重計に乗るのが怖いから、後1ヶ月ぐらいは体重計に乗らなくていいや。これで現実逃避及び現実との話し合いを終わりとする。
そして、4分40秒後。電子レンジでたこ焼きを解凍し終わり、私はマヨネーズをたこ焼きの上にかけ、その上に付属されていた鰹節と青のりをかける。
さらにその上に軽く七味を振り、醤油を垂らせば、背徳的な夕飯の出来上がり。無論、相棒である白米もよそることも忘れやしない。
これを自室に運んで、早速食べることになるのだが、或は終始黙っている。
まぁ原因は再三説明するのは面倒なので省くが、きっとこいつはこの間私がうどんに七味をかけすぎたことでとばっちりが食らったのもトラウマとなっているのだろう。
「とにかく食べるからね。そもそも食費を請求しないだけ幸せだと思いなさい」
「いや、君も生活費を出してるとはいえ、雀の涙程度だろ――ぐはッ!」
本日2回目となる私の華麗なアッパーが或の顎を打ち抜き、或はまたもや撃沈。
正直こちらとして年々下がりそうな給料と向き合い、今後生きていくこと自体に不安を感じているのだからそれは止せ――そんな意図を拳に乗せたことで一時的に将来への不安へ目を背ける。
せっかくの食事前に
まずは白飯をかきこみ、その後に熱々のたこ焼きをひと齧りした。
口内に広がる鰹節の風味に、マヨネーズの滑らかさ。さらには醤油の香ばしい匂いと程よい塩味は最高だ。さらに七味というスパイスがまた食欲をそそらせてくれる。
幸せそうな顔をして食事をする私を横目に、或もいよいよ味覚を共有することにしたらしい。
腹を決め、さぁふた口目。
もぐ、と軽く咀嚼した後、或はそのまま顎を動かすことをしなかった。
まさかこんな美味い飯が地雷なのか――と思う中、なぜかこいつはそのまま咀嚼することなく口内にある白米とたこ焼きを飲み込む。
おい、マジかよー―と思わずこちらが呆気にとられてしまう。
というより熱くないのか? と心配する中、或はわなわなと肩を震わせている。
「ガーデンはあちらよ?」
一応食事中のため、言葉を濁すが、とにかく気分が悪いなら一旦席を外すように促すが、或が見せた反応は「行ってくる」のゴーサインではなく。
「うんまぁああああああああああああああああいッ!! えっ、ちょっと嘘。これどういうこと? どういった原理でこう合うマッチするんだい? 訳が分からないけど、なんだろう……こう、こう……ッ!」
まさかの反応に、思わず私は吹き出して笑ってしまう。
気に入ったなら良かった、と私は素直にそう思えた。
安堵する私はこのとき、なぜか或と共に食の喜びを分かち合うことに微かな喜びを感じていた。
食わず嫌いだが、嫌悪していたのに今や私が或の様子に見取れてしまい、箸が進まないことに、まだかまだかといった反応を見せている。
そんな或を見て、私は不覚にもお腹を空かせた子犬か何かを連想してしまった。
ただこうして、また彼となにか幸せを分かちあえることが堪らなく嬉しい。
まだ同居5日目だというのに、こんな気持ちになるのはいささか不思議だし、あまりにも急速にお互いの距離が縮まっているのが少し怖いが、それでもいい。
だって、別に珍しいことなど1つもない。
たった1つの出会いときっかけで、人は容易く恋に落ちてしまうし、俗に一目惚れというものもあるではないか。
決して、私がこいつに一目惚れをしたとは口が裂けてもいえない。
言い寄ってきたのは向こうで、誘惑してきたのも向こうだ。
だから、大丈夫。
そう、口に詰め込んだものを不安と共に嚥下して、或へこういった。
「こんな背徳的食事はまだまだ世の中にたくさんあるぞ? 全て
「お安い御用さ、レディ!」
こうして、この日は騒がしくも或と共に夕食を終えるのであった。
甘々な彼氏は色んな意味でみえません 織坂一 @orisakahajime
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