第9話(終)少女の正体
「お〜い。気づいた?」
気がつくと目の前には一人の少女がいた。透き通ったガラス玉のような瞳をこちらに向けている。長くて綺麗な髪は風になびいている。
少女は手を差し伸べながら言った。
「名前は何?私は初音。」
「初音」という言葉に反応する。どこかで聞いたことあるような……。体を起こそうとしても力が入らない。僕は夢を見ているのだろうか。
「僕は悠里。ここはどこ?」
「ここは夢の世界。君の考えていることがこの世界に反映されるんだよ」
初音はそう言った。動揺している僕とは対照に、落ち着いた大人の態度を醸し出している。
「大丈夫だよ。私に着いてきて。あなたはまだ世界を知らなさすぎる」
初音は微笑んでいる。なぜそんなに落ち着いていられるのか、僕には理解できなかった。
あたりを見回すと、深い青色の世界に包まれている。妖精たちは泣いていて、空からは雨が降ってきている。
「悲しみの青に包まれているわね。雨も降っているし……。悠里くん、何かあった?」
そう言ったのはお月様だった。初音の背後から姿を現し、空に浮かんでいる。妖精たちとは反対に、初音もお月様も笑顔だった。
「大切な人が亡くなったんだ。付き合いたかったけど、それも叶わなかった。守ってあげられなかったことが悔しい。また会いたい。また好きって伝えたい……。一度でいいから、またあの笑顔を見たい……」
初音は微笑んでいた。どこまでも優しいその笑みに心が吸い寄せられていく。
「ここにいるよ」
……気づかなかった。今まで目の前にいた少女が初音、だと。今まで夢で何度も会っていた少女が初音、だと。
僕は初音の手を取る。初音は歩き始める。真っ直ぐ、一歩ずつ。僕の手を引いて、早く早くと急かす。僕は着いていく。初音を信じて、その背中を見つめながら。
どこに導いてくれるのだろう。僕は一体どこへ向かっているのだろう。そんな不安を抱えていた僕の心を見透かしたように、初音は言う。
「お月様がこっちへ来てって言ってる。大丈夫。お月様、こっちを見て微笑んでいるでしょう?怒ったりなんかしないよ。お月様も、早く来てだって」
お月様の前に二人並んで立つ。お月様が二人を包み込むようにして抱きしめた。そして、僕を説得させようと目を合わせた。
「悠里くん。目を覚まして。初音はもう亡くなっているの。隣にいるのは幽霊の初音。君は夜になると度々初音に会いに来てくれたね。けど初音は最初から存在しない。──君はずっと現実でも夢を見ているの。確かに初音は生きている時もあった。けれどそれは現実の話。初音が亡くなってから、あなたは初音が生きている頃だけを永遠にループしている。夜になるとまたこの世界に来て、朝になると現実に戻るけど、初音と話している時は、それは初音では無い。初音では無い誰かを、あなたは初音だと勘違いしている。……やめましょう、こんな事。あまりにも惨めで辛い」
僕は現実でも夢を見ていたのか……。その事実に悲しくなる。初音はもう存在しない。一度亡くなってまた存在するはずがない。けど僕は初音に会いたい欲が出過ぎて他の人を初音だと思い込んで生きていた。
ここに来てお月様に説得されては、理解が足らず、また振り出しに戻る。ここで初音の死を認めなければ、僕はまた他の誰かを初音と思い込んで生きてしまう。
「大丈夫だよ。私はもう存在しないの。私のことを忘れて生きて」
初音は軽々しくそう言うが、簡単に理解できるわけがなかった。
──だってそれ程最初に出会った時初音に恋していたのだから。
──だって初音のことがそれ程大好きだったから。
好きなものを好きと言える世界で生きていたい。けれど、好きと言える者はもうこの世に存在していなかった──
自然体 一ノ瀬うた @itinoseuta
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