第8話 散る

 なぜなら、初音があれから姿を見せなくなったからだ。突然、僕の前から姿を消した。理由は分からないけれど、急にいなくなった。

 

 それからの日々は信じられない程退屈で、特にぱっとする出来事も無かった。初音がいないと日常に色が無く、毎日が同じ日々の繰り返しのように感じられた。


 何も察することができなかったから特に連絡はしなかった。けれど、ふと初音の声が聞きたいと思いスマホの電源を入れ、竹内初音の名前を探す。そしてその番号に電話をかけた。


 ツーコールで電話に出てくれた。久しぶりに話しかける。


「もしもし、初音?」

『……うん』

「最近どうしたの?学校来てないけど……」

『……うん』

「え、大丈夫……?」


 思わず質問攻めにしてしまったことを反省する。でも気になる事が多すぎて、心配で。理由を聞きないわけにはいかなかった。


「いつもの元気な初音の声を聞かせてよ。ゆっくりでいいから」

『実はね……』


 「実は」という言葉にどきりとする。僕の知らないこと、知る可能性になること。僕は構えて次の言葉を待った。


『……病気に、なっちゃって』


 ──どくん。心臓が強く波打つのが分かった。

 いつから……?何で言ってくれなかったの……?僕の中で不安の渦が巻き起こる。


「いつから?」

『中学二年生のとき。心臓病って診断された。手術も何度もしてきたけど、そろそろ限界みたい』

「今どこにいるの?」


 僕は気づいたら震える声だった。あまりの事実に、悲しみで、驚きでいっぱいだった。


『病院だよ。入院してる』

「何で僕に連絡してくれなかったんだよ……!ずっと心配してたんだぞ……」


 ショックで声が大きくなる。学校に来れなくなった時でさえ辛かったのに、その上病気で入院しているなんて。知らない方が良かったかもしれないと、後悔する。


『ごめんね……。言わなくちゃと思ってたんだけど、悠里くんが落ち込まないか心配で……』


 僕の気持ちを察したように初音が話してくれた。こんな時でも僕のことを考えてくれたことに涙が溢れる。

 守ってあげられなくて、気づいてあげられなくて、悔しさでいっぱいだった。

 後悔はあったけど、いつまでもくよくよしていてはいけない。僕は涙を拭って、全ての力を振り絞って言った。


「初音のことが好きだ。付き合ってほしい」


 ……返事を待った。鼓動が早くなる中、ただ君の返事だけを待って。


『……ごめん。気持ちは嬉しいけど、きっと私はあなたを幸せにできない』

「それでもいい。ただ僕は君のそばにいたい」


 願いを通り過ぎて、それは祈りになっていた。初音の最期まで、隣にいたくて。


『……ごめんなさい』


 ぷつっ。僕が返事をする前に電話が切れた。突如訪れた静寂に涙が溢れる。

 ただただ悔しかった。


 それから一ヶ月が経った頃、朝のホームルームで担任の白井先生から話があった。


「クラスメイトの竹内初音さんのことですが、実は一週間前に息を引き取りました。……悲しいと思うけど、本人はすごく頑張っていたから認めてあげてほしい」


 時が止まった。──亡くなったんだ。初音はもうこの世界にいない。知りたくなかった。僕は初音のそばにいたかった。もう初音に「好き」と伝えられない。その事実を僕は理解したくなかった。


 夜、僕は帰ってすぐに部屋に引きこもった。誰にも会いたくなくて。誰にも慰めてほしくなくて。ただ、初音にもう一度会いたい。

 強く願っても、初音はもう戻ってこない。


 止まらない涙を拭い続けていたら、いつの間にか僕は眠りについていた。悲しくないふりをして、強くいたいと願う。

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