第7話 デジャヴ

 僕は初音を描きたい。そう思ったのは今朝の出来事だった。初音はどこにいても映える。視界に何と映っても綺麗になる。


 初音は外の桜を描いている。僕はその後ろ姿を描く。大まかに形をとって、次は細かく描いて。桜のピンクと相まって絵が優しく可愛らしい雰囲気になる。

 我ながらに傑作だ。水彩の優しいタッチと空の青、桜のピンク、教室の茶色。その全てが混ざり合い、一つの絵になる。世界にはこんなに美しいものが存在していて、どこか儚い気持ちになる。


「これ、もしかして私……?」


 一人で感動している隙に、初音が僕の絵を覗き込んでいた。目を輝かせながら、けれどどこか切ないような表情をしている。


「そうだよ。初音を描いたんだ。とても美しい絵になった。ありがとう」


 そうお礼を伝えると初音は微笑みながら、


「いえいえ。お礼を言うのはこっちのセリフ。描いてくれてありがとう。上手すぎてびっくりしちゃった」


 はにかむ初音は美しい中に幼さを感じて、子供らしいところもあるのだな、と思いを馳せる。


 絵を提出する時、先生も「とても上手に描けたね」と言ってくれ、改めて初音を描いてよかったなと思った。


 その日の帰り道、僕はずっと頭の中がもやもやしていた。初音のことだ。ここ最近初音と話していると、何だか妙に心臓がどきどきする。笑顔を見た時、会話をしている時、そして絵の中に映っている時。何をしていても初音は美しくて、つい見惚れてしまう。

 今まで話している時はただ楽しく、幸せだった。けれど、目が合うだけで鼓動が早まり、熱くなる。異常なのだろうか。初音を見るだけでこんなにどきどきしてしまうなんて。この気持ちは一体……。


 家に着く。部屋着に着替える。夕食を食べて、お風呂に入って、やることを終えてからベッドに横たわる。そこで一番最初に頭に思い浮かぶのは、そう。初音だ。四六時中こんなに初音のことを考えているなんて、僕は病気なのではないだろうか……。

 だんだん眠くなり、瞼が閉じる。呼吸は安定しているが、鼓動は少し早い。



 目が覚めるとそこには一人の少女が……。


「おはよう。ようこそ。夢の世界へ」


 ここはどこだろう。このふわふわした気持ち。どこかで体験したことあるような……。


「動揺しておられますね」


 少女の裏からお月様が姿を現す。眩しくて、輝いていて。神々しく見えた。

 僕の状況を見て、笑っている。でもその笑みは嘲笑うようなものではなく、優しく、お母さんのような包み込んでくれるような笑みだった。

 ピンク色に包まれているこの世界は、僕の心を揺らがす。雲の隙間から妖精たちが僕らのことを見つめている。その頬は赤く、何かに照れているようだ。


「今日は珍しく妖精たちが興奮しているね。あなた、何か隠してない?」


 少女にそんなことを聞かれたが、心当たりはない。確かに妖精たちは仲間同士で頬をピンク色に染めながら何か話している。

 ここは夢の世界らしいから現実で何かあったのだろう。何となくここの世界は気温が高い。


 しばらくぼおーっとしていると、目の前の景色が歪んだ。かすみがかかり、ぐにゃぐにゃと粘土のように形を失う。やがてマーブル模様の景色が僕を誘う。さっきまでいた少女とお月様はもうそこにはいなかった。


 

 目が覚める。ぼとぼと、と外から雨の音がする。スマホの電源を入れると、今日は六月の休日だった。初音を見ると鼓動が早くなるのを感じた出来事から二ヶ月が経った。今日は休みだからゆっくりしよう。そうして僕はまた目を閉じ、眠りにつこうとした。本当は起きて何か作業してもよかったのだけれど、今の僕にはそんな気力がない。

 なぜなら──。

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