第6話 この先

「奴らの本当の目的が分からない。『操墨そうぼくの力を強化するために、使う墨に強い力を込める』というところまでは分かる。だが、その後は? 奴らは何故それほどまでに強い術を手にしたいのだと思う?」


 問われて、俺は考えていたことを口にした。


「人間の世で邪魔な妖怪を排除するため、とか」

「絳祐は邪魔な存在ではない。村人に慕われていた」

「言われてみればそうだが……」


 半分妖怪の血を引いている俺でさえ、絳祐の話を聞くたび、魑魅魍魎の戦いから最も縁遠い鬼だったと感じる。


「陰術から派生した邪道。陰術ならば、『封印』を主とするのが普通だろう。それなのに奴らは滅する方法を求めている。ついでに『邪道』という名前も気にわない」

「陰術の考えが嫌だった術者が出て行ったのだろう。陽術は滅する方だが、途中からそちらに入れてくれとも言いにくいし、独立したのではないか。それに『邪道』という名は、陰術の者たちに嫌われてつけられた名前が広がったと聞いたが……」


 天狐の最後の一言はただの文句だと思ったので、俺は一応正しい情報を言ったつもりだった。だが彼は緑色の瞳でこちらを冷たく睨んだ。


「では再び問う。独立して、害のない鬼を術具に取り込んでまで、何故強い術を手にしようとする?」

「……」


 改めて問われると分からなかった。

 強い力を手に入れて、邪道奴らは何をしようとしているのだろうか。


 人間にとっては邪魔な妖怪たちを排除するため?

 それとも人間にも力が及ぶと言う鬼墨を使って、地位を手に入れるため?

 それとも――。


 強い力はいくらでも悪い方向にも使えると思うと、俺はそれ以上は答えられなかった。鬼墨になった絳祐を用いて、どんな悪さをしようとするのか考えたくなかったからだ。


「分からないだろう。だから、分かるまであの子たちは私の庇護下に置いておきたかったのだ。だが、さとるは出て行ってしまった。家族を元に戻すのは自分だと、そして父親が元となった墨を悪しきことに使われないようにしたい――そう思ったのだろうな。茜も出て行こうとしている。きっと同じような理由だ。一緒にいてくれれば私が守ってやるのに……、そうはならなかった」

「それほど心配していたなら、無理矢理にでも鷹山にとどまらせておけばよかっただろう」


 俺が意見すると、天狐はため息をついた。それすらも優美である。


「暁が鷹山から出るのを許したのは、ひかりも納得したからだ。それに絳祐から『鬼』のことを学んでいた」


「ひかり」は暁と茜の母親である。人間ではあるが、絳祐の妻となっただけあってこちらの事情を理解するのが早い。

 暁のことも、天狐から相談を受けてその方が良いと判断したのだろう。絳祐がいなくなってしまっては、半分鬼の血を引いた子をどう育てたらいいのか、ひかりもわからなかったというのもあるのかもしれない。


「銀星も分かるだろうが、妖怪の血にはそれぞれ制約があるものだ。何ができて、何ができないのか。それを知っているのと知らぬのでは、戦いにも影響が出て来る。だが、茜は知らない。知っていることもあるだろうが、完全ではない。そして『鬼』のことは私もあの子に教えてやれぬ」


 天狐は眉目をわずかに寄せた。


「暁は茜に教えなかったのか?」

「ああ。私も頼んではみたのだが、『教えたら茜も付いて行くと思います』と言われてしまった。そのときはその通りだと思って引き下がったのだが、兄の気持ちを知ってか知らずか茜も同じ道を歩もうとしている。ひかりも引き留めようとはしていないようだった。言っても聞かぬとわかっているのだろう」

「……では、止めても無駄だから、天狐は茜に厳しくしていたということか?」

「そういうつもりでいた」


 夏の緑葉のような色をした瞳を細めた天狐を見て、俺は小さく笑った。


「何故笑う?」


 そう言って、彼は不快そうな表情を浮かべる。


「茜にだけ厳しくしていた理由が分かって納得しただけだ。充のこともよく甘やかしているだろう?」

「充は茜たちとはまた別だ。それに、いつでも私が守ってやれる。だが、茜は私に守ってもらうことなどこれっぽっちも思っていないし、借りを作りたくないと思っているのだから仕方がないだろう。だが思うに、茜が人間と関わったことはとってよい薬になると思う」

「薬?」

「待っている者がいれば、帰ってくる気持ちになるというものだ」

「なるほど」

「本当は充に茜の耳の裏を見せてやりたかったんだがな」

「まだ嫌がらせの話か?」

「そうではない。知っていることで守れる身もあるということだ」


 天狐の意味するところが分からず小首を傾げると、説明してくれた。


「充もこれから否応なしに『絳祐』のことに巻き込まれていく。葵堂はそういう運命にあるんだ。だから、他の者が知らぬようなことを仲間同士で共有したかったのだ。銀星もそのうち生い立ちを充に話しておくと良いぞ」


 提案されたが、それは俺も最初からそうするつもりでいたので「言われなくとも話すつもりだ」と答える。すると彼はふっと笑った。


「それは良い心がけだな」


 俺たちはその後他愛のない話をしながら、鷹山の山小屋へ向かうのだった。



(完)

 

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