第5話 銀星の役目

「前から思っていたんだが、何故、茜にだけあのような態度を取る? 兄のさとるには術も貸し与えているというのに……。親友の子だろう。可愛くないのか?」


 これは七年ほど傍で茜を見てきた俺にとって、大きな疑問だった。

 茜の父である絳祐こうゆうは、天狐の親友である。それを考えると彼女に突っかかるのはどうも納得がいかない。さらに兄のさとるのことを贔屓ひいきにしているようにさえ見えるので、猶更だった。


「銀星だって、茜が鷹山ようざんに来てからというもの厳しく接していたではないか」


 天狐が俺の問いを返してよこす。俺はため息交じりに答えた。


「それは母に言いつけられたからだ」


 今から約七年前、母から唐突に茜を鍛えるように命じられたのだ。

 彼女が鷹山に来なければならなくなった大体の経緯いきさつは聞いたし、母の考えにも納得したので、ちゃんと強くさせなければいけないという使命感があった。


 半分人間の血が入った妖怪や鬼は、どうやっても体は人間に近づく。人間に近づくということはその分弱くなるということだ。妖怪や鬼は何故か人間にはない強い体や回復力、そして攻撃性を持っていて、戦うことを好む。そして弱い妖怪ほど、自分よりも弱いと思う妖怪を痛めつけようとするところがあって、半妖や半鬼というのはそういう対象になりやすいのだ。


 だから鷹山ようざんのような、半妖や半鬼が守られる場所がある。

 もちろん、彼らのなかにも妖怪の血が流れているので、一緒にいて争いにならないわけではないが、それでも外にいるよりずっといい。薬屋もふもとにあって、必要なら手当もしてもらえる。


 だが、鷹山で守られるということは、「鷹山から出られない」ということでもある。自分が強くならないからだ。


 一生鷹山ここを出ないというなら、天狐や俺を含めた強い半妖が外敵から守られるだろうが、外へ行くとなると自分しか頼れる者はいない。それでも、外の世界に夢を見て出て行く半妖は多い。帰ってくる者もいるが、他の妖怪にやられたり、排除対象の妖怪だと思われて陰術や陽術の術者に封印されたり、滅されたりすることのほうがほとんどだ。


 故に、俺の母は茜を「強くしろ」と言ったのである。俺も母をはじめ、母が懇意にしていた妖怪たちに「戦い方」を仕込まれた。お陰で今がある。

 今思うと、これまでも他の半妖たちも同じように鍛えてやれれば良かったのかもしれないが、それは後の祭り。考えても詮無いことだと思うようにしている。


「赤鬼の血を半分継いで頑丈な体をしているとはいえ、酷く痛めつけることが多かったから優しく接するなんてできないだろう。実践を考えて不意打ちもよくやったし……それで仲良くしろと言うのは無理な話だ」

「お陰で強くなったみたいだが?」

「……そうだとは思うが」


 実際、茜は随分と強くなった。自分がどれくらいで限界が来るのかもよく分かっている。無理な戦いも挑まなくなったが、その分智略ちりゃくを練るようになった。しかし、それとこれとは話が違う。


「俺と同じように、天狐が冷たい態度を取る必要はないだろうと言っているんだが……」


 すると、天狐が諦めたようにぽつりと呟いた。 


「誰かが厳しく言ってやらねばならぬだろう」

「え?」


 思っていなかった言葉だったので聞き返すと、「茜のことだ。聞いたのは銀星だろう?」と言われる。そして彼は言葉を続けた。


「父親を人間に奪われる、母親とは別に生活することを余儀なくされた。絳祐が鬼墨きぼくになったのは、茜が十三のとき。一方の暁は十九。六年も違うのだ。茜の衝撃は大きかっただろう」

「……」

「本当は暁が茜のために鷹山に残ってやればよかったのだ。その方がこちらも都合が良かった」

「どういうことだ?」

邪道じゃどうが赤鬼の子どもたちを放っておくとは限らないからだ」


 天狐の声は冷たく凛としていた。


「邪道が茜たちを放っておかないと? まさか、あの子たちまで鬼墨にするとでもいうのか?」


 俺は冗談だと思って聞き返したが、天狐は静かに答えた。


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