ママのちょっぴりカサついた手
彩霞
母に感謝を
「
日差しが強くなってきた、四月の中旬。
公園で遊びたいとせがむ三歳の息子の空に、日焼け対策をさせようと思っていた。
子どもにとって、太陽の日差しを浴びることは成長の過程で重要らしいが、浴びすぎるのも良くない。そのため、肌が露出するところには塗ってやらないといけないと思っていたのだ。
息子は、夫が食器を片付けていたダイニングキッチンから「はぁい」と言って出てくると、素直に私の目の前にちょこんと座る。ぷくぷくの艶やかな肌を見ると、「これは絶対死守せねば……!」と、煩悩の付いた使命感が出てくる。
普段から大なり小なり肌の悩みを持っていると、きれいな肌を見ると羨ましくなってしまうのは、宿命のようなものなのかもしれない。
「塗るよー」
だからといって、子どもの肌を羨ましがっても仕方あるまい。
私はそう思いつつ、子ども用の日焼け止めクリームをシャカシャカと振って自分の手に出すと、手のひらに馴染ませて空のぽっぺにくっつけた。そしてするすると塗り、順調に終わると思ったのだが、突然空が「いたい!」と言って飛び上がり、夫のところへ行ってしまったのである。
「えっ⁉」
何がいけなかったんだろうと思ったら、息子から事情を聞いた夫がこっそりと私に言った。
「ママの手が荒れているんじゃ……」
「え⁉」
私は言われて手のひらを見た。確かに指先は多少カサついているかもしれないが、痛いほどだろうかと首をひねる。
しかしそのとき、自分の子ども時代にも思い当たることがあることを思い出した。
子どものころ乾燥肌だった私は、一度だけ母のカサカサの手でクリームを塗られたことがある。だが、それがまるでヤスリにかけられたかのように痛かったために、以来自分で塗るようになったのだった。随分昔のことで、すっかり忘れていた。
今は夫が家事をするようになっている家庭も増え、洗剤も優しいものが出ているなどしてマシだが、あの時代、母親たちの多くは常に水仕事に追われていて、ハンドクリームを塗っても塗ってもカサついたままだった。そして、私の母もその一人だった。
私は、自分の手を見てふっと笑う。
空に嫌がられたのは悲しいが、私も母と同じような手になったんだなと思ったら誇らしく思えた。
「空、痛くしてごめんね」
夫の後ろに隠れ、こちらをむっと見る息子に謝る。
「代わりにパパに塗ってもらって」
そういって日焼け止めクリームを夫に渡すと、彼は代わりにキッチンに置いてあったハンドクリームを私に渡した。
「良くなったら、また空に塗ってあげてよ」
夫は丸いレンズの奥で優しく瞳を細めて笑う。それを見て私もつられて笑った。
「うん」
頷くと、カサつきが治りますようにと祈りながらハンドクリームを塗りこみつつ、私は私を育ててくれた「母の手」に感謝するのだった。
ママのちょっぴりカサついた手 彩霞 @Pleiades_Yuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。