【第12節】この村が助かる方法は一つだけだ
村の窮地を理解した村長のバッソが、助けを求めてきた。
この世界に来たばかりの俺にとって、衣食住の確保は急務である。
近隣の村を襲撃している盗賊どもを追い払えば、この目的は達成できるだろう。
おそらく、客人として村へ居座ることは難しくないはずだ。
しかしながら、相手の数、戦力は不明である。
覚悟を決めるべきだろうか?
ここまで思考をして、答えが出せないことに気づく。
入力する情報が、不足しているからだ。
バッソへ村の状況を訊いてみる。
「この村には、エマシンがないのか?」
「そんなことはない。今は、二体とも出払っているだけだ」
「いつ頃、何をしに出て行った?」
「一昨日の昼頃。ワウムが近くに出たんで、狩りに行っている」
「ワウム、というのは珍しいのか?」
「まさか、知らんのか?」
「この辺りの出身じゃないんだ。話を続けてくれ。どのくらい珍しいんだ。ワウムというのは?」
「人里の近くに出ることは、滅多にない。年に十回も見かけたら、多い方だ」
「それが都合良く、襲撃の前日に出たということか」
思わず、ため息が出た。
訊くまでもないが、キアンへ問いただす。
「偽の情報を流して、エマシンをおびき出したな? 他の村でも同じことをしているのか?」
「その通りだ。だが、どの村にも、間抜けがいるわけじゃない」
せせら笑うと、蔑んだ目つきをバッソへ向けた。
「他の村へ差し向けた戦力は? この村を襲ったのと同じくらいか?」
「そうだ。エマシン五、六体。頭数は五十人前後。多少、差はあるが、大体そんなもんだ」
隠そうとする様子もなく、あっさりとキアンが語った。
目を白黒させたバッソが問い詰めてくる。
「こんな奴の言うことを、信じるのか!?」
「キアン。嘘がばれたら、どうなるか分かるな?」
「まあな。これ以上、つまらない怪我はしたくない。殺されるのは、もっとごめんだ。しばらくの間は、本当のことだけを話してやる」
キアンの言葉に、バッソが面食らっていた。
「何故だ……!?」
「こいつは、仲間が助けに来ることを確信している。だから今は生き延びることが出来ればいい。そう考えているんだ。違わないな?」
「お察しの通りだ。だから、俺たちを殺すのは止めておけ。仲間が来たときに、俺たちの死体が転がっていたら、どうなる? 分かるだろう? お前たちは皆殺しだ」
「お前たちを生かしていようが、変わらんだろう!!」
「だったら、もう一つの方法を教えてやる」
バッソに比べると、キアンは知恵が働くようだ。
してやったりという顔をしている。
口止めのついでに、しっかりと戦意を挫いておくことにした。
後方を意識する。ランデインと噛み合った。
黙っている俺を見て、キアンが調子に乗ろうとしてくる。
「よく聴け……」
「黙れ。口を閉じろ。開けば、どうなるか分かるな?」
「お前の方こそ。俺が口を開けば、どうなるか分かっているんだろう? ここの連中が、お前を……、……ッ!?」
絶句したキアンが、目を見開いていた。
その視線は、俺の遙か後方へ向いている。
異変に気づいたバッソが、視線を追って、振り返った。
「エマシン!? 誰が乗っている……?」
俺の思念伝達を受けて、ランデインが歩み寄ってきていた。
はっきりとした姿を、まじまじと見るのは、初めてである。
心の内が、歓喜で満たされていく。
美しさと格好良さが、思い描ける範囲を飛び越えたレベルで、形作られていたからだ。
身長八メートルの白い巨人。シルエットは完全な人型。
手足は長く胴体は小さい。均整の取れたスタイルだ。立ち姿はモデルのように美しい。
陽光を受けた全身は、眩く煌めいている。表層の色合いは艶のある純白だ。陶器のような透明感と深みがある。
各部のディテールは機械的であり、直線を多用したソリッドなデザインだ。
外見に生物的な雰囲気は一切ない。完全にメカニカルな印象である。
分厚く、細長い盾を背負っている。左の腰には、鞘に収めた刀を佩いていた。
「抜刀しろ」
命令を下すと、ランデインの右手が左腰の柄を掴んだ。
長大な刃が鞘から引き抜かれていく。美しい刃紋が陽光に煌めいていた。
「突きつけろ」
刀身五メートルの巨大な刃が移動していく。
間近から見上げる、長大な金属塊の威圧感は凄まじい。
ゆっくりと動いていった巨大な切っ先が、キアンの唇に触れる。
「まだ、喋りたければ口を開け。刃先を突っ込んでやる」
蒼白の顔面が、恐怖に引きつっていた。
恐れの余り、声を出すことも、頷くことさえ出来ないらしい。
キアンに槍を突きつけている村人たちも放心していたので、声を掛けてやる。
「キアンから、クオンを外せ。念のため、猿ぐつわも噛ませておけ」
ランデインの様子に度肝を抜かれたままらしい、村人たちは首を何度も縦に振った。
「バッソ。他の盗賊にも、同じ対応をするんだ」
村人と動揺に、驚いた様子だったバッソが大声を出して、周囲へ指示を下した。
「……それで、あんたのエマシンには、誰が乗っているんだ?」
「今、知りたいことは、それなのか? ヘイノ村が助かる方法を、知りたいんじゃないのか?」
「もちろんだ。どうすれば、儂の村は助かるんだ?」
「この村が助かる方法は、一つだけだ。こいつらの仲間を全て一掃する。それ以外の方法はない」
はっきりと宣言しておいた。
余計な議論をさせないため、強く印象づけておくためである。
「だが、どうやる? この村には、エマシンがない」
「俺のエマシンが、見えないのか?」
「たった一体のエマシンで、どうするつもりだ?」
「そのたった一体のエマシンが、この村を救ったんだ。村はずれに、何体のエマシンが転がっている? 数えてみろ」
「しかし相手が多すぎる。さっきの話だと、盗賊どものエマシンは十五体以上、いるらしいじゃないか」
「一度に、十五体を相手にするわけじゃない。これから三つの村に行ってくる。そうすれば、それぞれの村で相手にするエマシンは、せいぜい五、六体で済む」
「そうか……。その通りだ」
バッソの目に光が戻ってきた。
希望を感じ始めているらしい。
交渉を持ちかけるタイミングだ。
「俺に賭けるか?」
「ああ。あんたに賭ける。盗賊どもの手から、この村を守ってくれ!」
「分かった。報酬は要求していいな? 手付けとして、一ヶ月分の食料。成功報酬は、この村の永住権。待遇は、あんたの家族と同等だ。問題ないな?」
「……構わん。それで村が救われるなら、安いものだ」
「口約束だけでは不安だ。何か形にしてくれないか?」
「念書を書こう」
村人に命じて持ってこさせた紙に、バッソがペンを走らせた。
もちろん、文字は読めない。
だが、目を走らせていると、手首に嵌めているアームバングルの表面に日本語が表示され始めていることに気づいた。
バッソへ伝えた文言である。手を加えたり、違えたりせずに、そのまま文章化していることが分かった。
改めて、クオンの万能性に驚く。この道具は、一体、何なんだ……?
考えを巡らせている間に、文章を書き終えたバッソが紙を差し出してくる。
受け取って畳むと、コートのポケットへ仕舞った。
「徴税役人を迎えに行け。なるべく早くに、領主の軍隊を引き連れてくるんだ」
「すぐに向かわせる」
「盗賊の襲撃には、十分に警戒しておけ。コンラド山脈の方角は、特に注意しろ。トライクというのを使って、二、三人を交代させれば、二十四時間の監視が出来るだろう?」
「分かった。一日中、警戒は怠らないようにしよう」
「道案内をつけてくれ。この辺りには、詳しくない」
「村の外に、詳しいのは誰だ?」
バッソの呼びかけに、村人たちが顔を見合わせていた。
この村の規模だと、自給自足が基本で、他の村との交流は少ないのかも知れない。
不意に、リンが声を掛けてくる。
「私が行く」
「詳しいのか?」
「この村の人たちに比べれば、ずいぶん。このあたりの村は、しょっちゅう行き来しているから」
澄んだ青い目には、迷いの色はなかった。
これまでのやりとりを踏まえて、信用に足りるだろうと判断を下す。
「頼んだ」
「任せて」
頷いてみせてやると、リンがバッソへ話し掛ける。
「村長さん。私も、対価を要求していいですか?」
「言ってみろ」
「今後、この村に滞在する間の、宿泊費を免除してくれませんか?」
「分かった。それくらいなら、いいだろう。お前も、念書が必要か?」
「はい。でも後で結構です。今は先を急いだ方が、いいと思いますから」
バッソの高圧的な態度が気に掛かった。
この村におけるリンの立場が気になったが、確認するのは後でいい。
ランデインに刀を収めさせると、右手を差し出させた。
巨大な掌へ乗ってから、リンへ手を差し伸べてやる。
「来てくれ」
滑らかな細い指先を握って、細い肩を引き寄せた。
掌を上昇をさせ始めると、冷たい風が体温を奪っていく。
俺の耳に、リンが唇を寄せてきた。温かい息が耳に掛かってくる。
「一応、訊いておいていい? あの盗賊の口を塞いだのは、どうして?」
「生け贄にされるのは、ごめんだからだ。キアンは、こう言うつもりだったんだ。命乞いをするなら、俺の首を添えた方がいいと。俺のせいで、奴らは七体のエマシンを失った。バッソなら、乗りかねないと思ったんだ」
「いい判断だったと思う」
思わず、ため息が出た。
これから住もうとする村の長が、流されやすい人物だと確信を得たからである。
ランデインの首元へ降り立つと、床下収納へダッフルコートを放り込んだ。
途端に、強烈な寒さを感じて身震いする。
脱ごうとして上着に掛けていた手が、本能的に止まってしまう。
「いちいち、面倒だな。何とかならないのか、これは?」
「あなたは男だから、まだいいじゃない」
「……そうか。気が利かなかった。すまない」
ランデインの両手で、首元を覆った。
目隠しのためである。
「ありがとう。先に降りていて」
「分かった。降りてくるときには、声を掛けてくれ。下を向いておく」
脱いだ借り物の服を床下収納へ放り込むと、急いで操縦房へ飛び降りた。
全身を包む生ぬるさを、有り難く感じる。
椅子の後ろから拾い上げたボロボロのカーゴパンツを履いてから、操縦席に座った。
頭上から、リンが声を掛けてくる。
「降りていい?」
「着てから、降りてこい」
破れたパーカーを丸めて掲げると、重みが消えた。
下を向いて待っていると、白い素足が、右側の肘掛けの上に乗ってくる。
「手を貸せ。座らせてやる」
差し伸べてきた小さな手を掴んで、リンを内股の間に座らせてやった。
露わな尻が、もっちりとした弾力と、滑らかな肌触りを伝えてくる。
「背中、預けていい?」
「楽にしてくれ」
リンの身に付けている一枚きりのパーカーは、穴だらけだ。
預けてくる華奢な背中を受け止めると、素肌が触れ合う。
肩口で揃えられている白金の髪が、さらりと揺れた。
優しい香りが、広がってくる。
おそらく、好みの香りなのだろう。
胸に吸い込むと、少しドキリとした。
フルールの白いエマシン @ninth_
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