【第11節】どうすればこの村が守れる?

ヘイノ村は危機を脱していないという推論を、バッソへ告げてやった。

途端に血相を変えて、理由を訊いてくる。


「危機を脱していない? 何故だ? 五体のエマシンは全部、あんたが倒してくれた。それに盗賊どもを拘束してくれた。確かに、逃げ延びた連中は多少いる。だが、エマシンを全て失ったんだ。戻ってくるはずがない。儂の村は救われたんだろう? そうだろう? え? 他に何の危険がある? あるなら言ってみてくれ!」


バッソが早口で捲し立てた。口角に溜った泡が粘ついている。目が血走っていた。

不意に、森の方から物音が届いてくる。土を噛むタイヤの音のようだ。

二台のバイクが森を抜けてくる。

この辺りでトライクと呼ばれる三輪バイクだ。

前二輪と後一輪は全て動輪である。フレームは細い。荷物入れとタンデムシートを備えている。

トライクを操縦するのは、アッズとデルハンだ。ヘイノ村の若者である。しばらく前にリネアの捜索へ出向いていた。

二台のトライクが、縦並びで近付いてくる。

二台目の後部席には、若い女性が乗っていた。


「……リネア!?」


バッソが歓喜の声を上げた。口を半開きにしている。安堵のあまり、放心したようだ。

減速しながら近付いてきたトライクが停車する。

その拍子に、リネアが前のめりに傾いた。アッズの背中に頭をぶつけている。

どうやら眠っていたようだ。ぼやけた様子で、辺りを見回している。


「村に着いたの……? あっ! おじいさま!」


破顔したバッソが涙を流していた。

嗚咽を漏らしながら、リネアを強く抱きしめる。


「無事だったか!? 誰にも、何も、されていないか!?」

「ちょっと、おじいさまっ、……痛っ!」

「どうした!? どこが痛む?」

「頬。殴られたから」

「何!? 誰にだ!! アッズ、デルハン! 見つけ出して殺せ!」

「大丈夫。それは、もう済んでいるから」


振り返ったリネアの視線は、アッズへ向いていた。

アッズが黙礼を返して、話し出す。


「リネア様の、お隠れになっていた場所のすぐ近くに、倒されたエマシンがあったんです。その側に二人の男がいました。そいつらの、どちらかがお嬢様を傷つけたそうです。もちろん両方とも始末しておきました」

「良くやった。お前たち。リネアを連れて行ってくれ。早く手当をしなきゃならん」

「薬師は、今どこに居ますか?」


アッズの問い掛けを受けて、バッソが大声で辺りへ呼びかけた。

進み出てきた婦人たちが、リネアを連れて立ち去っていく。

その方向へ目を向けて、気づいた。

リンだ。大きく膨らんだ肩掛け鞄を持っている。

手を振ってやると、こちらへ向かってきた。

腰を折って少し身を屈めると、身を寄せてきて耳を近づけてくる。

察しの良さに、少し驚いた。


「遅かったな。何かあったのか?」

「宿に荷物を取りに戻っていたから。それにエマシンから降りるところは、見られない方がいいと思って。人目につかないようにしていたら時間が掛かったの」

「ずいぶんと気が利くな」

「そう? 特別なことを隠しておくのは、常道じゃない?」

「その通りだが、それを分かっている奴は意外と少ない。俺のエマシンに、二人が乗れることは秘密にしておいてくれ。どこかで、何かの役に立つかも知れないからな」


リンが頷いたのを見て、話を続けた。

こちらの意図を、汲み取る能力が高いと判断したからである。


「取り急ぎ、二つ知りたいことがある」

「言ってみて」

「警察、……いや、この村を守ってくれるような、組織はないのか?」

「組織……? 軍隊のことを話せばいいの?」

「それでいい」

「この近くで、軍隊を持っているのは領主様だけ。だけど、この村を助けに来てくれることは、多分ない。この辺りの村は、ちょっと色々あって自衛するしかないの」

「銃、大砲、ミサイル、航空機、宇宙ロケット。それにインターネットは存在するか? 技術水準を知りたいんだ」

「聞いたことのない言葉ばかり。でも、ちょっと待って……」


そう言って、イヤーカフに触れると、目を閉じた。

眉間に皺を寄せている。深く集中しているようだ。

ささやきに問い掛けているのだろうか?

そうだろうと推定して、情報を追加してやる。


「もしかして、単語が違っているのか……? 火薬で弾丸を撃ち出す、飛び道具。数十から数百キロ離れた遠隔地を爆撃する武器。世界中を繋ぐ情報網。そういったものは存在するか?」

「武器? 武器を表す言葉だったの……? 剣、槍、弓、……じゃない。何か全然違うものみたい」

「ささやき、は答えを返してくれないんだな?」

「そうみたい。確か、戦いに関係することには、答えが返らないって、どこかで聞いたような気がする」

「聡いな。今は、これで十分だ」


思わず、白金の髪を撫でていた。

理解力と洞察力の高さに、感心したからである。

怪訝そうな青い目が、見上げてきた。


「何してるの……?」

「お前の頭の良さに、感動したんだ」

「それと髪を撫でてくるのは、どう関係するの? ねえ? そろそろ止めてくれる?」


手触りの良さから、思わず撫で続けていた手を離した。


「盗賊の首領から、話を訊いている最中だ。俺の後ろへ居てくれ」


リンが頷いたので、キアンの方へ向き直る。

喉元と首筋に、穂先が突きつけられたままだ。

話す自由を制限されている様子である。

猛獣のような目を見つめて、問いを再開した。


「森の奥深くまで、たった二人の女を追った理由は、近隣の村へ通話されることを阻止するためだな?」

「他にあるか? 小娘二人を、二体のエマシンで追う理由が?」

「この村の他に、幾つの村を襲う計画なんだ?」


俺の問いを聞いて、バッソが目を見開いた。

キアンが馬鹿にしたような笑みを浮かべて答えてくる。


「三つだ」

「村の名前は?」

「ヨエル、イスト、コルティ」

「一旦、そこまでだ。勝手に話すことは許さない」


キアンの喉元に、槍の先端が突きつけられた。

バッソへ問う。


「昨夜から今朝方まで、この村で通話の出来た人間は居なかった。その通りだな?」

「そうだ。村が占拠された後、真っ先にクオンを奪われている。それから、あんたが、エマシンを倒して盗賊を追い払ってくれるまで、誰もクオンは付けられていなかった」


村から逃げ果せられていたリンなら、誰かと通話をしているはずだ。

振り返ると、理知的な色をした青い瞳と目が合う。

多分、話す内容は整理済みなのだろう。


「一応、訊く。ヘイノ村へ助けを寄越すと申し出てきた相手は、居なかったんだな?」

「一つも。どの村でも事情は同じだから。ヘイノ村で起ったことは伝えて、気をつけるようには言っておいた」

「ヨエル、イスト、コルティの住人には、伝えられたのか?」

「コルティだけ」

「大体でいい。何時頃の話だ?」

「昨日の二十三時頃だったはず」


キアンに槍を突きつけたままの村人へ頷いてみせた。

穂先を、ほんの少しだけ喉元から離してくれる。


「三つの村それぞれについて、襲撃を始める日時を答えろ」

「今朝の七時だ。ちょうど、今頃じゃないか?」

「何故、ヘイノだけ昨日、襲撃したんだ?」

「この村が一番近いからだ。他の三つは、俺たちの拠点から遠い」

「拠点は、どこなんだ?」

「コンラド山脈だ。お前、やっぱりこの辺りの人間じゃないな……?」

「余計な詮索は口にするな。それで、村を制圧するのには、どのくらいの時間が掛かる?」

「こいつらに訊け。よく知っているぞ」


小馬鹿にしたような目で、村人を見やった。

視線を受けた村人が、顔を歪める。

屈辱を思い返しているのだろうか。

感傷に付き合っている暇はない。


「答えてくれ。こいつらが襲ってきたのは何時だ? その後、村は何時頃に制圧されている?」

「七時だ。……昼前には占拠されている」


絞り出すような声に、キアンの嘲笑が被さった。

これ見よがしに大声で笑っている。目尻には涙さえ浮かべていた。

槍を持つ男たちの顔は、羞恥と悔しさで表情が歪んでいる。

一体、何なんだ?

どいつもこいつも、挑発に乗りやすい。

これが、この世界の標準って訳じゃないだろうな?

辟易としながら、バッソへ問い掛ける。


「領主に軍隊を出してもらうことは、出来ないのか?」

「なぜ、軍隊が必要になる?」

「少しは考えてくれ。三つの村を襲撃した奴らが、ここに居る連中と連絡が取れないことに気づいたら、どうなる? 分かるだろう?」


バッソの顔面から血の気が引いていった。

ようやく理解が及んだらしい。


「脅威が去っていないと言った理由は、分かったな?」

「だが、ヨエル、イスト、コルティでも、あんたのような男が現れて、盗賊どもを退治するかも知れない。どう思う? その可能性は、あるだろう?」

「だったら、その可能性に縋ってみるか? ただし、当てが外れた場合は、あんたたちの命運は尽きることになるが」

「しかし……、一体、どうすればいい?」

「村が四つも襲われたんだ。さすがに領主が放っては、おかないんじゃないか?」


うっすらと嘲笑を続けていたキアンが、笑いをかみ殺して話し掛けてくる。


「ないない。勝手に森を切り開いて、居着いた奴らだぞ。領主が話なんか聞くかよ」


バッソの顔が、苦渋に歪んでいく。

態度から察するに、キアンの言葉は当を得ているのだろう。

リンの言葉も思い出す。

だが、この村は納税の準備をしていたはずだ。

領主へ税を納めていても、保護を求めて無碍にされるのだろうか?


「こいつらを連れて行って、直訴するのは、どうだ? 現物を見れば、脅威を理解するんじゃないか?」

「儂らが行ったところで、取り次いではもらえん」

「通話は、出来ないのか?」

「出来ん。我々のような者の中に、領主様ゆかりの知り合いはいない」


ただ、困り果てた顔をしていた。

何の案も持ち合わせていないのは、一目瞭然である。

進み出てきたリンが、バッソへ問い掛けた。


「二日後に、徴収役人が訪れると耳にしていましたが。違いましたか?」

「そうだった! その通りだ!! こちらから迎えに出て、事情を申し上げればいい。そうすれば、領主様へ連絡を取ってもらえるかも知れん」


狂ったように歓喜するバッソに、鎮まるよう手振りをしてやる。


「それが、上手くいったと仮定しよう。到着するまでには、どのくらいの時間が掛かる?」

「……分らん。数日か、一週間か……。どうすればいい? それまで、どうすれば、この村が守れる……?」


消沈したバッソが、俺をじっと見てきた。

縋り付くような目をしている。

良い流れだ。

恩を売る、絶好の頃合いだと判断する。

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