【第10節】まだ危機を脱していない
バッソの指示を受けた村人が、服を持ってきてくれた。
中世ヨーロッパの農村で着るような、固い布のズボンとシャツである。
急いで身につけたが、見た目通り、着心地は良くない。
それでも、体温が馴染んでいくと、身体の震えが鎮まってきた。
こちらの様子を見計らっていたのだろう。
ヘイノ村の村長であるバッソが話し掛けてきた。
「あんたのエマシン。あれは何だ? 変わった武器を持っている。それに盗賊どもを絡め取ったのは粘液か? 普通とは、ずいぶん違うようだ」
「俺のエマシンは強力だ。そして、俺は敵じゃない。今は、それだけ分かれば十分だろう?」
バッソの目を見据えた。
空気を読めるタイプだろうか?
「確かに。村を救ってもらっておいて、余計な詮索は失礼だった」
「分かってくれればいい。それで、逃げ出した連中が戻ってくることは、ありそうか?」
「いや。エマシンを全て失ったんだ。よほど状況が変わらない限り、戻ってくることはない」
心の中で、胸を撫で下ろした。
余裕が生まれたせいだろう。
村の様子が目に入ってきた。
村のあちらこちらで、粘液で貼り付けられた盗賊の周りに、村人が寄り集まっている。
手には、武器を持つ物が少なくない。
「あれは、何をしようとしているんだ」
「駆除だ」
村人たちに取り囲まれた盗賊が、地面に伏したまま大声で悪態をついていた。
威嚇のためだろうが、あの姿では効果はない。
それでも声を張り上げ続けている。少しでも時間を稼ぎたいのだろう。
村人たちに、にじり寄られたせいで、半狂乱になって藻掻き続けている。
このまま、全員を殺戮し尽くすつもりだろうか?
「盗賊は一人残らず、殺すつもりか?」
「当たり前だ。他に、どうやって取り除く?」
「別の方法は、ないのか?」
「ない」
仰向けに倒れた盗賊の眼前に、槍が突きつけられていた。
槍を握る男の指は白い。相当に強く握りしめているようだ。
憤怒の形相で、盗賊を見下ろしている。目には、明らかな殺意が籠もっていた。
風向きが変わったようだ。盗賊と村人のやりとりが届いてくる。
「待て! 殺さないでくれっ! 頼む!」
「俺の妻と娘も、命乞いをしたはずだッ! それを、お前は!!」
「許してくれ。仕方がなかったんだ。この村の襲撃は命令されてやっている。俺がやりたくて、やったわけじゃない。信じてくれ!」
「お前の事情なんか知らん!」
「頼む。聞いてくれ! 俺は入れ墨者だ。まともな働き口には、ありつけない。他に仕事がないんだ。やりたくて、やっているわけじゃない。生きていくために仕方がなく、やっているんだ。分かってくれ!」
「入墨を彫られるようなことをしたのが悪い。自業自得だ」
「頼む。聞いてくれ! 誰だって、小さな悪事は一つや二つするだろう? 俺は、たまたまそれが見つかっただけだ。運の悪かっただけの普通の男なんだ。根っからの悪党じゃない」
「知らん! お前が、ここで俺の妻と娘を殺した事実は変わらない!!」
「それだって、俺だけが悪いわけじゃない。ババアが邪魔をしたのが悪い。邪魔しなければ、ババアまで殺す事はなかったんだ!」
「母親が娘を守るのは、当然だろう!」
「娘を置いていけば、ババアは見逃すと言ったんだ。年増は好みじゃないからだ。本当だ! 信じてくれ!!」
「もう、それ以上喋るなっ! 頭が、おかしくなりそうだ。お前が死ぬことには変わりない。覚悟しろっ!」
「クソッ! お前、脳みそ足りてんのかッ!? 何で俺の話が、分からねぇんだッ!」
「……もういい。死ね!!」
怨嗟の声と共に、両手で握った槍を高く掲げると、渾身の力を込めて突き刺した。
しかし、穂先が穿ったのは地面である。
必死の形相で盗賊が、無理矢理に首を曲げていたからだ。
ただし、側頭部だけは、ざっくりと切り裂かれている。
どくどくと、鮮血が吹き出していた。
血管を切り裂かれたのだろう。
「ぎゃああぁぁぁッ!!! 助けてッ!! 助けてくれ! 助けろよ、この野郎!!!」
痛みと恐怖で、首を激しく振った盗賊が、命乞いの言葉を並べ立てていた。
その様子から目を逸らして、バッソに訊いてみる。
「どうしても、殺すのか?」
「当たり前だ。娘たちが犯された。大勢の身内が殺されている。生かしてなどおくものか」
涙を流した盗賊が、絶叫を繰り返していた。
村人は取り合わない。
暗い色の目をしたまま、盗賊の眉間に、穂先を沈めていく。
「やめろッ! やめてくれぇッ!!!」
盗賊が、狂ったように激しく頭を振った。
額から血が飛び散っている。額に突き刺さっている穂先に、皮膚が裂かれているからだ。
槍を握る両腕に、村人が全体重を乗せる。
眉間に突き立っていた穂先が、根元まで沈んだ。完全に頭骨を貫通している。
悲鳴は途切れていた。
引き抜かれた槍の先端から、血と脳漿が滴り落ちている。
盗賊の顔は、血に塗れていた。目の焦点は、どこにも合っていない。
穿たれた眉間から、仄かな湯気が立っていた。
その光景から目を逸らして、辺りを見回す。
同じような凄惨な光景が、そこかしこで繰り広げられていた。
「内通者も殺したのか? 確か、カロロだったか?」
「いや、まだ生かしたままだ。盗賊どもの情報を聞き出している」
「盗賊の首領は? まだ殺していないなら、話を聞きたい。連れてきてくれないか?」
「そうだな。連れてこさせよう」
バッソが、周囲に向けて、大声で指示をする。
「首領は、殺してはならない。ここに連れてこい!」
しばらくすると、三本の槍を背から突きつけられた大男が、こちらへ向かって歩いてきた。
荒縄で上半身が拘束されている。百九十センチを越える筋骨隆々の巨漢だ。
顔と首、両腕に、禍々しい入墨を彫っている。
いかにも反社会的な、獰猛な顔つきをしていた。
年齢は、三十代半ばくらいだろうか。
五メートルほどの距離まで近付いたところで、バッソが指示を下す。
「そこでいい。座らせろ」
巨漢の前に回ってきた村人が、その首元に穂先を突きつけた。
男は一瞥もせず、足を止めただけである。
明らかに恫喝するような、鋭い目をバッソへ向けていた。
「お前が、首領で間違いないな。名乗るといい」
「ダエル」
名乗ると同時に、地面に唾を吐き捨てた。
苛立ちを露わにしたバッソが、村人に目配せを送る。
ダエルの後ろに立つ二人の村人が、振り上げた槍の柄で、強かに脛を打った。
苦悶の声を上げて、膝を突いたダエルが、憤怒の形相で睨み付けてくる。
想定以上に、バッソは頭に血が上っていた。
冷酷な声で、さらなる指示をする。
「もういい。やってしまえ!」
まずい。
バッソの肩に手を掛けた。
「バッソ。止めさせるんだ」
「何故だ」
「いいから、止めさせろ」
「理由を言え。でなければ、止められん」
指示を受けた村人たちが、バッソと俺のやりとりを窺っていた。
冷静さを欠いたバッソに、細かい説明は無駄だろう。
どうすれば、考えを翻させられる?
地面に張り付いた、盗賊の哀願する声が届いてきた。
「助けてくれっ! 死にたくないんだっ! 頼む!!」
泣き顔の盗賊を指さして、声を掛ける。
「お前たちを率いているのは、こいつで間違いないか?」
哀れなほど、がくがくと何度も首を縦に振った。
「こいつの名前を、聞かせてくれ」
「キアン! そいつの名はキアンだ! 頼む、助けてくれ! こんなところで、死にたくない!」
「俺は余所者だ。お前の処遇は、そいつが決める」
槍を突きつけている村人へ頷いてみせた。
バッソを見ると、驚いた顔をしている。
「意味が理解できたか? 手当たり次第に、殺すのは止めた方がいい。何人か残しておかないと嘘が見破れなくなる」
「なるほど。そういうことなら、仕方がない」
バッソが大声で村人たちに指示をした。
「盗賊どもを殺すのは、待て!」
声が届いたらしい村人たちの反応は様々だ。
同意したのは、ごく一部らしい。
異論を唱えた大部分が、少数派へ詰め寄っている。
話すことに意識が向いたおかげで、殺戮は止まっていた。
キアンが、恐ろしい形相をして怒鳴ってくる。
「お前、あのエマシンに乗っていた奴だな! あれは一体なんだ!?」
歯をむき出しにして、睨み付けてきた。今にも噛み付かんという形相である。
喧噪に紛れないよう、ゆっくりと話し掛けてやる。
「お前からの質問は受け付けない。嘘を突き通せないことは分かるな? 訊かれたことには、すぐにはっきりと正直に答えるんだ」
「……何が訊きたいんだ?」
「お前たちを村に引き入れたのは、カロロという男で間違いはないか?」
「ちっ……、口の軽い男だ」
「それで、カロロは見返りに、お前たちに何を要求していた?」
「そんなことを、訊いてどうする?」
「質問はするな。訊かれたことに答えろ」
「村の支配権だ。村長は殺害して、孫娘を手に入れる。奴が欲したのは、そんなところだ」
「当然、叶えてやるつもりは、なかったんだろう?」
「はっ? いちいち、答える必要があるか?」
冷酷で残忍な笑みを浮かべていた。
バッソが打ち震えている。
怒気で、顔色が赤黒く染まっていた。
「カロロを! すぐに連れてこい!」
「後にしてくれ」
「許せん! 許せんのだ! カロロごとき阿呆が、リネアに手出しをしようなどと!」
口角に泡を溜めて、喚き散らしていた。
頭に血が上りやすい性格らしい。
よく村長を務めているな、と変な感心をしてしまう。
「落ち着いて、聞け。カロロという男の企みは既に失敗した。だが、あんたの村は、まだ危機を脱していない。孫を助けられなくなってもいいのか?」
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