【第09節】自然と目で追ってしまう

俺の駆るランデインは疾走していた。

ほんの数秒で、村はずれから、中央辺りの広場まで辿り着く。

盗賊たちは、散り散りになって逃げ出している。その数は五十人ほどだろうか。

人の姿が疎らになったことで、惨殺された村人の骸を数えられるようになる。

ざっと見ただけだが、おそらく数十人に及ぶ。

良心の呵責を感じる必要はなさそうだ。


「窒息した奴は、運が悪かったと諦めてくれ」


ランデインの手首から、粘着液を射出させた。

百リットルほどの塊となった液体が、五人の男をなぎ倒す。

粘液がべったりと絡みつき、男たちが地面に貼り付けられている。

ピクリとも動かない二人を見て、リンが息を呑んだ。


「……殺したの?」

「多分、衝撃で昏倒したんだ」

「分かるの?」

「躊躇している場合か?」


黙ったまま、リンが小さく首を振った。

再び、引き金を絞った。射出した粘着弾が、五、六人ほどの男を横倒しにして拘束した。

確かに、非殺傷武器とは言いがたいほどの威力である。


「まずいな。間に合うか……」


異変に気づきだした盗賊たちは、各々が、死に物狂いの形相で四散していく。

ランデインに粘着液を連射をさせながら、広場を中心にして、村を一巡した。

地面に張り付いた盗賊たちの数は、二十数人である。

残り三十人前後は、取り逃がしたようだ。

それでも、ひとまずは村から、盗賊の脅威を取り除けたはずである。

こちらを見上げている村人たちを見回してみた。

おかしい。

不安げな表情のままだ。

まだ、何かあるのか……?

エマシンの外部音声を使って、声を掛けてみる。


「リンという女に頼まれて、助けに来た。俺は敵じゃない」


見上げてくる村人たちから、戸惑いや恐怖の表情が消えなかった。

誰も言葉を発さないまま、互いに顔を見合わせている。

いや、一箇所だけ動きがあった。

村人たちを掻き分けて、一人の老人が進み出てくる。

すがりつくような目をして、怒鳴ってきた。


「リネアは無事か!? どこに居る?」

「無事だ。森の中に居る。迎えに行ってやってくれ」


ランデインの指先で、大体の方角を指し示した。

老人が安堵の声を漏らす。そして、すぐさま声高に指示を出した。

やけに高圧的である。

村の中で地位のある立場、例えば村長などなのだろうか?


「アールト! 十人ほど連れて、リネアを迎えに行ってくれ」


指示を受けたのは、身長二メートル近い細身の男だった。

素直に頷くと、辺りを見回して、若者たちへ声を掛ける。


「皆、落ちている武器から使えそうなものを拾え。アッズ、デルハン。お前たちはトライクを回収してから追いかけてくれ。俺たちは徒歩で先に行く」


慣れた様子で指示をしたアールトが、先頭を切って移動を始めた。

八人ほどが付き従っていく。名指しをされた二人は、別の方向へかけ出していった。

こちらを見上げて、老人が声を掛けてくる。


「降りてきてくれんか。皆が怖がっている」

「その前に確認したい。エマシンというのは、あれでもう動かないものなのか?」


念のためだ。異なる立場の意見を聞いておくことにする。

老人が、村の外れを見渡した。


「首を落として、胴体を切断したのか……? 信じられん。あんたのエマシンは、凄まじいな」

「質問に答えてくれ。あの五体のエマシンは、もう動かないのか?」

「もちろんだ。あれだけ壊れていれば、二度と動かん」

「分かった。今から降りる。離れてくれ」


エマシンの外部向け音声をオフにした。

内股の間に座って、こちらを見上げるリンに話し掛ける。


「先に行く。服を着て、後から降りてきてくれ」

「その格好で降りるの? 凍えると思うけど」

「コートだけは無事だ。教えて貰ったとおり全部、脱いでおけば良かったな……」

「おかげで私は助かった。あなたには悪いけど。この溶けてしまわない服のおかげで、ちょっとはましだから」


小ぶりの愛らしい尻が、内股の間から離れていく。リンが立ち上がったからだ。

肌に触れていた温もりが消えると、物足りなさを感じる。

こちらを向いたリンが、破れたパーカーの裾を引っ張って、局部を隠そうとしていた。

そんなことをされると、余計に目が引き寄せられる。


「あんまり見ないで欲しいんだけど?」

「無理を言うな。そんな格好なんだ。自然と目で追ってしまう」

「どうして? 私の身体なんて見ても、面白くないと思うけど」

「余計な肉がついていなくて、少女像のように綺麗だ。自信を持てばいい」


操縦房の天井を開くと、縁に手を掛けて、身体を引っ張り上げて外へ出た。

穴の中を見下ろすと、上を向いているリンが話し掛けてくる。


「すぐに降りていくから。何か困ったことがあったら、答えないで、待っていて」

「察しが良くて助かる。当てにさせてもらう」


俺の口からは、盛大に白い息が漏れていた。

寒すぎる。既に歯の根が合わなくなってきそうだ。

急いで床下収納からダッフルコートを引っ張り出して、掻き抱くように身につける。

風が凌げるだけでも、ずいぶんとましだが、鳥肌が立つのを抑えられない。

ランデインの右手に乗って、地面へ降り立つ。

歩み寄ってきた老人が、手を差し伸べてくる。

握手の風習はあるようだ。

皺だらけの手を掴む。


「村長のバッソだ。エマシンを倒してくれたことに、礼を言う。名は何という?」

「槇島悠人。話をするのは、リンという女が来てからにしたい」

「リン? 誰だ、それは?」

「リネアを村から連れ出して、匿っていた女だ」

「そうか。その女と、あんたの関係は?」

「それも後だ。取り急ぎ、着る物を用意してくれないか? 寒くて、どうにかなりそうなんだ」

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