【第08節】戦いはエマシンで決する

ヘイノ村を占拠していた盗賊の駆るエマシン一体を斬り捨てた。

もちろん、仲間には気づかれている。

三キロメートルほど先にある村の広場から、四人の盗賊が走り出していた。

それぞれがエマシンの巨大な掌に運ばれて、その首元に降り立つと、上着を放り投げて、操縦房へ飛び込んでいく。

膝立ちをしていた四体のエマシンが、立ち上がろうとしている。


「四体。同時に掛かられるとまずいな」


フットペダルを踏み込んだ。

疾駆したランデインは圧倒的な速力で、相手との距離を詰めていく。

七十メートルまで迫った瞬間に、肌が粟立った。

ランデインのブロムが、相手へ干渉している。

再構築前は十メートルまで迫らないと感じなかった。


「だったら、……やってみるか」


左腕に構えさせている盾の先端を、相手エマシンの腹部へ向けさせた。

盾の裏側が開いて、石弩が姿を現す。

巨大な斧を構えた相手エマシンが嘲ってきた。


「弓だと? そんな距離から射抜けるものか!」


トリガーを引き絞ると、野太い弓音が鳴った。

凄まじい速度で飛び出した矢が、相手エマシンの腹を射貫く。


「……嘘だろう? 矢ごときが、エマシンの腹を貫くだと……」


力を失った相手エマシンが両膝を突いた。

その横を駆け抜け様に、白刃を一閃させる。

刎ね飛ばした首が宙を舞って、地面にぶつかり転がっていった。

残り三体のエマシンが、驚愕している。


「あんな所から、ブロムを展開できるのか!?」


戦い慣れた連中のようだ。

狼狽はしているらしいが、お互いとの距離を取りつつ、ランデインを取り囲んでくる。

三体との間合いは、それぞれ三十メートルほどだ。

どれか一体へ仕掛けると、残り二体が、こちらの背を狙ってくるのだろう。

正面の一体が、大剣を両手で振り上げて、じりじりと迫ってきた。

残りの二体は、こちらとの距離を詰めながら、左右へ分かれていく。


「覚悟を決めるほかないな」


そう呟いた瞬間に、正面のエマシンが突進してきた。凄まじい勢いで大剣を振り下ろしてくる。

姿勢を低くさせてランデインを猛然と突っ込ませる。真下から刀を振り上げさせた。刃先に手応えを感じると、一気に引き斬る。

大剣を握ったままの両手が、空中へ舞った。

手首から先を失った、相手エマシンが後ずさっていく。


「何だ!? その武器は!? く、来るなっ!」

「討ち取らせて貰う。じっとしていろ」


ランデインに白刃を振るわせて、相手エマシンの胴体を斜めに深く裂いた。

力尽きた様子で、後ろへ倒れていくと、巨大な背中が地面を打つ。

こちらを、左右から取り囲んでいる二体のエマシンが響めく。


「エマシンを切り裂いた……!?」

「怯むんじゃねえ! 同時に掛かるぞ!」


仲間を叱責した青いエマシンが、右側から疾駆してきた。

一拍遅れて、左側からも黄色のエマシンが駆け出し始める。

先に迫ってきた青いエマシンが、十五メートルを超える長い鎚を薙ぎ払ってきた。


「死ねッ!!」


こちらを間合いに捉えた、巨大な金属塊が迫ってきた。

後ろに飛ぶわけにはいかない。背後からは、もう一体が迫ってきている。

操縦房の内壁に目を走らせた。

相手のブロム強度は1921、つまり損傷軽減率は約二十パーセント。


「防ぎきれるはずだ」


分厚く長い盾を前へ出して、脚の踏ん張りが利く態勢を取らせた。

直後、激しく重い金属音が轟く。

強烈な衝撃が、盾を伝ってランデインの全身を震わせた。

だが想像より、遙かに小さな衝撃だ。

盾の表面を凝視する相手エマシンが声を上げる。


「止めた……、止めただと、俺の一撃を!? 何なんだ、その盾は!?」


相手の様子から察するに、おそらく盾の表面には傷さえついていないのだろう。

慢心に満ちた大声が、背後から届いてくる。

黄色のエマシンが迫っているに違いない。


「くたばれっ!!」

「わざわざ、声を掛けてくれるとはな」


ランデインを素早く右へ半回転させると、思い切り、刀を振り払わせた。

黄色いエマシンの脇腹に、白刃が食い込んでいく。

回転の力と腕力を合わせて、刀を思い切り振り切らせた。

相手エマシンが、上半身と下半身に分かれて地面を打つ。

黙ったままだったリンが、叫び声を上げた。


「危ないっ! 後ろからっ!」


咄嗟に、ランデインに後ろを振り向かせる。

振り下ろされてくる巨大な鎚が、目に飛び込んできた。


「くそっ! 躱せないか」


即座にフットペダルを踏み込んだが、一瞬遅かった。

ランデインの右手首が、痛烈に打ち据えられている。

取り落とした刀が、地面に転がった。


「終わりだッ!!」


高く振り上げられていた鎚が、頭上から迫ってくる。


「きゃああっ!」

「大丈夫だ。問題ない」


盾の裏側を開いた。内蔵する真新しい刀をランデインの右手に掴ませて、一閃する。

何の抵抗もなく白刃が、相手エマシンから右腕と右足を切り落としていた。

勢い余って切り飛ばした鎚の先が、空を舞っていく。

数秒後、森林の一箇所から折れた木々の破片が飛び散った。

地に伏したエマシンを数える。五体だ。

ランデインに白刃を仕舞わせる。


「リン、いい加減に前を向いてくれ。戦いは終わった」


身体を捻ったリンが、俺の首に抱きついていた。

みぞおちの辺りに、やわやわとした微かな柔らかみがある。

慎ましやかな二つの膨らみが、押しつけられているからだ。


「そんなに怖かったのか?」


落ち着かせるために、白金のショートカットを撫でてやる。

触れた瞬間は、びくりとしたようだが、すぐにこちらに体重を預けてきた。

しばらくして腕を解いていくと、こちらを見上げてくる。

少し頬が赤いが、落ち着いた様子だ。


「ごめんなさい」

「大丈夫か?」

「あなたは? 怖くなかったの?」

「平気だ」

「嘘でしょう……? 信じられない」

「……? もしかして、エマシンを操縦したことがあるのか?」

「昔に、一度だけ。ものすごく怖かった」

「自分で操縦するのに、怖いのか?」

「自分で操縦するから怖いの。ここに乗せて貰っている方が、全然怖くない」

「それは何よりだ」

「エマシンで戦うのは、これで二回目よね……? なのに、ものすごく落ち着いていて、慣れた感じだったけど、どうしてなの?」

「俺と同じ年代の男は幼少の頃から、死ぬほどイメージトレーニングをしているからだ」

「え……? でも、エマシンは見たこともないんじゃなかった?」

「気にするな。向こうの始末を付けよう」


村の中央を見据えた。

武器を持った男たちが、騒然としている。

見る限りだが、明らかに戦意を失っていた。

表情から読み取れるのは、動揺と恐怖だけである。


「盗賊たちは、全員が逃げだそうとしていないか? こっちには、誰一人として向かってこようともしない。何故だ?」

「エマシンを失ったから。人は、どうやったってエマシンには絶対に勝てない。だから、エマシンを失ったら負けなの」

「戦いは、エマシンで決する。そういうことか?」


四十人ほどの男たちが、慌てふためいた様子で、四方八方へ散らばっていた。

逃亡するつもりらしい。


「放っておく訳には、いかないな……」

「どうするつもり? ……殺すの?」

「少しだけ待ってくれ。多分、方法があるはずだ」


ささやきに問い掛けた。


(再構築の時に意識したはずだ。非殺傷武器があるだろう?)


アームバングルの表面に「応」の文字が浮かび上がる。


(使い方を内壁に映し出せ)


「……トリモチか。これは使えるな」

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