【第07節】ブロム強度
ランデインの操縦席に、俺は身体を預けていた。
内股の間には、素肌の白い尻を挟んでいる。小ぶりで愛らしい形だ。
腿に力を込めると、ふにふにとした心地よい感触が伝わってくる。
尻の持ち主であるリンは、背筋を伸したままの姿勢だ。
身長差はあるが、少し前が見づらい。
顎先で、そっと頭頂部を押さえた。
「背中を倒してきてくれ。俺の胸に後頭部を付ける感じで頼む」
「……これでいい?」
前に座るリンが、おずおずと背中を預けてきた。
ふわっと優しい香りが漂ってくる。
リンの身につけているのは、俺の貸したパーカー一枚きりだ。
俺の方は、Tシャツ、カーゴパンツ、スニーカーである。
何れの服も、度を超えたダメージ加工が施されたようにボロボロだ。
そのため、殆ど直接、お互いの肌が触れ合っている。
「肌が熱いな。緊張しているのか?」
「そういうこと言わないでくれる? 余計に意識しちゃうから」
「格好の心配か? この状況で、大した余裕だな?」
「余裕がないから、言っているんだけど? ものすごく恥ずかしいのを我慢しているんだから」
「素裸よりは、ましだろう? 俺の服が溶け残っていて良かったな」
「そうだけど……。絶対に、変な気を起こしたりはしないで」
「心配するな。そんな余裕は、とてもない。それで、この森から出るまで、あと何分くらいかかりそうだ?」
「十分くらいだと思う。森を抜け出たら、村は目の前だから。きっと、すぐに戦うことになると思う」
「さっきまでエマシンの倒し方を、ささやきに問い掛けていた。念のために、内容が正しいのかを確認させてくれ」
「詳しくはないけど。それでもいい?」
「知る限りで構わない。エマシンは、どうやれば倒せるんだ? 具体的に答えてくれ」
「操縦房か頭を潰して。そうすれば、二度と動かなくなるから」
「エマシンは機能を停止するんだな? 四肢を奪ったり、胴体を切断したらどうなる? 物理的には動けないだろう?」
「そうだけど。でも、そんなことを出来る武器は、誰も持ってないから。多分そうだとしか……」
「……? 刃の付いた武器が、ないのか?」
「あれば、誰か使っていると思う」
「他に注意することはあるか? 俺のことは、常識を知らない人間だと思ってくれ」
「だったら……、基本的なことだけど。エマシンは、エマシン以外では傷つけられない」
「何故だ?」
「ブロムがあるから。エマシンを中心に半径十メートルがブロムの影響範囲。ブロムの外からエマシンは傷つけられない」
「どんな方法でもか?」
「私の知る限りは」
「……? どうして、俺たちはエマシンに乗れたんだ? ブロムの干渉に阻まれなかったのは何故だ?」
「誰も乗っていないエマシンは、ブロムを展開しないから。それにブロムを展開していても、エマシンの十メートル以内に近づけないわけじゃないの。ブロムが影響するのは攻撃とか、強い衝撃に対してだけだから」
「高い運動エネルギーにだけ反応するのか……? 信じられない機能だな。さっき、エマシン同士は傷つけ合えると言ったな。何故だ?」
「ブロムは、ブロムに触れると効果を失うから」
「至近距離で殴り合うしかないわけか……。ブロム強度という言葉は知っているか? エマシンの強さに関わるものらしい」
「その言葉は知らないけど……。強いエマシンは相手からの攻撃を受けても、損傷が少ないって聞いたことがある。それに関係することじゃない?」
「なるほど。ブロムは完全に打ち消し合うわけじゃないんだな……。もしかすると、ブロム強度を差し引いた値に比例するのか? ダメージが軽減される割合は……? 差し引きして、残った値が千だと十パーセントのダメージ軽減がされるとかなのか……?」
重要なことなので、ささやきに問い掛けてみた。
直後、操縦房の内壁に文字が表示される。
はっきりとした情報が、これほど一度に示されたのは、初めてのことだ。
偶然、想定していた値と一部が一致していたからなのかも知れない。
<損傷軽減率・目安>
ブロム強度差分 損傷軽減率(目安)
~0 0%
1~1000 00~10%
1001~2000 11~20%
2001~3000 21~30%
3001~4000 31~40%
4001~5000 41~50%
5001~6000 51~60%
6001~7000 61~70%
7001~8000 71~80%
8001~9000 81~90%
9001~ 91%~
表示された文字を見ていたのだろう。
驚いた様子のリンが訊いてくる。
「ねえ? おかしいのは、このエマシン? それとも、あなた?」
「そんなこと今は、どうでもいい。まだ、訊きたいことがある。答えてくれ。矢や銃を武器にしたりは、しないんだな?」
「遠くから攻撃する武器のこと? そんなの、ブロムに弾かれるから無駄。弓を持ったエマシンなんて聞いたこともない」
「よく分かった。確認するぞ。首を刎ね飛ばす。四肢を切り落とす。胴体を切断する。後、眉間を射貫く。この方法で、エマシンは倒せる。間違いないな?」
「ねえ? ちゃんと聞いてた……? そんなこと出来るエマシンは、いないって説明したんだけど?」
「このエマシンなら多分、大丈夫だ」
「本当に……?」
「今から証明する」
俺の操縦するランデインが森を抜け出た。
眼前には、森林を伐採したような平地が広がっている。
開墾地、数十棟の木造の家などが見て取れた。
おそらく村なのだろう。ずいぶんと寂れている。
前方、五百メートルほど先に灰色の巨人が立っている。
エマシンだ。こちらへ背中を向けている。気づいた様子は、今のところない。
更にその先、村の中央付近には、百数十人ほどが集まっているようだ。
その周囲に、四体のエマシンが膝を突いている。
「エマシンは全部で五体か。人が乗っているのは一体だけみたいだな。向こうに集まっている四体。立て膝を突いている奴らのことだ。あれは人が乗る前なんだろう?」
「多分、そうだと思う。ゆっくり歩いて行ってみて。まだ、気づかれていないみたいだから」
「村の中央辺り。荷物を運んでいるのは村人。剣や斧を手にして息巻いているのが盗賊。違いないか?」
「そうみたい」
「麻袋と木樽が、ずいぶんと高く積み上がっているな。見かけによらず、裕福な村なのか?」
「違う。今は納税の時期だから。……酷い。あれだけの量だと多分、この村には何も残らない。このままだと冬が越せなくなる」
「なぜ根こそぎにする。村人が生き残れるだけ残しておけば良いだろう。そうすれば、また納税の時期がくれば略奪ができる。その程度の頭もない連中なのか?」
「頭が働けば、盗賊なんかに身を落とさないと思うけど」
「確認だ。この村は、今まさに命運が尽きようとしている。盗賊どもを一掃する以外に救う方法はない。その理解でいいな?」
「ええ。その通り」
「……さすがに気づかれたな」
灰色のエマシンが、ゆっくりと振り返ってきた。
右手に握った刃渡り十メートルの大剣を引きずって、こちらに向かって歩いてくる。
やる気のない緩慢な動作だ。焦ったような様子は見られない。
逆光のせいもあるだろうが、探索から戻ってきた味方だと見間違えているのだろう。
三百メートルほどまで距離が詰まったところで、大声で問い掛けくる。
「女は捕まえてきたのか?」
フットペダルの上に、右足を添えるように乗せた。
エマシンは、ほとんどが思念伝達で操縦するので、きっかけに使うだけだ。
「どうした? 聞こえない距離じゃないだろう?」
こちらとの距離は、およそ二百メートルまで詰まっていた。
答えを返さずにいると、向かってくる灰色のエマシンが、陽を遮るようにして左手を目の上にかざす。
「……誰だ?」
相手が訝しんだ刹那、フットペダルを踏み込んだ。
ランデインが地を蹴り、驚異的な瞬発力で、相手との距離を一気に七十メートルまで詰める。
内壁に相手エマシンのブロム強度が表示された。値は[3070]である。
こちらのブロム強度の方が高い。
ただし、損傷軽減率は十パーセント弱程度だ。気休め程度に過ぎない。
「敵襲!」
灰色のエマシンが大声を上げた。
思いのほか、素早い状況判断である。
手にしていた大剣を振り上げると、強烈な速度で振り下ろしてきた。
唸りを上げて、剣先が迫ってくる。
ランデインを素早く右へステップさせた。一瞬で、大剣の軌道から逃れる。
空振りした大剣が、大地を割った。大量の土砂が吹き上がる。
ランデインに鞘を払わせた。
鞘走った白刃を、鋭く一閃する。
次の瞬間、灰色のエマシンが膝を突いた。
身体を傾かせると、胴体を滑り落とす。巨大な上半身が地面を打った。
「途轍もない切れ味だ……」
エマシンを一刀両断にした刀身には白い刃紋が浮かんでいた。
五メートルの刀を握り直して、背負っていた細長い盾を左腕で構える。
リンの掠れた声が耳に届いてきた。相当に驚いているらしい。
「エマシンを切断したの……!?」
「言った通りに出来ただろう?」
「有り得ない。あの武器を見て。あれが普通なの。あんなので、斬ることが出来ると思う?」
地面に伏す上半身が掴んだままの大剣を指さしていた。
その刀身には無数の傷があり、両刃は何れも刃こぼれが激しい。
とても斬るようには使えそうにない。鈍器としての役割しか果たさないだろう。
急に、腿の間に挟んでいる尻が強ばった。
「気をつけて! 残りのエマシンが出てくる」
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