【第06節】貞操観念が高いのは良いことだ

リンが、こちらを見上げている。

俺の搭乗するランデインの姿に見惚れているらしい。

ため息を漏らしたことで、我に返ったようだ。

ぱっと駆け寄ってくると、ランデインの足に触れて見上げてくる。


「村の位置は分かる? イメージを伝えたんだけど」

「これか? 航空写真のような地図が見えている。かなり縮尺が小さいな。二万分の一くらいか……? 拡大や縮小は出来ないのか?」

「……見えているって、何?」

「A4くらいの地図だ。一面に緑だけが映っている。どこに村があるんだ?」

「言っていることが、分からないんだけど……。もし、その地図で方角が分かるなら北へ進んで。エマシンなら一時間くらいのはずだから。早く行って、村を助けてあげて」

「埒が明かないな。もう少し離れてくれ。エマシンに膝を突かせる」

「何で……? ちょっと……!?」

「急ぐんだろう? だったら、さっさと離れてくれ」


リンとの距離が十分に開いたと判断して、ランデインに片膝を突かせた。

巨大な右手を地面へ向けて差し伸べる。

怪訝な表情をして見上げてくるリンへ声を掛ける。


「掌に乗ってくれ」

「……何? 高いところは怖いんだけど」

「肩や頭に乗せるつもりはない。操縦房に入ってもらう」

「……? どうやって操縦するつもり?」

「多分、大丈夫だ。来い」

「聞いて。操縦房に二人以上が入ったら、エマシンは動かせなくなるの。誰に同調していいのか分からなくなるから」

「このエマシンは特別だ。再構築を二回するエマシンは、他にいないんだろう?」

「そうね。でも……」

「もたついていて、いいのか? 早く村を助けたいんだろう?」

「……変なことはしないで。絶対に」

「俺が、そういう奴なら、お前は既に無事じゃない。違うか?」

「……分かった。乗る。お願いだから、丁寧に運んで」

「承知した。掌の真ん中まで来てくれ。……よし。そこで、じっとしているんだ」


掌へ乗ってきたリンを落とさないように、指先を曲げさせて柵の代わりにした。

怖がらせないよう、慎重に掌を首元まで近づける。

ランデインの首元に、小柄な身体が降り立ってきた。

すぐに、操縦房の天井にある入り口を開いてやる。

一分ほどが経過した。

見上げるが、降りてくる気配がない。


「何をしているんだ? 降りてこい」

「ちょっと待って。準備がまだだから」


更に一分ほど待った。

天井の穴から、小さな顔が覗き込んでくる。


「下を向いていて。絶対に見上げないで」

「分かった」


椅子の後ろに気配を感じる。

降りてきたのだろう。

後ろから見ているだろうと判断して、内壁に映る地図を指さす。


「どの方向へ進めばいいんだ?」

「……何、それ?」


椅子の後ろから、リンの驚いた声が届いてきた。


「地図以外の何に見える?」

「違うの。そんな風に見えると思ってなかったから。頭の中に、ぼんやりとしたイメージが伝わるくらいなの、普通は……」

「はっきり見えると何か問題があるのか? なければ、どっちに進めばいいのか教えてくれ」

「上、……北の方へ向かって」

「分かった。椅子の背にでも掴まってくれ。エマシンを立たせる」


ランデインを立ち上がらせた。

惚れ惚れするくらいの機敏さである。


「……きゃっ!」


小さな悲鳴が、首の後ろから聞こえてきた。

ほぼ同時に、椅子の後ろから、女性が勢いよく飛び出してくる。

床にぶつかる寸前に両手を突いた。両膝も突いて、転びそうになるのを堪えている。

四つん這いの格好だ。

丸出しの白い尻が、目に飛び込む。

柔らかそうな尻肉が左右に、くぱっと分かれている。


「服を脱いでいたのか」


下を向いて、パーカーを脱いだ。

丸めて前へ向けて放り投げてやる。


「着ろ。何もないよりは、ましのはずだ」

「……ありがとう。まだ、こっちを見ないで」

「何で裸なんだ?」

「あなたが乗る前にも伝えたはずだけど。操縦房に入ったら服は溶けるって」

「……聞いていた」

「忘れていたの?」

「他のことに比べれば、どうでもいいことだからな。戦いに集中していたせいだ」

「もしかして、気軽に乗れって言ってきたのは、そのせい? 変な人かと思った」

「簡単に認識を改めていいのか?」

「変な人なら服を貸してこないでしょう? ……待たせて、ごめんなさい」


視線を上げた。

色白で細身の女性が、破れたパーカー一枚を身につけている。

殆ど隠れていない素肌は、透き通るように白く艶めいていた。

肌の美しさに惹かれて、何となく全体を観察する。

碧眼金髪。顔立ちは涼やかで愛らしい印象だ。

胸の膨らみは慎ましやかで、括れた腰つきは麗しく、細い脚はすらりと伸びて美しい。


「……じっと見すぎだと思うけど」

「野暮ったい服のせいで気づかなかった。美人なんだな」

「そう? ありがとう。あんまり言われたことはないけど……」


胸元と下腹部を手で覆い隠しながら、椅子の後ろへ回り込んでいった。


「今度は、しっかりしがみついていてくれ。エマシンを歩かせる。いいな?」

「大丈夫。急いで」


フットペダルを静かに踏み込んでいった。

ランデインが、ゆっくりと脚を上げる。


「……きゃっ!?」


また後ろから飛び出してきた。

今度は倒れずに踏みとどまる。


「どうした?」

「ちょっと待って。立っていられない」

「そんなに揺れるのか? 手を貸せ。掴んでいてやる」

「それくらいで、どうにかなる……、って待って!?」


リンの細腕を右手で、しっかりと掴んだ。

フットペダルを踏み込む。

ランデインが一歩を踏み出した。

掴んだ腕から、大きな揺れが伝わってくる。

椅子は全く揺れていない。

視線を巡らせる。床面が弧を描いていることに気づいた。

再構築前は円筒形だった操縦房は球形に変わっている。


「椅子の土台が床上を自由に移動している。これで水平を保っているんだな」

「ねえ!? 止まってくれる? 本当に立っていられないから」

「俺の周囲だけ液体の粘度が違うのか? これで身体を固定して、衝撃を緩和しているのか……」

「聞いて! 怖いの!」

「仕方ない。こっちへ来い」


細腕を放した。

代わりに両手を脇の下へ差し込んでやる。


「何!? 止めて!」

「じっとしてろ。ここなら振動を感じずに済む」


抵抗する間を与えずに、華奢な身体を抱き上げた。ほとんど重さを感じない。

座面に降ろしてやった小さな尻を、両腿で優しく挟み込む。

小ぶりで愛らしい尻は、程よくもっちりとした弾力を伝えてくる。

瑞々しい肌は、きめ細かいらしく、しっとりとして滑らかな感触だ。

ランデインには歩行を続けさせている。操縦房の景色が後ろへ流れていた。

かなりの速度が出ている。もちろん座面に振動は伝わってこない。


「ねえ、これ。すごく恥ずかしいんだけど……」

「じゃあ、立っているか?」


逡巡する気配が伝わってきた。

自分の姿と、流れゆく景色を見比べているらしい。

後ろを振り返ってきた。青い目が見上げてくる。

少し怒っているようだ。


「このままでいい。でも、簡単に身を委ねる女だって思わないで」

「貞操観念が高いのは良いことだ」

「さっきの娘。リネアに通話する」


前へ向き直ると、イヤーカフに触れた。

何かに集中しているように見える。

十数秒が経つと、急に話し始めた。


「ヘイノ村へ行ってくる。あなたは、そのあたりで安全そうな場所を探して待っていて。……分からない? ……ごめん。ちょっと色々と説明している暇がないの……」


話し相手の質問に困っているようだ。

地図をよく見て、一箇所を指さしてやる。


「多分、この辺りに俺の居た野営地がある。他に人は居ない。焚き火が残っているはずだ。テントも張ってある。食糧を残してあるから好きに食べていい」


聞いたそばから、淀みなく相手に同じ内容の説明を始めた。

話を終えたらしい。

振り返って、こちらを見上げてくる。


「ありがとう。助かった。それと知らないと思うから伝えるけど。朝の五時までだったら通話が出来るから」

「それもクオンの機能なのか?」

「腕、前へ出して?」


言われた通りにした。

彼女と俺のアームバングルが触れ合う。

金属の表面に、文字が浮かび上がったようだ。

知らない文字が、二十桁ほど映っている。


「読めないな。……いや、文字の形が変わっていくのか? 日本語……、カタカナだ。 リンナライアナ……?」

「こっちにも、あなたの名前が登録された。槇島悠人」

「通話が出来るのは朝五時までと言ったな。夜は何時から出来るようになるんだ?」

「二十三時」


嘘を言っている様子はない。


「昼間だと通話料が高いのか?」

「通話料? どういう意味なの、それ?」

「なんでもない。先を急ごう」


おそらく村に着いたら、すぐに戦闘になるのだろう。

操縦を続けながら、ささやきへ問いかけを始める。

エマシンの倒し方を、知らなければならないからだ。

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