女中の憂鬱(小話)

 重役達が話をし始める。葵は書斎に腰掛けている。緑茶をお盆乗せて、古川ふるかわ芳乃よしのは書斎をノックした。


「黒川お坊ちゃん、こちらが、緑茶でございます」

 と芳乃は言う。

「俺に礼はいりません。お気遣いなく」


「では、これにて私は失礼します」

 と芳乃は言う。

 女中仲間で話し合いになった。


「見てみて。黒川お坊ちゃんが、本を読まれてますよ。確かに端正な顔立ちをなさってますね」

 と芳乃は言った。

「まぁ、相変わらず、良い男だわ!」

 と舞花は芳乃に声を掛ける。


「黒川お坊ちゃんは帝大も首席で卒業していらしてますわ。黒川お坊ちゃんは仕事能力には充分に長けていらっしゃいます。ですが、重役の方々が、先代と違ってお暗いんですよねと申しておりましたわ」

 と芳乃は言った。


「黒川お坊っちゃんは跡継ぎに就任したあとは顔だけが良い若造とさんざん批判されて、傷心気味らしいですよ」

 舞花は噂話を始める。


「……女中の私たちがいくら話しかけても、全然喋らないんですよね。無愛想というかなんと言うか。まるで黒川坊っちゃんは置物みたい」

 と舞花は言った。


「なんでも許嫁の方がいらっしゃるようですが、家でもあんな感じなんでしょうかね?」

 と芳乃は言った。


「……全然喋らないのよねぇ」

 と舞花は言った。

「確かに顔は良いけれど、暗いわ」

 と芳乃は言った。覗くと葵が、くしゃみをしていた。


 葵は手元にお弁当がないことを思い出す。葵は思う。今日は千歳は寝坊していた。するとドアをノックする音が聞こえる。「私、椎名でございます。黒川様、入ってもよろしいでしょうか?」と声を掛ける。この声は秘書の椎名しいな松鷹まつたかだ。松鷹は、髪は清潔感があり、品の良いスーツ姿の好青年で、大財界の名だたる名家生まれらしい。なんでも、嫁候補が、三人いて、三人共好みでもない相手だという。やんごとなき家系なら相性も見ずに、両親の計らいにより、無理やり、結婚させられると言っていた。


「入れ」

 と葵は言った。

 松鷹が書斎に入ってくる。


「黒川様、許嫁の方がお見えになっております」

「……?」


 階段を下り、秘書は一歩下がって、進む。

 すると千歳がいる。今日は千歳は後ろで、まとめ髪にしている。


「……千歳? どうしたんだ?」


 葵は千歳に声を掛ける。

 千歳は日傘を差している。色深き肌は繊細で白い肌は美しい。


「葵さま! 今朝は作ったお弁当を渡し忘れちゃったんです、今日はそれだけです」

 フフッと花のように笑う。


「千歳、今日は気をつけて帰りなさい」

 千歳は今日の髪型はシニヨンで、花浅葱はなあさぎ色の着物姿だ。


「うふふ。知ってます」

 千歳は口元を隠して微笑み、顔の下で、小さく手を振った。


「美味い……」

 お弁当を食べている。


「黒川お坊ちゃんは意外と喋るのね」

 と芳乃は言った。



「ふぅ。今日はこれくらいで良いわね」

 花の手入れをしていた。

 千歳は花瓶に花を生けるのが好きだ。

 一度は花屋さんの店員の仕事も視野に入れていた。丁度、お花を仕入れに行くかと一本道を歩くと、いつものお花屋さん店員さんがいた。金目銀目の青年と一緒に花を活けていた。


「おぉ……わざわざありがとうございます! お礼なら塩谷しおたににね!」

「……塩谷?」

 塩谷しおたにという名字には懐かしさを感じる。


「もしかして千歳ちゃん?」

 と疾風は嬉しそうだ。


「はっ、疾風くん?」

 と千歳は訊く。


「ええ? その姿は疾風くん? お久しぶりだね!」

 と疾風は仕事上がりだ。


「ああ、随分と千歳ちゃんはきれいになって」

 と疾風は千歳を褒めてくれた。

「そんな〜!」

 と千歳は謙遜をする。

「その旦那さんとはうまくやってるの?」

「はっ、はい!」

 と千歳は答える。

「そうか。なら俺は良かった。これから俺は仕事上がりだから」

 疾風は仕事を上がり、千歳とたこ焼き屋さんで立ち話をした。これから俺は休憩だからと疾風は去っていった。


 千歳は疾風にたこ焼きを二個多く買ってもらい、美味しく食べた。季節は葵の誕生日に近くなる。まさか疾風が近所の花屋で勤めているとは思わなかった。またこの花屋さんに来ようと思った日のことであった。

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きみがため 朝日屋祐 @momohana_seiheki

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