前世の断片

@reahkkym

第1話 罪悪感と金

私は暗い夜道を、息を上げながら走った。

両手に抱えるは、数年は遊んで暮らせるほどの大金であった。


私は暗い森の中を、涙を流しながら走った。

土を蹴る草鞋の音はやけに響いたが、私以外の足音は無かった。ただひたすらに、逃げるように脚を動かした。


私を助け良くしてくれた人は、どんどん後ろへと遠ざかっていた。

だが、この大きな罪悪感は私を掴んで逃がしてはくれなかった。喉元に絡みつき、大きな手で心臓を弄び、不気味な一つ目で私をじっと見ている。


こんなに苦しく息が上がるのは、きっと走っているせいだ。


何故このようなことを してしまったのかは分からない。

両親はとうの昔に戦で死に、守るべき家族も無かった。貧乏ではあったが、飢えてはいなかった。

だから、本当に、ただの気の迷いではあったのだ。


私を助け良くしてくれた人。いつも私に笑いかけてくれた人。彼から多くのことを学んだ。


しかし、私は見てしまったのだ。彼の、金を。

あんな大金は見たことがなかった。少しくらい、ほんの少しくらいくすねても、バレやしないだろうと。


私は暗い森を抜け、月夜に照らされた川べりで一人嗚咽を噛み殺した。

ただの気の迷いではあったのだ。


どうか、どうか。


彼はもう気付いただろうか。

金が消えていることに。

私が消えていることに。


どうか、どうか。


怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか。

分からなかった。ひたすらに怖かった。

分からなかった。何故こんなことをしてしまったのか。


どうか、どうか。


引き返すことはできなかった。

彼に会うのが怖かった。

過ちを犯した私を、見られるのが。

きれいな彼の目に、醜い私を映してしまうことが。


どうか、どうか。


あなたの行いは清く正しかったが、あなたは裏切られてしまったのです。

私が、私が裏切った。

恩を仇で返すとはなんと生易しい言葉か。

あなたはこのような卑怯な人間を助けてしまったのです。


どうか、どうか。




結局私は捕まることも無く、あなたに会うことも無かった。

私もあなたも、とうに死んでしまった。

もうあなたが何処でどんな姿をしているのかも分からない。

あなたは私を、怒ることも罰することもしませんでした。


でも私は、ただ、ただ、あなたに謝りたいのです。

もう一度会えるのならば。


どうか、どうか。


私から未だに消えぬこの罪悪感。

一体あなた以外、誰が私を罰せるというのか。


どうか、どうか。


あの時の私を、私の謝罪を、聞いてはくれないだろうか。



あなたに助けてもらい、親切にしていただいた私は。










すまなかった。

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