俺が好きになった学園一の美少女は、ダメ男好きのパパ活女子でした。

しょうわぽんこつ

俺が好きになった学園一の美少女は、ダメ男好きのパパ活女子でした。

「やっと授業が終わったー! あとはアイツが来るのを待つだけ!」

「アイツ?」

「ほらアイツが来ないと、帰りのHRができないじゃん」

「アイツって先生のことかよ! 何様だ、お前! アハハ!」


「………………」


 クラスメイトたちの元気な声が飛び交う教室で、俺――高峰たかみねとおるは頬杖をつき、窓の外を眺めていた。

 いつもと代わり映えのしない退屈な1日。

 ま、わけのわからない出来事に見舞われるよりよほどいいけどな。


 と。


「おい聞いたか、高峰」


 目の前の席に座っていた男が、こちらを振り向き話し掛けてきた。

 名は市井いちいゲン。みんなからゲンさんとか呼ばれている、陽気な男だ。

 クラスのムードメーカーで、俺みたいに性格の悪い陰キャとは本来縁遠い存在なのだが、なぜだか俺のことを気に入っているらしく、なにかにつけてこうやって声を掛けてくれる。


「聞いたかって言われても、それだけでなんの話か分かるわけがないだろ」

「ああ、それはもっともなんだが、いやそれが、なかなかに言いづらい話でな」

「んん?」


 その物言いに首をひねる。

 自分から話題を振っておいて、言いづらいってなんだよ?


 訝しんでいると、市井は教室の入口に目を向けていた。

 どうも、最前列の女生徒の様子を窺っているようだ。

 彼女がこちらを見ていないことを確認した市井は、俺に顔を寄せ、声を潜める。


「……お前さ、村本さんのことが好きなんだろ」

「……ああ、まあ……」


 いきなり嫌な話題だ。

 入学当初の俺は、我ながら恥ずかしくなるほど浮かれていたようで、この陽気な男の口車に乗せられ、本来死守すべきそんな秘密まで話してしまったのだ。

 まあそのあと、からかってくるわけでもなく、かといって他の連中に知られた様子もないので、市井が口の堅い男だと分かったという意味では、必ずしも悪いことばかりではなかったとは思うが……。


 それでも、マジで答えたのは失敗だったよなあ……。

 適当にアイドルの名前でも上げておくべきだった。

 

 軽くため息をつきつつ、教室の入口に一番近い席に座る少女――村本むらもと涼子りょうこに目を向ける。

 肩まで伸びた黒髪は艶やかで、他の女子とは明らかに輝きが違う。

 そして、わずかに見えるその横顔だけでも、ハッと息をのむほどの美しさ。

 村本涼子は誰もが認めるクラスで1番、いや、この学園で1番の美少女だ。

 だから俺が、入学式で壇上に上がった彼女の姿に一目で心を奪われたのは、仕方のないことだと今でも思う。


 入学式で新入生代表に選ばれるほど成績優秀。社交的でスポーツ万能。母親も美人。街を歩けば、芸能事務所にスカウトされるなんて日常茶飯事。

 わざわざ聞いて回るまでも無く、彼女の噂は自然と耳に入ってきて、そのたびに俺の心はかき乱された。

 ……こんなに完璧な女子を好きになったって、どうしようもない。

 どれだけ手を伸ばしても絶対に掴むことはできない、夜空に輝く美しい星。それが俺にとっての村本涼子だった。

 

 だからというわけでもないが、入学から1カ月たった今でも、俺と村本とのあいだに特に接点はない。

 いや、ときどき彼女が俺をジッと見ているような気はするのだが――さすがにこれは自意識過剰なだけだろう。


「なあ高峰」


 おっと、会話の途中なのに、村本に見惚れてしまっていた。

 市井はそんな俺に、気の毒そうな顔を向けてくる。

 

「彼女を狙うのはやめといたほうがよさそうだぜ」

「……は?」


 いや、狙うも何も、別に告白するつもりもないが……。

 こいつ、急になに言ってんだ?


 市井のことをジト目で見る――が、彼は表情を崩すことなく、冷静に言葉を続けてきた。


「実はな、彼女。『ヤってる』って噂があるんだ」

「ヤってる? なにを?」


 そう尋ねると、さらに顔を寄せてくる市井。

 あまりの近さに咄嗟に離れそうになったが――奴の言葉はそんな俺の動きを止めるほど衝撃的なものだった。


「――パパ活だ」


「パパ活ぅ!?」

「馬鹿! 声がデケエよ!」


 しまった。

 

 慌てて自身の口を押さえ、周囲の様子を窺う。

 いくらなんでも教室で叫ぶような単語ではない。


 ……ただ幸いなことに、声が大きい男子連中のバカ話にかき消されたようだ。

 村本もこちらを見てはいない。

 しかし今の俺には、それを喜ぶ余裕なんて無かった。

 こちらも声をひそめ、聞き返す。


「ど、どういうことだよ?」

「どういうもなにも、そのままとしか言いようがないが……。見たって奴がいる。んで、好奇心旺盛なそいつは尾行して――写真を撮った。2人並んでホテルに入る写真だ」


 そう言いながらスマホを取り出した市井は、こちらに画面を見せてきた。

 そこにはたしかに40前後と思われる小汚いおっさんと、その隣に並ぶ黒髪の少女がお城のような建物に入ろうとする姿が写っている。

 その建物はどう考えてもラブホテル。

 そしてその少女は、どう見ても……。


「……ぐっ!」


 頭をぶん殴られたような衝撃に思わず目を閉じる。

 

 ……後ろ姿しか見えないが――あの女の子は、村本だ。

 好きだからこそ、それが確信できてしまう。

 

 だが。


「う、後ろ姿しか見えないし、本人とは限らないだろ」


 認めることができず、悪あがき。

 市井はそんな俺に、憐れみの目を向けてくる。


「まあ、そう思いたい気持ちは分かるが……この写真を撮った奴は普通に顔も見てるからな。本人に間違いないってさ。しかもニッコニコの笑顔だったらしい」

「こ、こんな小汚いおっさんとニコニコの笑顔で!?」

「……金の匂いがするよな」

「……するけど。いやでもさ、こういうのはふたを開けてみれば、実の父親だったっていうのが相場なんだ。今回のこれもそうさ! 久しぶりに父親とお出かけできて笑顔なだけ。そうに決まってる!」

「それドラマとかの話だろ? もっと現実を見ろよ、高峰。もし仮に本当の父親だったら、一緒にラブホテルになんて行くか?」

「くっ……!」


 確かにその通りだとは思うが……それでもまだ確定ではないはずだ……!


「たしかにパパ活っぽいけど……あれじゃないか? パパに活を入れるほうのパパ活だったりしないか?」

「……パパに活を入れるってなんだよ?」

「『パパ、もっと気合いを入れないと部長の座は奪えないよ!』とか、『1日くらい寝なくたって死にはしないわ! その時間で勉強して、より上の役職を目指すのよ、パパ!』とか、そういう感じでお父さんに活を入れる、ただそれだけの関係なんだ、きっと!」

「嫌すぎるだろ、そんなこと言ってくる娘。しかもラブホに行く理由になってないし」

「う、うう……」

「つうかラブホまでいくと、パパ活の範疇越えてるよな。そのうち補導されるんじゃね?」

「ほ、補導!?」

 

 確かに……確かにありえる……!


◇◇◇◇◇


 学校が終わり、肩を落としたまま家へと帰宅した俺だったが、あんな話を聞いて落ち着けるわけがない。

 部屋にいても、なにもする気になれなかったので、私服に着替え繁華街に出ることに。

 写真に写っていたラブホを探そうと思ったのだ。

 もちろん村本がそこにいるなんてことはないだろうが……散歩とでも思ってしばらくうろついてみよう……。


 と。


「いま自販機の前にいた子、マジで可愛かったよな?」

「ああ、芸能人でもそうそうみないレベルだった。でも、隣のおっさんはなんかしょぼいっていうか……ぶっちゃけきもいっつーか」


「…………ん?」


 2人組の男が、なにやら気になる話をしながら俺の隣を通り過ぎて行った。

 彼らが言っていた、自販機とやらに目を向ける。

 

「…………!」


 いた。

 派手な色をした100円自販機の前に立つ、ひらひらとした可愛らしいワンピースを着た少女。

 

 ――村本涼子。


 まさか遭遇するとは……これはもう偶然ではなく運命では……?

 などと思った俺だったが、その浮かれた気持ちは一瞬で消えた。

 彼女の隣には、男が立っている。

 年のころは40くらい。

 小汚い格好で、小太りの中年男性。

 村本は笑顔でその男と会話していたが――いきなり密着すると、親し気に腕組み。

 おっさんは照れたように頭をかいている。


 …………。

 実際に目にして、はっきりと分かったんだけどさあ……。

 これ、アウトなやつだ……。

 マジのマジ、アウトなやつ。


 しかも彼女たちが向かう方向に例のお城のホテルが見えてるんだけど。

 まだ夕方とはいえ……これはそういうことか……?

 俺、泣いてもいい……?


「…………」

 

 ん?


 ……うげ!

 巡回中のお巡りさんがいる!

 まだお互いに気付いた様子はないが、このまま村本たちがホテルに入ると補導されるかも……くそっ!


「む、村本、ちょっといいか!?」


 俺は頭が真っ白なまま猛ダッシュ、村本とおっさんの前に飛び出していた。

 一瞬ギョッとした表情を浮かべる村本。

 けれど俺の顔を見て、にへらと笑顔になる。


「あれ、高峰君だー。どしたの、お買い物?」

「え? お、俺のこと知ってるのか?」

「んー? そりゃ知ってるよ、クラスメイトだもん。高峰君だって私のこと知ってたでしょ?」

「ああ、まあ……」

「それと同じことだよね」


 いや、違う。

 俺が知っていたのは村本が好きだからで、クラスメイトだからではない。

 実際、同じクラスでも名前を把握してない人って結構いるし。

 とはいえ、今ここでそんな話をしても仕方がないか。


「確かにそうだな。悪い、変なこと言った」

「なにそれ、別に謝らなくていいよー。クラスメイトなんだし、もっと気楽にいこう、ねっ?」

 

 謝ったのは正解だったらしく、一気にほのぼのとした雰囲気に。

 この空気を壊すのは残念だが……本題へ入ろう。


「ところでさ……隣にいる男の人は、村本のお父さんだったりするのか?」


 違うと知りつつ聞く、この悲しさよ。

 だって、100%他人だし。

 むしろ同じ人類かすら怪しいレベルだ。


 村本としては聞かれたくなかったことだろうが――いやしかし、動揺している様子は微塵も無い。

 意外だな、絶対慌てると思ったのに。

 

 きらきらとした瞳を俺に向ける村本は、どちらかというと感心しているように見えた。


「へー、よく分かったね。いつも他人と勘違いされちゃうのに」

「は? 『いつも他人と勘違いされる』って……ま、まさか……!?」

「うん。この人、私のパパなの」

「パパぁ!? この3ヵ月は風呂に入ってなさそうな小汚いおっさんがパパぁ!?」


 思わず本音が飛び出た。

 いや、確かに父親であることを望んでいたが……。

 パパぁ……?

 この髪の毛ボッサボサで、髭モッジャモジャで、洋服ダッサダサのこのおっさんが……?

 村本は特にウソをついている感じではない。

 つまり、本当にパパぁ……?


 村本の隣に立つ小汚いおっさんは、俺に頷いてきた。


「うむ、血の繋がった本物の父親である」

「実の父親……。こんなに綺麗な村本の父親が、ここまでみすぼらしいおっさんだなんてとても信じられない……。あ、なるほど、奥様がとびっきり美人なんですね?」

「キミはなかなかに失礼であるな。だがまあ、そういうことだ」


 母親の遺伝子がこのおっさんの遺伝子を駆逐してくれたおかげで、村本がこんなに美人に育ったわけか。

 本当に危ない所だったな。


 いやしかし、そうなると気になることがある。

 村本たちが入ろうとしていた、背後の建物のことだ。

 実の親子でラブホに向かうって、むしろ罪深いのでは……?


「あの、このお城はなんなんですか? その……いわゆるラブホテルに見えるんですけど」

「うむ、そう見えるのは当然なのである」

「当然?」

「もともとラブホテルだった建物を購入したからな。今は別荘として使っておる」

「マジですか」


 まあ、この立地にこの見た目だと、そりゃそうだよな。

 しかしラブホが別荘なんて聞いたことが無い。

 きっと成金だな、金の使い道が頭おかしいもの、と思いながらおっさんを見たが彼の表情は曇っていた。

 どうもこの小汚いおっさんの趣味というわけではないらしい。


「正直に言えば私もどうかとは思ったが、妻が望むのでな。苦渋の決断だったのである……」

「お、奥様が……?」


 ラブホに住みたがるなんて変わっている……が、そもそもこんな薄汚い男と結婚するような女性だし、センスが悪いのはむしろ納得かもしれない。


「なるほど、奥様にねだられて、つい買ってしまったわけですか。なんとなく気持ちは分かりますよ。お金くらいしか、奥様にアピールできる要素がないですもんね」

「キミはつくづく失礼であるな。あと、どうやら勘違いしておるようだ」

「勘違い?」

「私は、金なんざもっておらん。働いたことなどただの一度も無い、単なる無職にすぎん。財産を豊富に持っておるのは妻のほうだ。だから私は、逆玉の輿とか、ヒモとかいうやつである」

「は? え? じゃあ、奥様があなたと結婚するメリットってなくないですか?」

「いや、メリットならある。――愛だ」

「妄想はやめてくださいよ、真面目な話をしてるんですから。あ、もしかして奥様がいるっていうのも妄想ですか? 村本涼子さんも、アナタが想像妊娠で産んだ娘……?」

「なぜ夫婦の愛が信じられんのに、私が想像妊娠で涼子を出産する可能性は信じられるんだね、キミは」


「あ、あのー、どうかされました?」


 村本の父親を名乗る小汚いおっさんと押し問答を続けていると、お城の入口から30歳前後の美しい女性が出てきた。

 どうも外が騒がしいことに気付いて様子を窺いに来たようで、その顔には不安が思いっきり出ていたが、俺の姿を見るとその表情は一変、思わず見惚れてしまうようなステキな笑顔を浮かべている。


「あらあら、まあまあ。もしかして、涼子のお友達の子かしら?」

「まあそんな感じかな。外をうろついてるパパを迎えに行ったら、帰り道で偶然会っちゃって」

「うんうん、そうなのね。こんにちは、涼子の母の美穂子です」


 こちらに頭を下げるその上品な姿に、自然と俺の背筋が伸びた。


「は、初めまして! 村本さんのクラスメイトの高峰徹といいます!」


「うふふ、はい、初めまして」


 楽しそうに両手を打ち鳴らしつつ挨拶してくれた美穂子さんは、村本の隣に立つ小汚いおっさんに目を向けると――ニコッと微笑む。


「もう、あなたったら、またそんな薄汚れた格好で外に出て。ちゃんと綺麗な服を用意してあげたでしょう」

「いやあ、すまんね。つい癖で。はっはっは」


 む、むう。

 この親しげなやり取りを見た限り、夫婦というのもおっさんの妄想というわけではなさそうだ。

 しかしとてもじゃないがこの美人と無職のおっさんとでは、つり合いがとれていない。

 まともな手段で結婚したとはとても思えな――


 ……ハッ!?

 ……まさか……そういうことか!?


「あの、失礼ですけどお父様に1つお尋ねしたいのですが……」

「うむ。涼子のお友達ということだし、仕方があるまい。なんでも聞いてくれたまえ」

「奥様の弱みを握り、脅すことによって結婚できたんですか?」

「なんでもとは言ったが、限度はあるぞ」

「その返事は肯定と捉えても?」

「ダメに決まっとるだろう、なぜそう思った。否定だ、否定。さっきも言ったが、純粋な恋愛結婚である」

「そう……なんですか……」


 あまりにも信用できず、美穂子さんに目を向けた。

 しかし見れば見るほど美人だ。

 おっさんと違い、村本の親だと一目で分かる美しさ。

 そんな彼女は俺が見つめてくるのが恥ずかしかったのか、頬に手を当て、困ったように笑っている。


「そうねー、なんていうか高峰君が言いたいことも分かるのよ。でも、この人は私がいないとダメなのねって感じが、たまらなく好きなの。高峰君も、もう少し大人になったら、こういう関係も理解できるようになるかもしれないわね」

「なるほど……いえ大丈夫です。その言葉で、俺もようやく納得できましたから。――ちなみに本当に脅されたりはしていないんですよね?」

「納得できとらんじゃないか」

「村本もさ、こんな小汚いおっさんと並んで街中を歩くのって恥ずかしくならない?」

「次から次に罵倒の言葉が飛び出てくるのである。もしやキミ、私に恨みでもあるのかね」

「恨みは無いですけど、嫉妬はしてます。美人な奥さんに美人な娘さん。ずるいです」

「うーむ……。そうまっすぐな瞳で言われてしまうと、私としても対応に困ってしまうが……」


 おっさんが黙ると同時、俺の疑問の答えをずっと考えていたのか難しい顔をしていた村本が、フッとその表情を緩めた。

 

「んー。別に恥ずかしくはないかな。確かにパパってダサいとは思うけど、そこがまた良いっていうか……ママも言ってたけど、私がいないとダメなんだろうなって感じ、キライじゃないんだよね」

「なるほど。村本はダメ男が好きなのかな」

「うん、そうかも。『ほら、しっかりしないとダメでしょ!』とか男の人に言うのって、快感っていうかさ」

「……やっぱりパパに活を入れる方のパパ活だ……」

「あははっ、高峰君、おもしろいこと言うね。でも確かにそうかも。わたし、パパ活女子だね」

「パパ活?」


 キョトンと首を傾げている美穂子さん。

 たしかにこんな上品な人は、知らなくても仕方あるまい。

 そしてこれからも知らなくていいことだ。


「いえ、なんでもないです」

「そう?」


 しらばっくれる俺を不思議そうに見ていた彼女だったが、急になにか思いついたらしく、その美しい顔を輝かせていた。


「ねえ、もし良かったらなんだけど、高峰君もウチで晩ごはんを食べて行ったらどうかしら?」

「ば、晩御飯ですか? いえさすがにそれは、ご迷惑でしょうし」

「そんなことないわよ。涼子も、あなたのことお気に入りみたいだし」

「え!?」


 思わず村本に目を向けると、彼女はまんざらでもない様子で、えへへと笑っている。


「も~やめてよ、ママったら」

「でもそうでしょう?」

「んー、たしかに、私もようやくステキな男の子と出会えたかなって気はしてるけどね」


 村本は、俺の目をジッと見つめてくる。

 それはつまり……?


「も、もしかして村本……俺のこと……」

「うん!」


 そう笑顔で頷いた彼女は、俺の腕を取ると、ギュッとしがみつくように抱きついてくる。

 そして間近から甘えるような上目遣い!

 や、やはりこれは……!


「私、高峰君のことが好き!」

「俺のことが好き!? マジかよ!」

「うふふ、マジだよ。だって高峰君って私にとって――理想のダメ男だから!」

「理想のダメ男!?」

 

 はっ? えっ? んっ?

 村本のやつ、いったいなにを言ってるんだ……?


 そんな俺の動揺をよそに、彼女は興奮した様子で言葉を続ける。


「もともと高峰君に素質は感じてたんだけど……今日お話しして、はっきりと分かったんだ。面と向かって相手を罵倒するそのろくでもない感じ、最高だよね。なにが良いって悪意がないのがいいと思うの。ナチュラルに失礼っていうか……世の中にはこういうタイプのダメ男もいるんだなって驚いちゃった!」

「……ええぇぇ……?」


 評価基準おかしくない?

 ダメ男だから好きっていわれても、全然喜べないよ。


 ……いやまあ、ちょっとウソついた。

 本当は結構嬉しい。

 女の人に好きって言われたんだから、理由がなんであれ喜んでしまうのは、男として当然のことだ。

 とはいえ、ダメ男というのは彼女の勘違いだし、その誤解は解かないといけないわけだが……。


「……ようこそこちら側へ、高峰君。いや――ダメ男君」


 こちらに手を伸ばし、なぜか笑顔の小汚いおっさん。

 俺はその手を払うと、頭をブンブンと振る。

 少なくともこのおっさんにそう言われる筋合いはない。


「同類扱いしないで下さいよ! 俺はあんたとは違って、ダメ男なんかじゃ――」

「――素晴らしい恋人ができるぞ」

「……なにっ?」


 衝撃を受けた俺を見てニヤリと笑ったおっさんは、ゆっくりと語り掛けてくる。


「わたしにはキミの気持ちが分かるつもりだ。確かに我が妻は、男の趣味が悪いと私自身そう思う。だが、それ以外は非の打ちどころがないのだ。美しく、優しく、聡明で、そして私のことを心から愛してくれる。男の趣味が悪かろうと『選ばれる側』にとってはなんの問題もない。キミはどうだ? ウチの涼子と恋人になりたいと、そう思わんのかね? 本来、キミのポテンシャルでは相手にしてもらえんような、素晴らしい娘であるぞ」


 それは……たしかに。

 見た目は平凡、学力も運動能力も普通な俺なのだ。

 いままで告白をされたこともなければ、自分から告白したことすらない意気地なしな俺。

 100人が100人、俺と村本は釣り合わないというだろう。

 

 しかしそんな村本が、『ダメ男だから』という理由で俺を好きになってくれた。

 これはまさに千載一遇のチャンス。

 自分のことをダメ男と認めれば、俺は彼女と恋人になれる……。


 いやでも……。

 ……たしかに性格が悪い自覚はあるけど、それでもさすがにダメ男ってほどでは……。


「えっと……高峰君。私とお付き合いしてもらえませんか……?」


 そう言いながら、おずおずと両手を差し出してくる村本。

 頬を赤く染めたいじらしい姿で彼女が求めているのは、俺のYESという返事なのだ。

 本来であれば、俺が土下座したって付き合ってもらえるはずがない美少女なのに、それが今、俺に恋人になって欲しいとお願いしてきている……。


 俺は――。

 彼女の手をギュッと握り、勢いよく頭を下げた。


「こんなダメ男な俺ですが、なにとぞよろしくお願いします!」

「うむうむ! 素直で良いことである!」


 なぜか喜びの声を上げたのは、村本ではなく、小汚いおっさんだった。

 俺の手を村本から引きはがすと、代わりとばかりに握りしめ、上下にぶんぶんと振りながら上機嫌に頷いている。

 思いっきり手を払いたいところだが、しかし……。

 将来この人が、俺の義父になるかもしれないのか。

 俺を見て意地悪く口の端を歪める、この気色の悪い男が義理の父親……。


「と、なれば。まずは、無作法者のキミに礼儀作法を教えねばなるまい!」

「それは結構です」

「な!? 私の義理の息子になりたいのだろう!? ならば、キミに拒否権なぞないぞ!」

「でも、村本はナチュラルに失礼な俺が好きらしいので。礼儀作法を学ぶと、かえって彼女に嫌われちゃいますよ」

「む、むう!? いやしかしそんな向上心のないことでは――」

「あなただってそうでしょう?」

「な、なにがだね!?」

「奥様に綺麗な洋服を用意してもらっているのに、薄汚れた格好で出歩くのって、わざとでしょ? ダメ人間の生活を続けないと奥様に嫌われるかもって、そう思っちゃうんですよね?」

「…………」


 沈黙した所をみると、やはり図星だったようだ。

 まあ、美穂子さんに『しょうがない人ね』と言わんばかりに叱られたときの、あのだらしない笑顔を見れば、察しはつくというもの。

 そんなおっさんは、俺をギラリとした瞳で睨みつけてきた。逆恨みというやつだ。


「高峰君! キミとならダメ男同士、上手くやれそうな気がするのである! ダメ男をいくら罵倒しても心がまったく痛まんからな! これから仲良くやっていこうではないか!」

「はい! よろしくお願いします、ダメ義父とうさん!」

「なぜ仲良くやろうと言っているのに貶してくる! 人の心が無いのか、このダメ人間がっ!」

「心はありますけど、ダメダメな義父さんを貶しても、心が痛まないので。自分でも『ダメ男を罵倒しても心が痛まない』ってついさっき言ってたのに、もう忘れちゃったんですか? 加齢に伴って脳の機能も衰えてきてるんでしょうね。ダメ義父さんは無駄に年齢だけ重ねたみたいなので、今後が心配ですよ」

「悪意っ! 今のその発言には明らかな悪意があったっ! 涼子、お前も聞いただろう! この男はお前の理想とするナチュラルダメ男からほど遠い、どこにでもいるごく普通のクズ男なんじゃないか!?」


 やばい、調子に乗りすぎたかもしれない。

 たしかにこの無職の小男が無様に叫ぶとおり、悪意をもって貶してしまっていた。

 村本が『自然体で貶すのが好き』と言ったのを聞いておきながら、なんたる失態だ。

 

 が。


「パパ、酷いことを言うのはやめて!」

「りょ、涼子……」

「村本……?」


 村本が俺とおっさんのあいだに割って入ってきた。

 そして、必死の形相で俺を見つめてくる。


「高峰君は今のままでいいからね!」

「村本……」

「だって今の高峰君、ダメ男っぷりを更新し続けてるもん!」

「……は?」

「さっきのパパとの口喧嘩だってそうだよ。絶対に勝てる年齢という武器で無職のパパを殴りつけに行く感じ、すごく良かった!」


「そ、そっか! なら……いいの……かな……?」


 …………。

 いやこれどうなんだ。

 褒められてはいるんだろうけど……。


 ――面と向かって相手を罵倒するそのろくでもない感じ、最高だと思う。

 ――悪意がないのがいいと思うの。ナチュラルに失礼っていうか。


 ……村本が俺に言ってきたさっきの言葉って、そのまま彼女自身にも当てはまらない……?


 もしかして俺、『ダメ女』に引っ掛かりそうになってる……?


「ねえ、高峰君」

「な、なんだ?」

「これからも、私好みのダメ男でいてね!」


 そう言って俺に笑顔を向ける村本。

 その心まで蕩けるような表情を見て、俺は――


「もちろん! 俺、村本の理想を上回るような、世界一のダメ男になる! もっともっと失礼なことをナチュラルに言える、ろくでもない男になってみせるから!」

「うふふ、そっか期待してるね!」

「おう!」

 

 そうだ。

 もし村本がダメ女だったとしとも、なんの問題も無い。

 彼女がダメ男が好きなように、俺もダメ女を好きになればいいのだ。


 そして。


「くうぅぅ~~」


 悔しそうに唸る未来の義父の情けない顔を見て、俺はようやく自分の本当の気持ちを理解していた。

 なぜこんなにも彼を罵りたくなるのか。

 それは単なる嫉妬ではなかったのだ。


「お義父さん。俺、分かったんです」

「……なにがだね」


 絞り出すように声を出す彼を眺めつつ、告げる。


「俺は義父パパに活を入れるのが好きな、パパ活男子だったんです!」

「なんの話だ!? それにパパ活男子なんて聞いたことないぞ!」

「1つ賢くなりましたね」

「こんな知識増えても嬉しくないわい、バーカ!」


 ああ、本当に。

 このダメパパを貶すとき、俺は生きていると実感できる。

 村本が見抜いた通り、俺は根っからのろくでなしだったのだろう。


「お義父さん! これからも俺が容赦なく貶せる、素敵なダメ男でいてください!」


「うるさいぞ、ダメ人間がぁ!」

 

 即座に叫び返してくれる、ダメなおっさん。

 ……俺の退屈な日々は終わりを告げ、素敵なパパ活ライフがこれから始まるのだ……!

 この生活を失わないためにも、村本とは仲良くやっていかないとな!

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