モンブラン山の雲海
笹川 景風
雲の上を目指して
学校で前沢君が昨日の夜にみた夢の話をしてきた。
大きな雲にのって空を飛んだ夢だ。ぼくはうらやましくてしょうがなかった。
お兄ちゃんはよく雲の上には天国があるって言ってた。天国はステキなものがいっぱいあるそうだ。チョコレートの木やアップルパイの家を想像しているとよだれが垂れてきた。
ステキなもの。それはお菓子に違いない。
前沢君は雲の上には何もなくてただフワフワしてただけだっていうけど、それは夢だからだ。本物の雲の上にはお菓子いっぱいの天国があるのだ。
それを前沢君にいっても信じてくれないし、山本さんや武田君も信じてくれなかった。
だからぼくはこれからそれを証明する。山ほどのお菓子をもって帰ってきて自慢してやるのだ。
初めてこんなに早起きした。太陽もまだ昇っていない。
服を着替えて昨日用意したリュックと水筒を背負い、忍者のように静かに廊下を進んで玄関のドアのかぎを開ける。今回の調査については誰にも言っていない。お母さんにばれないようにそっとドアを開ける。外はひんやりしていた。
ぼくはスキップしながらまだ暗い道を進む。どの家にも明かりがついてなくて、街燈だけが寂しげに道を照らしてる。みんないなくなって町にぼくだけが取り残されたみたいだ。ぼくだけの町。何してもお母さんに怒られない。歯を磨いてからアイスを食べても。きらいなトマトを食べなくても。
きっと雲の上の天国もそういうところだろう。
長いこと歩くと家がまばらになってきた。かわりに田んぼがあらわれた。ガーガーとカエルがうるさく鳴いている。カエルには歌の上手いのと下手なのがいることを最近知った。カエルは全部ケロケロ歌えると思っていたけど、この前捕まえたやつはガーガー鳴いていた。
ぼくも歌の練習で一生懸命歌っているのに歌声委員の山口さんに全然音が違うと怒られる。こいつらは僕と同じだ。きっとカエルの世界も楽じゃないのだ。
太陽はまだ顔を出していないけど、辺りが少し明るくなってきた。少し疲れてきたけどまだ道のりは遠い。目的地はあのモンブランみたいな山だ。いつもてっぺんが雲に隠れている。あそこに行けば雲の上に行けるはずだ。
山に近づけば近づくほど上り坂が増えて息が苦しい。
急に辺りが明るくなる。ついに太陽の頭がちょこんと飛び出したのだ。おばあちゃんや犬の散歩の人が外に出てきた。空が橙色と赤と青紫に染まる。今から太陽も雲の上へ行こうとしているのだ。僕と太陽の競争だ!
太陽より先につかないと天国のチョコレートの木が全部溶けてしまうかもしれない。
少しペースをあげて歩く。高速道路の下のトンネルをくぐり踏切を渡る。この辺は来たことがないのでただ道なりに進むしかない。でも目的地はずっと見えているから道に迷う心配はないだ。
林と田んぼの間を歩く。家もあるけど、たまにしかない。鉄塔と街燈がぼこぼこした道路の横に連なっている。
少し困ったことが起きた。モンブラン山の前にもうひとつ山があることが分かった。緑色のかまぼこみたいな山だ。あれを越えないとモンブラン山へはたどり着けない。
でも大丈夫。できないことなんてない。人はやれば何でもできるのだ。そう先生が道徳の授業でいってた。ぼくはあのかまぼこもモンブランも越えて雲の上に行くのだ。
かまぼこ山の下に着くと急な階段がずっと上まで続いていた。のぼる前に一休みだ。地面に座るとお尻がひんやりした。背負っていたリュックからポテトチップスを取り出す。本当はチョコレートが食べたいけど天国まで我慢する。でもお茶と一緒に食べるポテトチップスも最高だ。
あっという間に食べてしまう。袋を鞄にしまって休憩終了!重い足を動かして急な階段を上る。
何段上ったかわからないけど長いことかかって神社についた。無事に天国までたどり着けますように!お祈りしてお社の裏から続く葉っぱの道を通って先に進む。そしたら車の通る道に出た。くねくねで蛇みたいな道路の脇を歩く。歩道がなくて車の通る道は危ない。
「どうしたんだ、坊主。あぶねぇぞ」
軽トラが止まって窓から肌が焼けて黒い兄ちゃんが顔を出した。
チョコレートみたいだ。
「ぼくはモンブラン山に行くの」
「モンブラン山?…どうしてだい?」
「友だちに自慢するため!」
軽トラ兄ちゃん兄ちゃんは首をひねって少し考えた後、なら乗ってけ!といった。
学校の先生には知らない人にはついて行ってはいけないと言われているけど、軽トラ兄ちゃんは優しそうなのでついていくことにした。もちろん先生には内緒だ
グルグル山を登っていくと下に町が小さく見えた。まるで鉄道博物館でみたミニチュアのようだ。
もうこんなとこまで?
「はやい!」ぼくがそう叫ぶと「そうだろう!」と嬉しそうに軽トラ兄ちゃんも叫んで窓を全開にした。
風も軽トラに乗りたかったようでドドドとぼくをおしこんだ。
「ここらからもう天狗山さ」
木が濃くなって冷たい空気が流れている。
「てんぐやま?」
「そうさ!この山には天狗が住んでいて子供たちを攫って食っちまうのさ」
「ぼくも食べられちゃうの?」
ぞぞぞと体の空気が抜けてしぼんだ。
「はは、大丈夫さ。天狗が出たらこの軽トラで追い返してやるよ!」風がすごくて声がとぎれとぎれだ。
てんぐがいたらお菓子が全部食べられちゃってるかも。
きっと武田君みたいな大食いだ。おにぎりみたいな顔の。そんなことを考えたら全然怖くなくなった。
「鹿だぞ」軽トラ兄ちゃんが森の奥を指さした。
五匹のシカが葉っぱを食べていた。野菜なんておいしくないのによく食べれるものだ。
「ああいうのはヴェジタリアンっていうんだよ!」
「ははは、そうなのか。坊主も見習って野菜をいっぱ食わないとな」
「やだね!ぼくはヴェジタリアンにはならないって決めてるんだ」
ぼくがモンブラン山に来たのは野菜を食べるためじゃなくて雲の上でお菓子を食べるためだ。
雲が背を伸ばせば手が届きそうなほど近づいてきた。
ずっとぐねぐね揺れているから頭をいっぱいぶつけた。
たんこぶまみれになっちゃう。
「もうそろそろ山頂の展望台に着くぞ」
「やったー」
ついに天国だ、ようやくだ。
雲の中にはいった。冷たい。
「すごい!」
「気ーつけて運転しないとな」
辺りが何も見えなくなった。一面真っ白、綿菓子の中に潜り込んだみたい。
雲を食べようと口をパクパクさせたけど味がしなかった。
10回カーブすると雲が晴れてひらけた。そこはずっと木がほとんどはえてない芝生のグラウンドようなところだ。
「雲海だぞ!」
真っ白の海に緑色の丘が浮いている。
無人島に来たみたいだった。雲の上だ!
「すごい」
太陽も先についていたようで、真上でギラギラ輝いている。
絵具みたいなのっぺりとした水色の空もいた。
雲はゆらゆら揺れて気持ちよさそうにしている。
でも雲の上にはお菓子の家も、チョコレートの木もなかった。
キャラメル山もクッキーの橋も...
そんなことは分かっていた。科学者がテレビで言ってた。雲は水でできていてモノが乗っからない。雲はほんとに自分勝手で自由な人なのだ。ほんとはすこしはお菓子があるって期待してたけど...。
車の窓から顔を出してぼくは叫んだ。
「兄ちゃんー!聞いてるか!ぼくはここまで来たぞ!
いつか探検家になって天国に行くから!そしたらまた一緒にアイスやチョコの海で泳いで、お砂糖の砂場でお城を作ろぉー」
透明な青い空が僕の言葉を天国にとばした。
ちぎれた小さな雲が口に入ってほんのり甘くすっきりとした味がした。
「なら俺は偉大でちいさな探検家の初めの冒険の助手というこった」軽トラ兄ちゃんがいびつな歯を見せて笑った。
「おし、アイスをたべにいこう!」
「アイス?」
「そうだ展望台にはおいしいアイスクリームがあるんだな」
「やったー!」
太陽がニコニコ笑い、風がぐるぐる回った。
清々しくも哀愁漂う夏の匂いが雲海の上で波立った。
モンブラン山の雲海 笹川 景風 @sugawara210
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