第5辛 お仕事体験

「ごめんなさい。焼きそばを盗んじゃって」


 オモナは露店の前で深々と頭を下げた。お店の近くでお面を外して、オモナは「わたしがしたことだから」とピリカとカイリに伝え、近くで待っていてほしいと頼んでいた。


「お嬢ちゃん。頭をあげてくれ。そんなに気にしなくていい。先に言ってくれりゃタダでやったんだから。腹ァ空いてたんだろ?」


 オモナは顔をあげてうなずいた。


「口に油が付いてる。ウチの焼きそばは旨かったかい?」

「とても……温かい味でした。本当にごめんなさい……」

「おいおい、別に責めてるわけじゃないんだ。泣くのも止めてくれよ。俺がそんな小せぇことで腹を立てるような奴に見えるかい?」

「でも、私、お金、持ってなくて……何も返せないから」

「代金なら、さっきあのオニの兄ちゃんに貰ってる。もう泣かなくていい。泣いたらせっかくの可愛い顔が湿気しけっちまう」


「よく頑張ったね。もう大丈夫」


 カイリはオモナに近づいていき、ふるえるその背中をさすった。


「ご迷惑をお掛けしてすみません」

「ごめんなさい」


 カイリが頭を下げ、ピリカも続いた。


「見つかって良かったな。せっかくの祭りなんだ。湿っぽいのはこれで終わり終わり。ついでにもう一人分、どうだい?」

「ピリカちゃんも食べる?」

「食べたい、けど私もお金持ってないから我慢しようかな」

「オモナちゃん、ピリカちゃんの焼きそば買ってあげてもらえるかな?」

「「えっ」」


 ピリカとオモナが驚く声が重なった。気にせずカイリは注文をする。


「焼きそば一つ大盛りで、お願いします」

「わたしもお金持ってないよ」

「ここにブレスレットをかざしてみて」

「ここに?」


 露店には白くて平べったい台座が置いてあった。オモナのブレスレットをかざすとピロン♪ と音が鳴った。


「これでタッチ決済できるんだ。一日の使用上限額が決まっているから使いすぎには気をつけてね」

「私、お金持ってたんだ……」

「いいなぁ。お金持ちみたい。わたしのはないの?」

「もっと大きな町にいったら支給してくれる場所があるから、そこまで行って登録しないとね」

「まだビンボーなのかぁ。残念」


「おまちどぉさん、焼き上がったばかりの熱々だよ」

「ありがとうございます」

「あの! 私の一日の上限額を全部使っていいので、このお店の焼きそばをあるだけもらえませんか?」

「気持ちは嬉しいけどね、そんなに買っても食べきれないだろ? 作ったものは美味しく食べてもらわないとなァ」

「でも、何かお返ししないと」

「どうしてもってんならしょうがない。じゃあ、そこの二人が焼きそばを食べ終わるまでのあいだ、うちの店の呼び込みをしてくれねぇかい?」



「盗みたくなるほど美味しい焼きそばはいかがですかー。心までふくれますよー」


 狐のお面を付けていてもオモナの声はよく響き、通行人が足を止めて、そのまま立ち寄ってくれることもあった。

 本来のお店の人気か、それともオモナの不思議な呼び掛けのおかげかどうかは、ピリカには分からなかったけれど、自分も何か頑張りたいなという気持ちが強くなった。


「接客関係のお仕事、彼女に合ってるかもね」

「焼きそばを売る仕事?」

「焼きそばもそうだけど、広い意味では人に接する仕事かな。とても大切な役割だよ」

「他にはどんな仕事があるの?」

「あとは作ったり、運んだり、守ったりかな。すごくざっくり説明すると」

「神社で会ったお姉さんは?」

「あれは守るお仕事かな。神社を守ってるでしょ」

「私はどんな仕事が合ってるかなぁ?」

「世界は広いからね、まだまだ知らないような仕事がたくさんある。急いで決めなくてもいいし、なんとなくで決めてしまってもいい」

「そっか」

「これは話半分で聞いてほしいんだけど、ピリカちゃんはシシトウを持ってるから、作るお仕事が向いているかもね」

「合ってるかも。シシトウを育てるの楽しかったし。その人のペクトが参考になるってことだよね?」

「参考程度だよ。そういう側面を持っている可能性があるってだけで、もっと適した要素が実は隠れているかもしれない」

「オモナちゃんのペクトがトンボってことは……飛べるってこと?」

「そのうち飛べるかもしれないね。トンボは目が良いから、もしかしたら目が良いのかも。視野が広かったりするのかな?」



「あんがとね。すごい助かったよ。祭りの期間中は店出しているから、またお腹が空いたらおいで。サービスするよ」

「次はちゃんと買いますから」


「オモナちゃん、お疲れさま。すごい頑張ってたね。これ飲み物、喉乾いたでしょ? カイリのお金だけど」

「二人とも僕といるときはお金のことは特に気にしなくていいから。全部、必要経費ってことにしておくし」


 通りには出店で買った食べ物を食べる長机と、同じ色をしたミカン色の長椅子が並んでいる。腰を下ろし、缶ジュースを開ける。オレンジジュースだった。


「経費って魔法の言葉だよね」

「使い放題なんでしょ?」

「そういうわけじゃないけど、助かることも多いね。組織に所属していれば代わりに申請もしてくれる人もいるから。でも人によっては組織に入るのがイヤな人もいたり、逐一報告するのを面倒がる人もいる。そういう人は個人でできるような仕事を選んで、なるべく経費を抑えるのかもね」

「どうして? 使えるのに使わないの?」

「お金を払ってから、経費分のお金を受け取る順番になるから。慣れていないうちは何が経費で、何が経費にならないか分からないし、間違っちゃったら自分の損失になる。支出を抑えて無駄な出費をしないようにするような人もいるかもね」

「もしかして私を案内してくれた人がケチだったのって」

「まだ仕事に慣れていないって可能性もあるけど、ただの点数稼ぎだったのかも」

「点数稼ぎ?」

「この世界に来たばかりの人を対象にしたサービスの一環でね。次の町へ届けるってものがある」

「運ぶ仕事?」

「まあそれに近いんだけど、簡単な仕事を副業にすることで収入の柱を太くするんだ。元々の意味合いを考えると、グレーな考え方な気もするけど」

「オモナちゃんはどこに行きたかったの?」

「ベルが生えてる木があるって町で聞いて」

「さっきね、私たちそこに行ってきたんだよ」

「本当に木にベルが生えてたの?」

「それがね――」

「ピリカちゃんっ」


 カイリがピリカの言葉を遮って呼び止めた。


「夜まで時間があるし、運ぶ仕事、お試しでやってあげたら? 夜になったらこの町に戻って来てよ。大きなイベントがあるみたいだし」

「私がオモナちゃんを神社まで案内するってこと? お仕事だっ」

「あと神社のお姉さんに下駄のお礼も運んであげようか」


 ピリカはうなずいて、鼻息を荒くした。そして大きな声で叫んだ。


「焼きそばのおじちゃん! 焼きそばひとつ! 経費で!!」

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