第4辛 五色祭り
からん、ころん――ピリカが歩くたびに、履いた下駄から乾いた音が鳴る。
「カイリはお金持ちなんだね」
ピリカはカイリに買ってもらったオレンジ色のリンゴ飴を持っていた。かじってみるとやっぱりリンゴのような味がする。頭には白い狐のお面をかぶっていて、これもカイリが買ってくれたものだ。
カイリはピリカの白い狐のお面を買ったときに、一緒に青いオニのお面を買っていた。今は顔にすっぽりと顔に着けている。
「お金持ちってほどじゃないけど、まあ多少はね。経費で落とせるし」
次の町は、カイリから静かで落ち着いている町だと聞いていた。人間よりも猫のほうが多くて、若者よりもお年寄りのほうが多い町だと。
「この町はアカオニがやってくる
「だからいっぱい人と動物がいるのか」
カイリがライという名前の犬を連れているように、猿を肩に乗せている人、豚に唐揚げを食べさせている人がいた。鳥が飛んでいるし、ラジコンの車が道をがたがたと走っている。のっしのっしと象が歩いていて、その背中には人が乗っていた。どれもペクトと呼ばれる存在らしい。
町の物陰で猫を見つけた。祭りの賑やかさに挟まれた静けさの中で白い猫が丸くなっていた。近くを通りかかると耳と顔を上げて、通り過ぎるまでピリカをじっと見つめていた。
「あの猫も誰かのペクトなのかな?」
「どうだろうね。人との組み合わせだったら分かりやすいんだけど、猫にも色んな事情があるからなぁ」
「猫もこの世界にやってきたりするの?」
「感情のある生き物だったら可能性はあるかもね。猫はあんまりストレスなさそうだけど」
人の波を掻き分けて一人の少女が走ってくる。ピリカの肩とぶつかり、よろけてピリカの履いていた下駄が片方脱げてしまった。
「ごめんね、ちょっと急いでて……」
「おーい、誰かー、その子どもを捕まえてくれー!!」
「やばっ」
露店から顔を出して男の人が声を張り上げる。白髪の混じる頭には鉢巻を巻いていた。
ピリカが履いていた下駄は、通行人の足に当たりどんどん遠くに転がっていってしまった。
「ライ。回り込んでくれるかい。僕はあの子を追いかけるから。ピリカちゃんはこの辺りで待っていてくれるかな……あれ、ピリカちゃん?」
「やっと追いついた……自信あったんだけど、足、速いね」
「……裸足で追いかけてきたの?」
「いっこは手に持ってる。本気の私から逃げ切るなんて」
露店の並んだ通りを通行人の波をするすると走り抜けていく少女にピリカはなかなか追いつけなかった。女の子を見失ってしまっても、その頭上に常に白いトンボが飛んでいた。
横道へトンボが入っていくのが見え、ピリカも続いて道を曲がった。人通りが少なくなった道で、逃げていた女の子は足を止めていた。その正面には灰色の犬――ライが道を塞ぎ、眼を光らせている。
「この犬があんたの犬? ペクトは持ち主に似るって聞いたけど、裸足でわざわざ追いかけてくるあんたに似て、正義感が強そうね」
「私の犬じゃないけど」
「えっ違うの? じゃあ誰の犬よ」
「カイリっていう男の人の」
ぐぐぅ、とお腹が鳴る音が聞こえてくる。女の子は自分のお腹に手を当てて恥ずかしそうにさすった。
「お店の人には後で謝るからさ、焼きそば、先に食べちゃってもいいかな? この世界に来てから何も食べてなくて」
透明な容器に入った焼きそばを、その少女――オモナはするすると飲み込んでいく。二人は建物の影に腰を下ろしている。
「お店の人じゃないのになんで追いかけてきたの?」
「困ってそうだったから」
「お店の人が?」
「ううん。追いかけるよりもね、逃げるほうがずっと大変なんだよ。ずっとずっと逃げ続けないといけなくなっちゃうから」
「私だって逃げたくて逃げたんじゃないんだよ。お金がなくて、住むところも、食べるものもなくて……この世界で一人ぼっちになっちゃって」
思い詰めたような表情で、お箸を持つ手にぎゅうと力が入る。
「大丈夫。私も一緒。お金もまったく持ってないし、住む場所もない。そもそもここがどこなのかさえ分かんない」
「それって大丈夫なの?」
「まぁなんとかなるかなって」
「なんともならないよ……」
「お腹が空いたら、これを食べるつもり」
ポケットから取り出した小ぶりのシシトウ。ぷっくりと丸く膨らみがある。
「なんか苦そうな野菜だね……私は苦手かも」
「苦くないよ。激辛になるようにビシバシ育てたから」
「やっと追いついた」
息を弾ませながらオニのお面をつけたカイリがやってきて、ピリカのそばで伏せていたライが顔を向けた。手には脱げてしまったほうの下駄を持っていた。
「はいこれ。せっかく貰ったものなんだから大切にしないと。急にいなくなってビックリしたんだよ」
「ごめんなさい。急いで追いかけなくちゃって」
「ううん。ありがとう。おかげで
「私のこと知ってるの?」
「正門を通って来た人は登録されてるからね。ブレスレットも付けてるし」
「正門?」
「この町より西にある大きな町にこの世界への入り口があるんだよ。まだ来たばかりみたいだけど、案内の人とは出会えなかったの?」
「案内してくれた人はいたんだけど、この町に着いたら急にどこかに行っちゃった」
「なるほど。
「引き継ぐって何を?」
「この世界の歩き方。頼りないかもしれないけど、二人の先輩としてね。まずはお店の人が心配してたから、僕と一緒に謝りに行こうか」
「盗んじゃったのに許してくれるかな。全部食べちゃったし」
ピリカは首から下げていた狐のお面をオモナに手渡した。
「これ、使っていいよ?」
「狐のお面?」
「どうしても怖いときはお面を付けちゃえばいいと思う。被ってみて」
オモナはそのお面を受け取って、顔に着けた。
「よく似合うね」
「そうかな? 鏡がないから分かんないけど」
「僕も狐のお面にすれば良かったかな」
「アオオニのお面もめちゃくちゃ似合ってるよ。いつもより説得力がある」
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