Quarter3 究極生命体と降伏勧告

「はぁ、どうしても子供が欲しいと………」


 医師は首を傾げた。


 若い女性が何を言っているのかさっぱりわからなかったのだ。


「えっと、夫は子供を作りたくないということでしょうか?」


 この女性は結婚もしている。


 病気もない。


 子供ができない体でもない。


 ならば、辿り着くのはここになる。


「えっと、夫が種無しとかでしょうか?」


 女性は笑顔を浮かべながら睨みを効かせた。


 医師は慌てて訂正した。


「な、なるほど、では、一体どういうことなのでしょうか?」


 女性は3つの遺伝子を持つ子供を願ったのだ。


 かつて、婚期を逃した女性が存在した。


 その女性が結婚など無縁と思った時、若い男に求婚をされてしまった。


 女は悩んだ。


 自分なんかと結婚しても子供ができない。


 断るべきだと考えた。


 しかし、その考えは科学的に却下されてしまう。


「大丈夫だ!! 卵子は科学によって若返ることができる!! 君の子供が欲しい!!」


 二人の恋は科学によって堕ちていったのである。


「ご安心ください。私の研究で出産されたお子さんは今のところ100%成功しております!! あなたの悩みは私が解決します!!」


 女性は医師の言葉に救われた。


 夢のような気分だった。


 しかし、研究に例外が発生してしまう。


「すみません。奥さん………このようなことは初めてのことでして………」


 医師の様子がおかしいために女性は不安になって聞いてしまう。


「赤ちゃんに何かあったのですか!!?」


 その問いに対して医師はこう答える。


「いえ、赤ちゃんは至って健康で元気いっぱいです!! ただ………」


 女性は不安ではいられない中である期待も抱いてしまった。


「『3つの遺伝子』を『持つ』『お子さん』が『誕生』してしまったのです。」


 自然では起こるはずのない3つの遺伝子を持つ子供、特別な子供が生まれてしまったのである。


 この研究結果で夫婦は喜んだ。


 しかし、世間の嫉妬に止まない猿どもからは痛烈な非難を受けることになる。


「3つの遺伝子ですよ!! 訴訟しないのですか!!」


 無論、訴訟などはしない。


 女性は誇らしげに言う。


「根気強く待った甲斐がありました。神様は私に結婚だけでなく特別な子共まで与えてくださったのです!!」


 彼女は特別な幸せを覚えさせられ、子供は至って健康に育ったという。


「話には聞いていましたが、遺伝子光学で卵子を若返らせるときに若い女性の卵子が必要、成功を収めてきた研究にも例外が訪れた。それが、3つの遺伝子を持つ人間、それが『軌跡のレジェンズ』です!!」


 毛利のご明察に軌跡のレジェンズが溜息を付いて言う。


「喋りすぎたかな? 普通気が付かないと思うけど………」


 しかし、一つ疑問が残る。


 上杉がそれを言いかける。


「で、ですが、それだけではーーーま、まさか!!?」


 察しのいい毛利に感心して軌跡のレジェンズが言う。


「聞いてやってもいいぞ?」


 毛利が言う。


「遺伝子は3つではないということですか!!?」


 通常、我々の遺伝子は2つであり、ゲノムはDNA2本からなる螺旋で構成されている。


 そのDNAが3本、4本、………12本、15本、彼が持っているDNAがいくつかは定かではない。


 彼が全力を出してくれたときにわかることだろう。


 見た目で判断してはいけない。


 我々の2本のゲノムなど、5本、10本のゲノムに比べてしまえば、彼のゲノムのパワーは2倍や3倍などでは済まない。


 強度だけで言えば倍という表現が生ぬるい。


 寧ろ、彼には失礼なことだろう。


 毛利が尋ねる。


「い、一体、いくつの遺伝子を………!!?」


 軌跡のレジェンズが言う。


「見ていればわかることだろうな………最も、俺が本気に慣れればと言う話になるが………」


 そう言うと彼は構えて軽々と動き始める。


 常人の我々に取ってみれば軽くジョギングしただけだろう。


 しかし、彼の軽い運動は我々の何倍もの運動であり、人を超えた存在である浅井ですらも目で追うのがやっとであった。


 その浅井の動きから上杉が握り拳を作りコートに叩きつける。


「く、クソ!! あ、あんなのにどうやって勝てばいいんだよ!!」


 上杉が悔しがる中で浅井は震え上がっていた。


 まるで何かに恐怖しているかのようである。


 御堂が言う。


「大丈夫か?」


 浅井は御堂を恐る恐る見上げて言う。


「お、お前たちには『聞こえなかった』のか!!?」


 浅井の言葉に浅井以外の斎賀高校選手が不審に思う。


 しかし、それは、嫌でも理解することになる。


 心地良い風が吹き始める。


 しかし、窓は空いていない。


 それなのに、風が強くなる。


 『びゅおッ!!』


 その音を聞いて上杉と毛利が理解する。


「な、なんてことだ!! 彼は20%くらいの力で『音』の『速度』を『軽く』『超えている』!!」


 高密度のゲノムは人間が拘束で動いたとしてもそう簡単に燃え尽きたりはしないだろう。


 軌跡のレジェンズが言う。


「もしかしたら、お前たちは『光』を『追いかける』ことになるかもしれないな………なんてね。」


 『絶望』


 上杉が絶望した時、斎賀高校の主将は助けてくれた。


 しかし、その主将は居ない。


 だが、浅井はその氷川を超えた存在、その浅井が『絶望』している。


 氷川を前にしても絶望せず、覚醒した桜井ですらも敵わなかった。


 誰しもが浅井の存在に驚いただろう。


 公式で優勝していても、どれだけの才能があったとしても、無能な監督の元ではベンチ、痺れを切らした浅井が大会優勝者の氷川に1v1を申し込む。


 そして、浅井は氷川からクリスタルトロフィーを奪い取り、公式のクリスタル大会に出場した。


 彼が試合に出たのは準決勝からだった。


 試合に出られるという喜びを知り、そして、『絶望』を知ってしまう。


「はっは………すまねぇな………俺1人でも優勝なんて余裕だと思っていたよ………あんな化け物が存在していたなんてな………」


 浅井が謝罪する。


 誰がどう考えても浅井を超える存在などあり得ないはずだ。


 時代が悪かったといえばそれまでだろう。


 司馬が哀れんで斎賀高校に言う。


「ご心配なく………あなた達の願いは我々と同じです。ここで負けてもあなた達の願いは叶うでしょう………」


 その言葉を聞いて斎賀高校は戦意を完全に喪失する。


「あはは………じゃあ、別に負けてもいいよね………」


 ベンチに居る恭永もコートに手を付いて現実逃避する。


「ちッ!! すまない氷川………お前に主将を任せられておきながら………俺は………」


 御堂が己の無力さを嘆く。


「あぁ………もうおしまいだ………どうしようもねぇ………」


 浅井は元々やる気が無いためベンチへと下がって行く。


 絶望していた恭永に交代を要求した。


 あれだけ死闘を繰り広げて、最後には逆転勝利を収めてきた斎賀高校であったが、あの斎賀高校に戦意など存在しなかった。


「ふざけるなよ!!」


 一人を除いては………


「お前の所為で………お前の所為で『氷川』も『桜井』も体を壊したんだぞ!!」


 神崎が上杉の胸ぐらを掴んで感情的になる。


 上杉が冷静に言う。


「感情的になったところで奴(軌跡のレジェンズ)をどうやって止める?」


 神崎が言う。


「毛利!! お前なら『スピード』に『関係なく』『敵』を『倒せる』『策』があったじゃないか!!」


 それを聞いて毛利が答える。


「不可能です………先程やりましたが、彼はそれを回避しました………恐らく、司馬が看破したのでしょう………それに、例え『策』が成功したとしましょう。果たして、彼の『高密度』な『ゲノム』を破壊することができたでしょうか?」


 それを聞かされた神崎は言葉を詰まらせて言う。


「う、うるさい!! 斎賀高校の『軍師』なんだろ!! なんとかしろよ!!」


 策を用いても神崎は従わなかった。


 その神崎が毛利の『策』に頼っている。


「光栄ですね………『最強』と評されたあなたが『最弱』という『烙印』を押された私に縋り付くとは………世間の無能共が見たらなんと言うことか………」


 神崎が言う。


「………使えよ。」


 毛利は戸惑って言う。


「はぁ………何を?」


 あの神崎が初めて毛利に下手に出る。


「『俺』を使えよ!!」


 神崎の目は真剣だった。


 毛利はその純真無垢の瞳に心打たれてしまう。


 なんて、透き通った眼光なのだろうかと………


 その瞳はかつて氷川の試合を始めてみた時の純粋な瞳であり、何よりも強く、汚れない眼差しであった。


 その眼差しを曇らせる愚かな人間、毛利が誰にも聞こえないよう小声で言う。


「………恨んでいますよ。」


 自分にもそんな時期があったということを………


「私を評価しないで上に立っている無能なゴミ共を………」


 恨んでいたのは、世間に評価される神崎のこと、そして、その神崎を無得点に抑えて200点ゲームで勝利を収めた。


 公式の場であるというのに、毛利に押された烙印は『最弱のレジェンズ』だった。


「黙れ!! お前が『最弱』なんて誰が思ってるんだ!! 『斎賀高校』の『選手』はみんなお前に『頼ってんだ』よ!!」


 その後で、大きな轟音がなったかと思えば………毛利の雄叫びだった。


「上杉さん………どうやらあなたに謝らなければならないことがあるみたいです………」


 毛利は上杉の方に手を置いて謝罪する。


 謝罪されるようなことなど何もないはずであった。


 しかし、次の言葉ですべてを理解してしまう。


「私の『本気』は………『上杉』さん『以外』にも『使ってしまう』ということを………」

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