Quarter1 目覚める夜明け、流水の瞳

 上杉は準決勝を終えて、内なる闘志に燃えていた。


 準決勝で体を壊した戦友である桜井の勇姿が強固に封印していた。


 その拘束が解き放たれていくのを感じていた。


「今は寝よう………目が覚めれば、すべての力を使うことになる………」


 親からの虐待を受けて、親と戦い壊れた体、小学生で命がけの戦いをしたために、脳が大きな制御(リミッター)をかけていた。


 深く考えれば、必ずあることに辿り着く。


 なぜ、親友を助けるときに覚醒できなかったのか………


 上杉 芯(うえすぎ しん)はそのことを忘れて、約束を果たすために眠った。


 目が覚めれば、体が異常なくらい軽かった。


 今までの脳は『本気を出すな!!』と命令してきたのだろう。


 それが今では、『本気を出せ!!』と命令してくる。


 自分の体への負担を配慮してくれていた脳が戦友のために『力を使え!!』と訴えかけてくる。


「さぁ!! 始まりました!! クリスタルバスケ、最終決戦!! FINAL GAMEの始まりです!!」


 皆が作戦を話している中で上杉には何も聞こえていなかった。


「まずは、このように動いてください。『敵』は『必ず』、『こう動く』はずです。」


 作戦を話しているのは毛利 薫(もうり かおる)。


『毎度のこと、知りもしない敵の作戦がなぜわかるのか、脳がリミッターをかけてくれた時は、脳が攻略法を考えてくれたっけ?』


「おい、上杉、聞いているのか?」


 心配してくるのが坂下 恭永(さかした きょうえい)、彼は毛利を誰よりも信頼している。


「どうした? お前が作戦を聞いていないなんて珍しいな。最も、最強は作戦なんかに頼らんがな………」


 最強のレジェンズと言われた神崎 真琴(かんざき まこと)が自信に満ち溢れている。


 絶望的な敵を前にして、とんでもない肝の座りようだ。


「桜井のことが気になるのか? 桜井のために、毛利の策に従うべきだと真っ先にいいそうだが?」


 次は、非公式、傷のレジェンズである御堂 神(みどう じん)だった。


 体を壊してしまった氷川(ひかわ)主将に代わって、副主将が手腕を発揮している。


「フン、作戦なんて不要だ。俺1人で奴らは倒す………お前らはせいぜい足を引っ張らないよう頑張るんだな………」


 こいつは非公式、零のレジェンズである浅井 勇気(あさい ゆうき)だ。


 幻の戦いで『超人』と呼ばれていた。


 なぜ、超人が味方にいるかだが、クリスタル大会は勝ち上がると相手選手を一人貰える特殊ルールが有る。


 そして、この俺、上杉 芯はかつて『完璧』と言われ、引退し、復帰、今では防御のレジェンズと呼ばれている。


「さぁ、まもなく試合が始まります!!」


 上杉が黙ってコートに上がる。


「お、おいおい!! スターティングメンバーは今回お前じゃないぞ!! お、おい!!」


 上杉は上の空である。


「仕方ありません!! 恭永さん!! 今は下がっていてください!! 後、即座にタイムアウトを取る準備を!!」


 恭永がベンチに下がると呟く。


「あの馬鹿!! どうしちまったんだ!!」


 ジャンプボールが始まると相手選手がボールを弾く。


「ゲームが始まった~~~~!! まずは敦煌(とんこう)高校の先手です!! パスを繋げるか~?」


 軌跡のレジェンズがパスを繋ぐ、流水のレジェンズが流れるようなパスを繋ぐ、その先は霧江 翔太(しば しょうた)。


 彼は霧江 祥子(きりえ しょうこ)のことを母と呼んだり、姉と呼んだりしている。


 霧江は前クリスタル大会の優勝者であり、MVPの実績がある。


 この男のパスも止めようがなかった。


 そして、彼は毛利以上の知略を持っており、毛利の計略を出し抜いてきた男でもある。


 しかし、上杉が司馬の目の前に現れた。


 それに司馬は気付いていない。


「あ~~~っと!! ここで上杉選手がボールをカット!! これはまさか!! まさかまさか!!!」


 敦煌高校からボールを上杉が奪って斎賀高校のボールとなる。


 上杉の動きがいつもと違う。


「舐めるなよ!! 上杉!!」


 軌跡のレジェンズと流水のレジェンズが二人がかりで妨害してくる。


 しかし、今の上杉はまるで彼らを見ていない。


 二人のレジェンズが上杉のボールを叩こうとすると上杉はくるくると回りながら敵のまたにボールをくぐらせ、相手の肘にボールを打つけ、流れるようにして二人を回避してしまう。


「あ、Unbelievable!! 信じられません!! 相手の股にボールをくぐらせて敵の肘に打つけ、二人の敵を抜き去ってしまいました!! こんな事ができるプレイヤーが果たして存在するのでしょうか!!」


 上杉は何事もなかったかのようにしてシュートを決めてしまう。


 そして、『早くスローインしろ』と言わんばかりに、コートへと戻ってくる。


「やってくれたな………上杉。」


 流水のレジェンズが言う。


 しかし、軌跡のレジェンズはこう訪ねた。


「貴様、本当に上杉か?」


 まさかの先取点を奪い取った斎賀高校、そのメンバー達も上杉のプレーに驚いている。


「う、上杉………どうしちまったんだ!!?」


 流水のレジェンズが上杉に対してドライブインしてくる。


 今の上杉には、舐めてかかれば超人でもやられてしまうだろう。


 かつて、獰猛と唱われた桜井 隼人(さくらい はやと)のように、上杉はほぼほぼ覚醒しているのだから………


「俺の脳が訴えてくるからだ………いつもは体のために『本気を出すな』と叫んでいた!! 今は違う!! 俺の脳が俺を抑えたりしない!! 『俺は誰にも負けない』!!」


 流水のレジェンズが上杉の流れに対抗して流水の動きで挑む。


 しかし、上杉の波に巻き込まれて体が宙を舞い、尻もちを着いてしまった。


 上杉が流水のレジェンズを抜き去れば、軌跡のレジェンズが待ち構えていた。


 軌跡のレジェンズも流水のレジェンズ動揺、宙を舞ってしまった。


「ば、馬鹿な!!? これが、伝説と言われた『Mr.Perfect』の姿なのか!!?」


 上杉がまさかの4点目、誰がこんなことを予測しただろうか、観客席のオタクが立ち上がって言う。


「あ、あの姿は………!!!? あの時の上杉くん………いや、それ以上かもしれない!!! でも、僕が見た時の上杉くんは『手』も地面に付けていた!!」


 どうやら、上杉はまだ本気を出していないらしい。


 クリスタル大会、最後の試合が今、ここに目覚める。


「図に乗るなよ。上杉………」


 流水のレジェンズが憤慨を露わにする。


 上杉が右足を下げれば、混元一気の構えを取る。


 対する流水のレジェンズは譚腿の姿勢を取ってくる。


 しかし、普通の譚腿ではない。


 上杉も同じ譚腿の姿勢を試合で見せたことだろう。


 だが、敢えてしない。


 それは、相手が攻撃側だからだ。


 こちらは防御、流水の理に互いが従うまで………


「行くぞ!!」


 流水のレジェンズは譚腿による溜めからの一歩、対するは上杉の右足というスタート地点、溜めの分は予め下げておいた右足に体を置く、それだけで互角になる。


 いつもの上杉なら左足を右足の後ろに置くだろう。


 今回は違う。


 左足を上げたまま、相手と同じ譚腿の姿勢を取った。


「な、なに!!?」


 相手が右にドライブすれば上杉が左足を横に置くまで、流水のレジェンズは行き場を失う。


『ドーーーン』


 二人が衝突すれば、流水のレジェンズに審判がジャッジを下す。


「ピィーーー!! オフェンス、チャージング!!」


 オフェンス側のファールとなり、再びボールは斎賀高校のものとなる。


「す、すげぇぜ上杉!!」


 ベンチに下げられた恭永が称賛を挙げる。


 会場もあまりの出来事に静まり返る。


「嘘だろ………あの上杉がここに来て………」

「あ、あいつは………本当に上杉なのか!!?」


 毛利や神崎、御堂に浅井も面食らっていた。


「さぁ、次は俺の攻撃だ………早く始めましょう………主将」


 上杉がそう言うと御堂にボールを渡す。


 受け取った御堂が戸惑いながらも返答する。


「あ、あぁ………!!?」


 御堂がボールをそっと上杉に渡すと静まり返っていた会場が喝采を挙げる。


「いけ~~~!!! 上杉!!」

「俺はこれを見に来たんだよ!!!」

「クリスタル大会はこうでなくちゃ!!」

「氷川主将、桜井 隼人のためにも敦煌高校から優勝をもぎ取ってやれ!!」


 実況が会場の喝采に煽られて乗ってしまう。


「うんうん!! 斎賀高校には氷川主将が居て桜井選手が居た!! 彼らのためにも『斎賀』の『魂』を込めて、優勝をもぎ取り、彼らを弔えることができるのはお前しか居ない!! 今宵の上杉 芯は一味違う!! 『Mr.Perfect』!! ここに再臨なるか~~~ぁぁ………ああ~~~!!!?」


 実況の声が曲がりくねる。


 会場も再び静寂に包まれてしまう。


「素晴らしい………だが、貴様はまだ持っていない………」


 上杉は何も感じる事ができなかった。


 振り返れば流水のレジェンズが後ろに居た。


 いつの間にボールを取られたのかすら上杉にはわかっていない。


「持っていないのに信じられない計算能力と技術力………尊敬に値する。」


 上杉が問う。


「持っていないって………何をだ?」


 流水のレジェンズが答える。


「『流水の瞳』を………」


 そう、上杉の動きは素晴らしい。


 まさに『完璧』と言っても過言ではない。


 だが、『目』を持っていない『完璧な人間』には『見えない』『景色』が『存在』する。


 流水のレジェンズには、何が見えているのか………上杉は考え始めるも見えてこない。


 流水のレジェンズが言う。


「どうした? 早く始めよう………俺がこんなにも苔にしたのは、貴様が初めてだ………」


 斎賀高校が攻撃を再開するも即座にボールを奪われてしまい。


 得点を許してしまった。


 敦煌高校の試合は毎度、盛り上がらない。


 いや、盛り上がることなど低次元なこと、敦煌高校の試合を人々が見れば、あまりの凄さに声が出ない。


「もう一つ言うのなら………お前はしたことあるのか?」


 流水のレジェンズが言う。


「会場を沸かせる………違うな………観客の喝采を求めてる奴らはゴミみたいな存在だ。」


 全くもってその通りである。


 観客が騒いでくれるチームと観客が余りの凄さに声を出せなくなるチーム、斎賀高校はその次元に居ない。


「む、無理だ………強すぎる!!」

「敦煌高校に叶う奴なんて………居るわけがない………!!!」


 会場が感じているのは『脅威』だろうか?


 その圧倒的な実力差にただただ驚くばかり………


「あぁ………俺たちが『絶対王者』だ………」


 軌跡のレジェンズが言う。


 崩れ落ちる上杉の膝、そんな中で、一人の男が笑っていた。


「あっはっはっはっはっは!! 『絶対王者』か………いいねぇ~~~。なら、その『絶対王者』って奴は一度勝ち上がったときに俺が出ていなかったけど………『クリスタル大会』は『相手選手を一人貰える』………今度は『幻の試合』なんかじゃねぇ………公式でこの俺が第二の『伝説』だ!!」


 軌跡のレジェンズがその男の声の方向を向くとそこには浅井 勇気が居た。


 会場が微かに期待する。


「そ、そうだ!! まだ浅井が居る!!」

「そうだそうだ!! あの浅井ならなんとかしてくれるかもしれねぇぞ!!」


 浅井がボールを持てば流水のレジェンズと同じようなことをする。


 会場も敦煌高校も斎賀高校すらも認知できないドライブ、皆が振り返ったときには得点を奪われている。


 そう、浅井の『零ドライブ』が初めて公式で知られたのはクリスタル大会準決勝による斎賀高校vs恐悦高校なのだから………


「『流水』のレジェンズ………お前は所詮、『零』の『劣化品』だ!!」

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