バラバラの花束

藤也いらいち

第1話

「今年もバラバラね」


 高級タオル、スープ詰め合わせ、チーズケーキ、そして色の統一性のない花束。

 五月の第二日曜日午前中に時間指定された宅急便たちは毎年恒例のものだった。


「毎年こんなに、いいのに」


 そう言いながら花束を抱きかかえる妻の姿を見て、僕の口角も上がる。

 思い出すのはもう二十年以上前の話だ。


********


「お父さん、花屋さん連れてって」


 日曜の朝、子どもたちが揃って僕のところに来た。洗面台で歯磨きを終えたときだった。妻にバレないようにするために僕が一人になるタイミングを狙っていたのだろう。

 長男の隆太はもう8歳、そろそろ今日のイベントを自発的にやりたくなる歳だろう。


「母の日かな?」


 三人揃って何度もうなずく姿が愛らしくて、思わず顔が緩む。

 今日はもともと、子どもたちを連れて出かけるつもりだったからちょうどいい

「じゃあ、行こうか。お母さんにはお花屋さん行くことは秘密ね」


 子どもたちは口元に人差し指を当てながら秘密秘密! と嬉しそうにささやきあって子ども部屋に戻っていく。

 それを見送ると、リビングにいる妻、ひなたに声をかけた。


「ひなた、ちょっと子どもたちとでかけてくるよ。昼ごはん食べてくる」

「あら、いいの?」

「おやつ頃には帰るよ、おやつも買ってくる」

「わかった、気をつけてね」



 ひなたはのんびりさせてもらうわと続けてテレビをつけた。のんびりとした空気感の電車旅番組をお休みの日にぼーっと見るのが好き、と言っていたのは長男が生まれる前のことだった気がする。


「お父さん、準備できた!」


 隆太がみのりと勇人の手をひきながらこども部屋からでてきた。準備を手伝わなくてはと思っていたが、しっかりと荷物も準備できていて驚く。


「だって、いつもお母さん教えてくれるし」


 思わず褒めると、隆太はそう言って照れくさそうに笑った。

 子どもたちとの外出用のショルダーバッグに財布とスマホを入れて家を出る。天気もよく、外出日和だ。

 近くのファミレスに行き、昼食をとる。

 みのりも勇人もそれなりに自分で食べられるようになっていて、僕が考えていたよりも食事はスムーズに終わった。


「上手に食べられるようになったんだな」

「おかーさんがおしえてくれるし!」


 僕の言葉にみのりが隆太の言葉を真似て言った。隆太が僕にそっくり! と笑い出すと勇人もおしえてくれるし! と真似を始める。

 教えてくれるし! の大合唱が始まる前に花屋に行こうと促して、店を出た。



 花屋は最寄りの駅前、今日ばっかりはいつもの色とりどりの花々、というわけではなく、赤やピンクのカーネーションが多く並んでいた。


「さぁ、どれにする?」


 隆太に聞くと、背負っていたリュックサックから財布を取り出して一番安いカーネーションの値段とにらめっこを始めた。


「お父さん、お花って高いんだね」

「いくら持ってるんだ?」

「八百円」

「貯めてたんだね」


 毎月のお小遣いが三百円のはずだから、かなり貯金していたようだ。


「うん、でも、花束にできないよ、みのりと勇人にも選んでもらいたかったのに」


 肩を落とす隆太を見て考える。ここで僕が払うのは簡単だ。しかし、隆太がお金をためて母のために使うという計画を簡単に潰してしまうことになるのではないか。そこまで考えて、ふと、思いいたって口を開く。


「隆太はカーネーションにしたいのかな?」

「うん、母の日はカーネーションをあげるんでしょ?」

「そうだね、カーネーションをあげる人が多いね、でもね、カーネーションじゃなくてもいいんだよ」

「え?」

「お母さんにありがとうって気持ちを伝える日だからね、無理に花束を買わなくてもいいんだ」


 そこまで言うと、はっとなにかに気がついた顔をして隆太は周りを見渡した。そして特別な日に買いに行くケーキ屋を指差す。


「お父さん、あのケーキ屋さんいこう! お母さんの好きなケーキ教えて!」


 そう笑う隆太につられて勇人がけーきやさん! と繰り返す。


「うん、いいよ。その前に隆太、みのり、勇人、お花を選んでくれるかな?」

「え? 僕買えないよ」

「ううん、これはお父さんがお母さんへプレゼントする花なんだ。みんなが選んでくれた花ならきっと喜んでくれると思うんだよね」


 僕がそう言うと、子どもたちは三人揃ってまた何度も頷いた。

 花束を買って、ケーキ屋でひなたの好きなチーズケーキとおやつを買う。隆太は大事そうにチーズケーキの入った箱を抱えて帰った。


 感謝の言葉とともにチーズケーキを渡されたひなたは泣くんじゃないかというくらい喜んでいた。

 みのりと勇人から渡してもらった花束は、一人ずつ選んだ花で作ったのでなんだかチグハグで少し不格好にみえたけれど、僕が花屋さんと相談して作った花束をあげたときより数倍喜んでいるように見えた。


「子どもたちが成長している証ね、みんな個性が出てきたのよ」


 子どもたちが寝静まった夜、ひなたはチグハグな花束を愛おしそうに眺めてそう言った。


********


 それ以降、隆太は母の日にチーズケーキを買ってきた。高校生になって反抗期をむかえても、冷蔵庫に『母さん、どうぞ』とメモ書きを添えておいてあったのはいい思い出らしい。

 みのりも勇人も母の日をするようになってから、毎年プレゼントを考えるのを楽しんでいるようだ。

 家を出てもこうやって母の日に毎年欠かさず送ってくる。ただ、勇人は父の日を忘れがちだ。


 子どもたちのプレゼントはひとりひとつ。花束は三人から。

 ひなたはそう思っているらしい。


 けれど、チグハグの花束に味をしめたのは僕だ。あのときの花束を抱えたひなたの笑顔が忘れられなくて、家を出た三人それぞれにネット花屋のリストを送り、花を選んでもらっている。それを花束にして毎年母の日に送っているのだ。


「今年もありがとうね、みのりは何色の花を選んだの?」


 子どもたちに順番に電話をしているひなたを見ながら、花束を花瓶にいける。今年の花束もどことなくそれぞれが主張する絶妙なチグハグさだ。


 そのチグハグを喜ぶひなたが見たくて、僕は来年も子どもたちに花を選んでもらうのだろう。


 そう思っていると、電話を切ったひなたが笑いジワを濃くしてこちらを見た。


「ねぇ、次の誕生日にはあなたの選んだ花がほしいわ」


 花屋さんは頼らずに、あなたが一人で選んでね。そう続けられて、二十年以上前の小さな嫉妬に気がついた。


「わかった、不格好でも笑わないでくれよ」


 ひなたは嬉しそうに約束よ、と笑った。

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バラバラの花束 藤也いらいち @Touya-mame

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