後編
◆
――――霞帆視点
「あれから十年か……」
私、橋角 霞帆は現在は二十七歳、今日は母校主催の同窓会に来ていた。全てが懐かしくて一番、楽しくて輝いていた時だ。でも今の私は昔と真逆だった。
会場に入り真っ先にトイレで身だしなみの再確認をする。髪型も高校時代のセミロングで色も黒に戻し違和感が無いのを確認すると会場に入った。
「皆、元気かな」
元々がマンモス校で十クラス以上も有ったから友人を探すのも一苦労だ。もっとも今も連絡を取り合っている人間は居るからスマホで連絡し合流はできた。
「あっ、みんな久しぶり~」
「霞帆じゃ~ん、元気だった? 直接会うの久しぶり~」
昔の同級生も揃っていて皆、大人になっていた。とは言っても二十歳の時と大学卒業の時にクラス会はしているから割とそうでも無い。
「うん、久しぶり」
「最近どう?」
実は、その最近が最悪だった。そもそも私は大学進学後から不運の連続だった。私は当時の恋人の宮下を追って同じ大学に何とか合格し付き合いを続けた。だがそれが不幸の始まりだった。
「まあ、ボチボチ」
「そっか次の人とは順調なんでしょ?」
「ま、まあね~」
そして私は現在、誰にも言ってないがカレシいない歴二年目だ。まず宮下、アレが一番最悪だった。大学でもバスケを続けていたあの男は高校までの男だった。レギュラーにもなれず酒に溺れ私も暴力を受けて別れた。その後は薬物パーティーで逮捕されニュースになり今や母校の恥という扱いだ。
「あんなの別れて正解だったじゃん、母校の恥だし」
「まあね……ほんとサイアク」
気遣ってる風だけど内心で私をバカにしてるのは分かっている。このクラスは昔から女子同士で常にマウントの取り合いだった。
「ま、私なんて学生時代も普通だったし今は退屈な専業主婦よ?」
そんな話を聞き流しながら当時を思い出す。その後に出会った他校の同い年の彼氏は三股男で即別れ、卒業間近に出会った年下の彼は暴力事件を起こし退学させられた後は連絡を取ってない。
「でも幸せそうじゃん、いいじゃない?」
「まあね~、てかマジ霞帆って不幸体質よね~」
さらに家族以外に話してないが就職後に社内恋愛をしていた相手が妻帯者だと後から告白され最後は、その妻から別れるよう迫られ元の会社も辞め今の私は正社員から派遣になって、お先真っ暗だ。
「その辺にしな、あんた酔ってるでしょ、もう」
「あっ、田中? じゃなくて今は斎藤~?」
「あんたはあっち、久しぶりね霞帆」
唯一まともな親友の旧姓、田中 裕美子も今は結婚して姓が変わっている。そして私は彼女を待っていた。
「それで、どうだった?」
「うん……来てるらしいよ彼も」
実は例外で彼女にだけは全て包み隠さず話していた。そして今回、私が頼んでいたのは幼馴染の啓真との再会のセッティングだった。
◆
「じゃ、早く連れてってよ」
「いや、私も人づてだし、まだ声かけて無いし、それに今のあんたは……」
「今だから会うのよ十年振りだし、十年経って分かったの!!」
十年経って分かったのは私のパートナーは啓真しか居ないという確信だった。今にして思えば他のどの男より啓真は誠実だったし何より私の事を好きでいてくれた。
「いや、さすがにそれは……」
「でも私たち別れ方は綺麗だったし、いきなり付き合う気は無いから。今日は連絡先の交換と次会う約束だけよ」
実は三人目のカレと別れた時に啓真の家に行ったら啓真のお母さんに出禁にされた。昔遊んでいた時と違って笑顔が恐かったのを思い出す。何でか今でも謎だし特に迷惑はかけてないのに不思議だった。
「でも、あんた昔かなり伊崎くん傷付けたんだし……まず謝りな、彼あんたのために転科までしてくれたのに、あの後、声一つかけなかったでしょ?」
「大丈夫、謝って大事さに気付いたって攻めるつもりだし!!」
「はぁ、あっそ……もう何も言わないわ」
当時を知っていれば不安なのは分かるけど私達は十年も幼馴染をやっていた。それに今なら私も本当の想いに気付けたしベストパートナーになれるはずだ。もし恋人がいたとしても少し卑怯な手を使ってでも勝負する気だ。
「ま、私って経験豊富だしね?」
そんな話をしていると啓真が居るというテーブルまで来た。そこに居たのは背も少し伸び背広が似合う大人になった啓真だ。私の想像以上に理想的で胸が高鳴った。
「久しぶり、啓真、よね?」
「え? もしかして橋角……さん?」
「もうっ!! 霞帆でいいから、あれから十年も経ってるんだし!!」
「あっ、ああ……そうだね」
少し考え込む仕草をした後に笑みを浮かべるのは私の知ってる懐かしい顔で泣きそうになった。やっぱり私には啓真しか居なかったと確信した。遠回りしたけど十年経って私も気付いた……と思ったその時だった。
「あなた、そちらは?」
「藤乃、こちら俺の昔の友人の橋角 霞帆さんだ」
現実逃避したくなるワードが聞こえ私の中で嫌な予感しかしない。付いて来た旧姓田中も首を横に振ってるけど私は退く訳には行かず口を開いた。
「えっと、啓真、そっ、その人は?」
「ああ、紹介する妻の藤乃……実は先月結婚したんだ」
結婚……え? 結婚って、あの結婚よね。どういう意味か理解が追いつかない。この時点で眩暈がしたけど啓真の隣で当前のように居座る女が私を見て口を開いた。
「初めまして啓真の妻の伊崎 藤乃です」
「はぁ、えっ? えっと……」
完全に想定外で頭がショートして私は口を開けて固まった。
◇
――――啓真視点
「会うのは十年振りだよな? 久しぶりだね」
「う、うん……」
彼女との再会はもっと心が乱されると思っていた。でも会うと意外と大したことは無く妻も気を使ってくれて今は会場を出てホールで話していた。
「式の話は
「え? あいつ何も言ってなかったけど!?」
創二とは彼女の弟で今も付き合いが有る。学生時代に家出したアイツを家に泊めて以来、式にも喜んで来てくれた。高校以降は疎遠の霞帆は呼ばない方がいいと創二に言われ放置していたが話してなかったらしい。
「アイツを責めないでやってくれ、何か事情が有ったんだろう」
「えっ、ええ……」
「そういえば最近……どう?」
「私? そ、その、まあね……」
彼女は少し悲し気な顔をしていた。十年前の明るかった時と雰囲気が違う。こういう時は気落ちする話より明るい話題の方が良いと思う。
「十年経てば色々有るか……俺も色々と有ったんだ!!」
「そう、みたいね……」
「まずは藤乃との出会いなんだけどさ」
――――十年前――――
「すいません、図書室閉めたいので」
「あっ、もうそんな時間か」
これが藤乃との出会いだった。俺は転科のために勉強にドップリだった。受験の時よりも必死になって勉強したが今となっては藤乃と出会うための試練だったんだと思えるようになっていた。
「はい、早く退室を……」
「じゃあ外も暗いし送ろうか?」
「えっ……はい」
それからも藤乃とは似たようなやり取りが続いた。俺がギリギリまで残り藤乃に帰れと言われ彼女を送る日々だ。そして俺は転科したクラスで彼女と再会した。
「井上さんは、いつも図書室に?」
「ええ、委員だから」
最初は凄く困惑した。それでも俺の話を聞き真摯に相談に乗ってくれた彼女と過ごす内に少しずつ心の傷が癒され気付けば惹かれていた。
「お、俺と付き合って、下さい!!」
「はい、喜んで」
それから高校の卒業間近、俺は告白し藤乃に受け入れられた。もちろん同じ大学に進学し、その頃には霞帆の事は完全に忘れていた。我ながら現金だと思う。
その後も俺は頑張って大学卒業後に彼女の父、つまり義父が所長を務める事務所で勉強し資格を取り今は司法書士をしている。
「啓真、ごめん今いい?」
「何だ藤乃? まだ忙しいから――――」
そして仕事にも慣れ始め順調だった俺に半年前、思わぬ知らせがもたらされた。一緒に就職し俺の補助士をしていた藤乃が唐突に言ったのだ。
「デキたの……赤ちゃん」
俺は固まったが、すぐ近くにいた所長で藤乃の父も固まった。そりゃそうだ。まだ、この時には俺と藤乃は結婚してなかったからだ。
――――現在――――
「そこから大変でさ所長には殴られるわ、俺の親父にも殴られて急いで藤乃と籍を入れて先々月やっと式をあげて今は新婚なんだ」
「そ、そう……なん、だ……」
俺のやらかした失敗談でも話せば笑ってくれると思ったが彼女は余計に落ち込んでいた。どうしてかと考えていたら後ろから藤乃が呼んでいた。
「藤乃、どうした?」
「少し気分が優れなくて、もしかしたら、つわり……かも」
その一言で藤乃よりも霞帆の方が顔色が悪くなったように見えたが今は妻を優先だ。お腹の子が第一に考える。
「分かった、じゃあ霞帆ごめん。あと妻を見ててくれないか? 藤乃、少し待っててくれ車をすぐ回してくる!!」
◇
――――藤乃視点
残された私は目の前の女を見た。メイクも服も気合を入れて魂胆は見え見えだ。目の前の女の弟の創二くんの話を聞いておいて正解だった。
「どうも初めまして、橋角さん」
「ど〜も……」
「改めまして啓真の妻の
やっと目の前の女に言えた。二十年前のお返しだと思うとスッキリする。目の前の女も啓真も覚えていない過去を私は思い出していた。
――――二十年前――――
「ケーマは私のこと好き~?」
「大好きだよ霞帆ちゃ~ん!!」
これは二十年前の二人だ。私にも周りの人間にも陽キャな二人は眩し過ぎた。
「じゃあ、と~ちゃん悪い魔女役やって~」
そして、その他大勢の中に私、旧姓、井上藤乃はいた。藤という花の名前なのに音読みの「トウ」ばかりが先行し当時は髪が短いのも有って「とーちゃん」と橋角霞帆に付けられたあだ名だ。
目の前の女は忘れているが啓真と少し一緒に遊んだだけで女子の間でハブられ変なあだ名を付けられた事を私は忘れない。その後に啓真が泣いてる私を家まで送ってくれたのも私は忘れなかった。
時は過ぎ小中と同じなのに接点の無い私はストーカーのように二人を見ていた。進学先も調べると私の成績なら余裕で進学可能な高校で安堵し一緒に進学した。
「やっぱ啓真って少しウザいのよね~」
「え~、でも優しいし、助けてもらってるじゃん」
「私はもっと大人でカッコいい人がいいの!!」
そんな話をトイレでボッチ飯をしていた私は聞いていた。高校まで付いて来て何するでもなく二人が離れろと呪詛を送る以外は何も出来なかった。だが事態は一気に動いた。
それから数日後に啓真がフラれた。そしてバスケ部の男に霞帆が告白すると聞いた私は図書委員の仕事をサボる事の多いバスケ部員に霞帆の良い噂を流した。これで何かが変わるとは思わなかったが告白は成功し霞帆は付き合い出した。
「後は、どうやって声を……」
邪魔者を片付けた私は肝心の話しかける方法を考え悩んでいたが、なんと啓真の方から私のテリトリーにやって来た。だから私は十年振りに彼と二人きりで話し彼の相談に乗った。
「情けないよな……俺ってさ相手の幸せを願うべきだろ?」
「そう……かな?」
二度も振られ最後は時間が解決すると言われたと聞き私はアホらしいと思った。私の気持ちは十年経っても変わらない。だから私は啓真に献身的に尽くした。そして一年後に告白された時は天にも昇る気持ちだった。
だが大学進学後に半同棲していた私達の元に、あの女の弟の創二くんが転がり込んで来て焦った。私はまだ、あの女との関係が切れてないのを危険だと思い彼を遠ざけようと父の知り合いの不動産屋を紹介し世話をした。
数日で出て行かせたが恩義が有ると彼は、それ以来よく私達のアパートに遊びに来るようなった。最初は彼が危険だと思ったが実はこれが正解だった。
「その……井上さん」
「何かしら創二くん」
「実は俺の姉なんですが……」
そこで彼からの相談を聞いて私は笑いを堪えるのに必死だった。男は既に三人目、その内の二人は警察に厄介になり彼女自身が家で腫物扱いだという話だ。
「最近よく、あの頃は良かったとか、啓真が居てくれたらって言ってて、俺、姉が二人に迷惑かけないか心配で……それで」
後から知ったが彼は昔から姉の霞帆より面倒見の良かった啓真に懐いていて高校の時の啓真への一件で姉を見限ったらしい。
「でも昔の話だから」
口ではそう言ったが私は最大級の警戒を持って即座に動いた。啓真の実家にも密かに手を回し、あの女を近付けないように義母に頼み創二くんにも報告を頼んだ。今では啓真の実家も創二くんも味方で、この女の動きは筒抜けだった。
◇
そして現在、同窓会での再会を演出しようとした愚かな女の最後の足掻きは私の二十年計画の前に崩れ去った。
「橋角さんは夫の幼馴染と伺いました」
「っ……そう、ですけど?」
「そうですか、昔から夫と知り合ってたなんて羨ましいです」
だから最後に啓真が誰の夫か分からせる必要が有る。予想通り少し褒めるとペラペラ過去を語り出す。最後のマウント取りだろうから聞いてやろうと目を閉じた。
「私と啓真は小さい頃から一緒で~、絆って言ったら大げさですけど、特別で〜」
「あの、いいでしょうか?」
「ええ、なに?」
いつまでもグダグダと無駄な話をするから私は笑いを堪えながら真面目な顔で目の前の滑稽な女を見て言った。
「でも幼馴染を辞めて十年経てば他人の気持ちは変わるもの、だから二人はもう他人みたいな関係ですよね? しょせん過去ですから」
「っ!? なっ……えっ!?」
「あなたの言葉を、そのまま、そっくりお返しします」
啓真にとって、もう過去だとハッキリ宣言した。お前自身が十年前に言った言葉だ。啓真が忘れても私は忘れない。
「なっ、あんた……何で!?」
「では夫が待ってますので、失礼」
車に乗る前にお腹を撫でて啓真と一緒に一礼すると目の前の女は茫然としている。車が出てから再度ミラー越しに見ると霞帆は地面にへたり込んで肩を震わせ泣いていた……実に不様で負け犬には相応しい姿だ。
「どうした藤乃?」
「何でもないわ、あなた……ちゃんと前見て運転してね」
でも啓真には気付かさせない。だって今の彼は私とお腹の子に集中してもらわないといけない。さようなら勘違いしたヒロイン気取りの幼馴染さん。あなたのお陰で私は今とても幸せです。
十年経てば他人の気持ちは変わるもの(完)
十年経てば他人の気持ちは変わるもの ~そして言ったセリフも十年後に返ってくる件~ 他津哉 @aekanarukan
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