十年経てば他人の気持ちは変わるもの ~そして言ったセリフも十年後に返ってくる件~

他津哉

前編

 いつの時代も恋愛というのは理不尽だ。もっとも俺が本当の意味で知るのは十七歳になってからだった。


「ごめ~ん、啓真けいまは幼馴染だけどカレシとかは無理かな」


「えっ? だ、だって七歳の時に結婚しようって……」


「いや、小学校の時でしょ、十年前じゃん」


 今まさに俺、伊崎 啓真が知った現実だった。昔から周りからお似合いだと言われ続けた俺は目の前の幼馴染の橋角はしずみ 霞帆かほと結婚すると思っていた。


「でも、ずっと好きだって俺、言ってたし」


「いやさ、それで地元でカレシ出来なったんだから自重してよ」


 セミロングの黒髪を弄りながら言う彼女を見て俺は焦った。そんな風に思われていたのはショックだ。

 でも俺と霞帆は進学先だって六駅も離れているけど一緒で俺も頑張って受験勉強し同じ高校に入学した。それくらい好きだった。


「え? で、でも昔から結婚しようって……」


「昔はね、でも中学では正直キモかったんだ……あはは」


 その乾いた笑いは本当に俺をキモいと思っている笑いだ。しかも向こうは曲がりなりにも気を遣ってるのが分かる。正直ショックだが俺がハッキリ言われないと伝わらない性格だと知っての言葉だ。


「じゃ、じゃあ直せば――――」


「あ~、ごめん実は好きな人もう別に居るんだ三年の宮下先輩」


 好きな人……だと? 俺は今まで霞帆以外を好きになったことは無いのにと猛烈な嫉妬心と絶望感がダブルで襲って来た。それと同時に宮下先輩なる者が誰か気になって口を開いていた。


「そ、そいつ誰だよ!!」


「いや、知らないの啓真? 宮下先輩はバスケ部のエースで副部長ですっごい大人なのよ、しかもイケメンでさ~」


 そこからは聞いてもいないのに宮下先輩の情報が嫌でも耳に入った。霞帆いわく全日本に補欠とはいえ招集される程の選手で性格も大人で優しい完璧超人らしい。だが同時に俺は思った。


「そ、そんな凄い人なら普通に無理だろ……」


「は? 告ってみなけりゃ分かんないじゃん」


 そんな完璧超人ならカノジョくらいは居るだろうし告白しても断られるに違いないと思って口にしたら霞帆はキレた。言ってから気が付いたが当たり前だ。そういえば昔から思った事をすぐ口に出す癖は直せと霞帆に言われていた。


「何よ、私だって一応はそこそこ可愛いんですけど?」


「いや、そこそこじゃなくて日本一、いや世界一可愛いよ霞帆は」


 思わず本音を言ってしまった。だって小さい頃からずっと好きだったし必ず結婚すると思っていた。


「ありがと……じゃあ私が告白しても良いよね? てか啓真も学内の有名人くらい知っておきなよ、周り見えて無さ過ぎだしさ」


「いや、俺には霞帆がいれば」


「はぁ……そういう視野が狭いとこも好きじゃない、それに成績も最近凄く下がったって、おばさん心配してたよ?」


「いや、それは……」


 それも原因は霞帆の誕生日プレゼントのためにバイトしてたからだけど言い訳にしたくないから口には出来なかった。


「ま、とにかく話が終わりなら私帰るから、好きって気持ちは嬉しかった。あと幼馴染として次の恋、応援してるから」


「あ、あのさ!! もしフラれたら俺っ――――」


「はぁ、さすがに引くから啓真、私が相手だから良いけど、もし本当に思ってても普通しばらく経ってからしなきゃダメよ、じゃあね!!」


 そして俺は数日後に霞帆の告白が成功し先輩と付き合うとスマホで伝えられ余計な事も言うなと釘を刺された。もちろん俺はその日泣いた。俺の十年間の想いは、たった数ヵ月に負けたと思い知らされたからだ。




「あ~、全てが上手くいかない……」


「どうした?」


 クラス内では俺への対応が二つに分かれていた。一つは目の前のクラスメイトのように普通に声をかけてくる奴だ。


「霞帆が……ううっ……」


「そういえば幼馴染だったもんな、てか結婚するとか言ってたよな、お前」


「うわああああああああああ!?」


 そして、そんな俺を遠目に笑ったり可哀想だと見てくる連中だ。ちなみに、その中には霞帆も入っている。今や学校の有名人の恋人になった彼女は当然ながらカレシ優先で、あれ以来俺とは一度も話していない。


「はぁ……」


「伊崎……霞帆のことは分かるけど同じクラスで、これはさ」


 隣の席で霞帆の親友の田中の言うことは頭では分かっている。大人しく身を引くべきだなのも正論だ。でも俺は気持ちの整理が付いて無かった。既に一ヶ月以上も経つのに諦められずにいた。


「悪いとは……思ってる、でも……」


 諦められない原因の一つとして家も近所で霞帆の母親経由で俺の母にも報告が来ていたからだ。母は複雑そうな顔で「ま、仕方ないわね」と言って好物のオムライスを作ってくれた。


「クラスでいつも言ってたしね」


 そしてクラスでも俺が霞帆が好きアピールをしてたから女子の中でも一部は俺の扱いは優しかった。それから数日後、俺は急に霞帆の家に呼び出されていた。




 久しぶりに入った部屋は十年前から何も変わっていない。霞帆の匂いがするなんて変態的な感想しかなかった。


「ハッキリさせよう啓真」


「ああ、でも……」


「このままじゃ私も啓真も悪くなる一方よ、何より宮下先輩に悪いしさ」


 本音はそれか。悲しいけど仕方ない。だって俺はフラれたんだから当然だ。それに霞帆のお母さんも複雑な顔をしてた。どうやら霞帆は既に家族に宮下先輩を紹介したみたいだ。


「分かったよ、悲しいけどぉ……あぎらめるよぉ……」


「うん、じゃあ今日はご飯食べてって、それで父さんに今のこと言ってね」


「なぁんでぇ……ぞこまでぇ……」


 そんな死体に鞭打つのは酷いと泣きながら言った。いくら俺が空気読まずにクラスの空気を悪くしていても、あんまりだ。だが実は霞帆側にも事情が有った。


「この間、宮下先輩が来た時にお父さんが早く帰って来てさ……」



――――数日前――――


「ただいま~、ん? 君は誰だ、霞帆!! 何で家に啓真くん以外の男がいる!?」


 いいぞ霞帆のお父さん、さすがだ。というのも俺達の両親は親同士がグループ企業内の会社で取引先同士だから小さい頃から俺と霞帆の関係は半ば両家で公認のようになっていた。


 だから知らない男を紹介されて寝耳に水だったのだろう。実際、霞帆のお父さんは怒って、さらに俺の存在を知った先輩も驚いたらしい。


「ちょっとお父さん!!」


「お父さ~ん、オレは――――「私を父と呼んでいいのは啓真くんだけだ!!」


「あ、あなた!?」


 その夜は家族会議になったらしい。ちなみに霞帆の弟の創二そうじは例の宮下先輩との関係を聞かされ「バカ姉貴」と言って喧嘩になったらしく、そっちのフォローまで頼まれてしまった。



――――現在――――


「だから家族に説明して……お願い!!」


「いや、でも……」


 迷ったが間接的に俺のせいな気もして来た。既に霞帆を諦めるのに一ヶ月以上かかって迷惑もかけた。それにクラスだけでなく霞帆の家の空気も悪いのなら仕方ない。これを機に俺も頑張って諦めようと思う。


「ね、最後のお願いだから……啓真」


「わ、わがったぁ…………橋角、さん……」


 もう人前では気軽に名前も呼ばないで欲しいと説得され俺達は幼馴染から、ただのクラスメイトになった。


「ケーマ、ううん、ありがと伊崎くん」


 こうして俺は霞帆の家族にバレないよう十年前の約束なので気にしていないと偽りの報告をした。そもそも高校に入ってから互いの家を行き来してなかったから霞帆の母には怪しまれていたらしい。


 これは実際、霞帆が俺を家に近付けなかっただけで外では常に一緒だったが、あくまで幼馴染としてだ。当然ながらそれも言わない。俺は霞帆を諦めようと必死だった。


 そして帰り際、俺と霞帆は最後に思い出の公園に来た。先月フラれた場所だ。この公園と二軒挟んで俺と霞帆の家は同じ道路に面して並んでいる。


「じゃあ、かっ、ううん橋角さん」


「あのさ最後に、いつまでも私に囚われないでね」


「しばらくは無理かも……」


 この失恋は何年いや何十年経っても忘れないだろうし心に残り続けると俺は霞帆を見て言った。それだけ大事で俺の人生の全てだった。


「そこまで思ってくれてありがと、でも十年経てば他人ひとの気持ちは変わるもの……よ。だから早く私の事も忘れなよ……じゃあね」


 それから半年後、俺は三年に上がる際に無理やりコース変更し理系から文系クラスに移った。バイトも辞め、やることが無くなり転科のために勉強に集中したら入学時の成績に戻り転科もできた。俺なりに霞帆を忘れようと頑張った結果だ。




「友達が……いない、三年なのに」


 当たり前だが無理やりコース変更したから周りの人間は誰も知らない。悲しい事に一年の時の知り合いすら一人も居なかった。


 ちなみに例の宮下先輩はバスケ部でスポーツ推薦され某有名私立大学へ進学したそうだ。誰もが聞いたことのある大学で活躍してるらしい。春休み前に霞帆が話していたのを聞いたから間違いない。


「はぁ……ボッチ生活の始まりか」


 始業式が始まると今までと並ぶ場所も違う。霞帆も離れた場所に並んでいるが俺には目もくれず友達と話している。髪も黒から明るい茶髪になっていた。もしかしたら春休み中に染めたのかもしれない。


「変わったな……霞帆」


 そんな風に変化を目で追ってる自分が嫌になる。あれから半年も経ってるのに情けない。早く忘れなきゃいけないのに俺は自分の殻に閉じこもり失恋を引きずって過ごすのかと思っていた時だった。


「あの……」


「え?」


 教室に戻ってから声をかけられ焦った。転科の際の自己紹介も大人しくしていたし今のクラスで俺に声をかける人間になど心当たりが無い。


「伊崎くん、これなんだけど」


「君は……図書室の?」


 声の主はメガネをかけた黒髪ロングの女子だった。手には本の返却依頼の紙が有って思い出す。彼女は転科するまでの半年間、図書室で勉強してた時に相談に乗ってくれた図書委員だ。


「本の返却、お願いします」


「あ……悪い、今日返しに行く」


「はい、待ってますから」


 そういえば春休みに入る前に勧められた本を返却するのを忘れていた。彼女はそれだけ言うと自分の席に戻った。今年から同じクラスで驚いたが今日の放課後は図書室に直行だ。こうして俺の一年は始まった。

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