決戦

ここからは時間との勝負だ。有志で水を一軒一軒配りにいった。

忠茉に加え、テクノチーズ社社員、忠太の友人、忠太が参加した。


水の中身は特に言わなかった。一匹一匹に説明する時間は無かった。


「俺も人のためになることができるようになったかあ。今度帰省した時に父ちゃんに自慢しよ」テクノチーズ社のある社員が呟いた。


その時ー。




ドン。ドン。



地響きが鳴った。

ある者は「地震?」と言った。


いや違う。


ちゃんと認識して恐怖を覚えたのは忠太と忠茉だけだった。



「殺チュー剤を吹き込まれてしまうぞ!急げ!」

ネズミ界からの出口へと向かった。

行く先々で出会う者達全員に付いて来るように言った。


総会での印象が良かったらしく、何が起こっているかは分からずともついてくるものは多かった。


「こんなに早いとは!」


「ここまで来たのに!時間がない!」忠太は普段あまり出さない動揺の感情を出した。




「ここは俺に任せな!」聞き覚えのある声が飛んできた。


「俺のネズチューブは全ネズミがチャンネル登録しているからな」

『Chu Chu Queenのチュレディです。今から外の世界で無料のライブを行います。今すぐだ

!皆急げ!』


「チュレディ!」


「保釈金はいくらでも持っているからな。やっぱり皆の役に立つことをしなくちゃな」

チュレディは少年のような顔をしていた。


これはネズミ界SNS「チューッター」でも投稿された。

「チューッターも全ネズミがフォロワーだからな」

突然すぎることであたふたしたまま、全Chu Chu Queenファンは外の世界に走り出した。前科者のチュレディでも、音楽は愛されていたことが伺える。

チューッターに気づかなかった者達も、全員が走り出しているために興味本位でついていったり、時には「Chu Chu Queenが外でライブやるってよ!」と噂を嗅ぎつけて出てくるものもいた。


外の世界へと出た。


そこにはー。



人間―。



大きな噴霧器を持ってこちらに歩いてきていた。

容器には分かりやすく、ネズミマークにバツ印がしてあった。



殺される―。


しかし...。


徐々に出ては来るが、どうしても全ネズミが出てくるには間に合いそうにない。


人間は目の前まで来ている。


畜生!ここまでか...!



....。

忠太は膝から崩れ落ちた。

仲間の中でも、助けられたものもいれば、

今目の前でバタバタと死んでしまう仲間が大勢出てくるのだ。

この小さい体で何ができる?

目の前でただ死んでいく仲間を見守るだけなのか?




ピョーン。


「…!」


飛んできたのはマダニャインだった。


マダニャインは持ち前の脚力を使い、殺チュー剤を噴霧しようとする人間の顔に飛びかかった。


「マダニャイン!」



「野生の勘はなまってなかったようだニャ」

突然のことに、忠太は立ち上がれずにいた。

「何グズグズしてんだあよ。早く皆を外に出しな」


「...すまない!」

「皆、早く出てくるんだ!」

手をぐるぐると回して促す。それでも到底間に合うような数ではない。


空には暗雲が流れてきている。


マダニャインは人間に飛ばされてしまった。




ニャッ。という声とともに忠太の目の前に落ちた。

「くそおあの人間め」


人間は巣穴に噴射口を近づけようとしている。

マダニャインでも間に合わない。

「よし、忠太!お前がいけ!」

忠太はマダニャインに飛ばされた。


到着したのは人間の顔である。


「くっ....!」

振り落とされるのも時間の問題。爪楊枝で目を突き刺す。


うあああという声が耳を劈く。


こんなんで全ネズミは無理だ。それでも作戦なんか思いつきやしない。



側でチュレディは見ていた。拳を握りながら呟いた。

「小さなネズミが一匹で何ができるっていうんだよ」


マダニャインは忠太を見ながらこたえた。


「ではきくが、忠太という小さなネズミ一匹がいなかったら今頃どうなっていた?」

そのうち数匹のネズミたちが

「あれ、俺らあの人間に殺されるところだったんじゃないか?」

数匹のネズミが呟きはじめ、その波動はどんどん広がっていった。


それを片方の耳で聞きながら忠太は

「漸くテクノチーズの寝ぼけから目が醒めたか」と呟いた。


「よおしみんな、人間からネズミ界を守るぞ!」

忠茉が先ず先頭に立って飛んだ。


「おいそこのデカネコ!俺も飛ばしてくれ!」

あるネズミが


「忠太さんすまねえ、俺らあんなリプライしてしまって...。」



「おい、あんたはどうするんだニャ」

横でくよくよとしていたのは、チュレディだった。


「え、飛ぶの怖い...」

か細く呟いた後、大衆の視線を感じた。


「も、もちろんだとも!飛ばしてくれたま...」


そう言った時にはもう飛ばされていた。


チュレディに続いてたくさんのネズミが人間に飛んでいっては体中を刺されたり噛んだりした。


さて、人間にとっては大変なことなのであろう。

視界を制限されている上に、全身に痛みが走るのである。



こんなことやってられるか!人間はそう叫んで敷地から出ていった。


まるで時空が止まったかのように、静寂が流れた。



「やったのか?やったぞ!」


知らない者同士も抱きあって喜びあった。


忠太は看板の陰でぐったりした。

そこに忠茉が駆け寄ってきた。

「御苦労だったな。忠茉」

「父さんこそ」


晴れた大空の下。緑色の香りがする。


明日も皆が美味しいチーズが食べられそうだ。


もちろん、健康に良いチーズを。


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Fly Nezu me @shomes

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