第40話 貴女の為に出来ること
夏季休暇の間、学園の寮に残る生徒にはいくつかの約束事が課せられることになる。
これはゲームの時には知らなかったことであり、現実として相対することになって初めて知ることになった新鮮な設定(?)の一つだった。
それは、夏季休暇の期間は、普段寮の管理をしてくれていた寮母さんや調理スタッフの方々もお休みとなる為、日々の食事や掃除や洗濯諸々を残る生徒たち自身が行わなければいけないのである。
もちろん、食事は外食で済ませることだって出きるが毎日毎食となればお金だって馬鹿にならない。食材を買ってきて、ある程度自炊するのが現実的だろう。
そんな訳で寮に残ることにした私とヴィオリーチェも、夏季休暇の間、自分たちの食事を自分たちで用意しなければならない訳である。
「アルカは料理は出来ますの?」
「うーん。簡単なものくらいなら…多分…」
私は自身の二つの人生経験を並べて思い返してみる。アルカシアとしては、正直なところほぼ料理なんてしたことがない。母親の手伝いがせいぜいだ。
では、前世…春日穂波としてはどうか?
これは
しかしどれもこれも家電や食料品メーカーの企業努力に頼りきった故の調理法や味付けによる文明的食事だ…!
…つまり、電子レンジや炊飯器、アジノモトだったり、ホンダシだったり、コンソメスープのモトだったりがあって初めて美味しく作れる程度の料理の腕という訳である。
だから今、この世界で料理が出来るか?と問われたらちょっと悩んでしまう。
ヴィオリーチェが前世ではどうだったかはわからないが、少なくとも今の彼女は超絶お嬢様なわけだから、自分で料理をするような立場ではないはずだ。
…ならば、この状況で料理・洗濯なんかの家事をやるのは誰か……?となれば、それは当然私である!
だったら、私は出来る・出来ないなんて関係なく、料理をやらなければいけない。それも、ただ食べられるものを作ればいいわけではない。ヴィオリーチェを喜ばせる美味しいものを作らなければならないだろう。
彼女の美しい唇から、彼女の身体の中にまずいモノなんて入って行って良いはずがない…!
「……私、頑張るよ。絶対に、美味しい料理を作ってみせる……」
決意を込めて、無意識に握りこぶしを作りながら誓いを立てる私を、ヴィオリーチェは怪訝そうな顔で見つめている。
「…アルカ?何を言っていますの?」
「…え?…いや、だから、うん。お休みの間のご飯は、私が頑張って作るから安心してって……」
「アルカ」
私の言葉を遮ったのは、少し驚いたような呆れたようなヴィオリーチェの声だった。
「…アルカ、貴女はこのお休みに魔法の勉強を頑張る為に学園に残ったのでしょう?…でしたら、その貴重な時間を食事作りになんて時間をかけさせるわけにはいきませんわ」
「?!」
「……ですから、食事はわたくしが作りますわ。貴女には少しでも勉強に時間を使って頂きたいですもの」
「ヴィオリーチェ…」
私は感動してしまう。食事作りなんて普段することはないだろうお嬢様であるヴィオリーチェが!!私の為に!!そこまでしてくれるなんて…。
きっとこの世界のどこを探しても、ヴィオリーチェにご飯を作って貰った経験がある人間はいないだろう(たぶん)。
推しが自分の為にご飯を作ってくれるなんて経験が出来る人間が世界にどれだけいるだろう…!そんな俗な優越感まで抱いてしまって、ちょっと恥ずかしさすら覚えてしまう…とは言え、私の脳内は一気に花畑になったような気分だった。
そんな感激が顔にも出てしまったのだろう、ヴィオリーチェは少し照れているような、慌てたような様子で綺麗な指先を自分の胸の前で組んで、もじもじとし始めた。
「だ、だって、そうでしょう?アルカは、わたくしが死亡ルートに行かないように頑張ってくれているのですもの。…わたくしだってその為に出来ることは…何だってしたいんですのよ」
私が頑張るのは、私がヴィオリーチェに死んでほしくないからで、だからその為に頑張ることは全然苦ではないし、私が料理を頑張ろうとしたのは、大好きなヴィオリーチェに美味しいものを食べて欲しいって私がそう望んだからで…別にそのことでヴィオリーチェから何かを貰いたいって思ってる訳じゃない。(…喜んで欲しいと思わないかって言ったら嘘になるけど…)
けど、彼女はそこに申し訳なさを感じてしまうくらいには真面目で、優しくて、本当に真っ直ぐで…。こんなのまた惚れ直してしまいそうだよ…。
「う、嬉しい!ヴィオリーチェが作ってくれるご飯!!!楽しみにしてるね!!!」
つい…。ついあまりにも正直に、私は本音を叫んでしまった。
「あまり期待し過ぎないで下さいませね」
ヴィオリーチェは、少しだけはにかんだように微笑んだ。
転生ヒロインは悪役令嬢をお姉さまと崇めたい! 夜摘 @kokiti-desuyo
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