第4章 貴女と過ごす最高のサマーバケーション

第39話 最高の夏、始まる

 夏季休暇。つまりはいわゆる夏休み。

 それはここ、魔法学園クレッセントムーンの世界にも存在するお休みだ。

 定期試験の後にある少し長めのお休みで、寮暮らしの生徒たちも専用の宿舎で生活している教師たちも、その殆どが実家に帰ったり、どこかの避暑地へとバカンスに出かけるのだと言う。

 そんな訳で、この休暇期間の間、この学園はほぼもぬけの殻となるのが通例らしい。

 残っているものがいるとすれば、試験で赤点をとってしまい補習授業を受けなればならないような崖っぷち生徒と、それに付き合うはめになった担当教員、あるいは実家にはどうしても戻れない・戻りたくないと言う特殊な事情のある生徒くらいなもの…と言う訳である。


 そして私アルカシアは…と言うと、さすがにこの学園ほど勉強の環境が整った場所も他にはないので、夏季休暇の間も学園に残り、魔法の勉強に励むつもりだった。

 日々のヴィオリーチェからの教えもあって、前期授業の成績は上々だと言う確かな手応えはあったが、単純に実家に帰っても学園に残ってもヴィオリーチェと会えないなら同じだし…!みたいな気持ちがあって、勉学に打ち込む予定……のだが…


 ヴィオリーチェの思わぬ一言で、私の勉強漬けのはずだった夏休みは、とんでもない大イベントとなることになった…!


「それならわたくしも、夏季休暇は実家へは戻らず、学園ここで貴女と過ごすことにしますわ」


「えっ、ええ?!!!」


 私は想像もしていなかったその言葉に思わず変な声をあげてしまう。

 ゲームでのヴィオリーチェが夏季休暇の間は実家に帰っていて登場しないものだから、つい今の彼女も実家に帰るものだと思い込んでいたのだ。


「ゲームのヴィオリーチェは夏季休暇、実家に帰っていましたけれど、今の私は別にそれに倣わなければいけないなんてこともありませんものね?」


 私の思考を見透かしたみたいに笑う、悪戯っぽく目を細めた表情かおが、なんだかいつもより少し幼く見えて、とても可愛い。(普段から可愛いけど、普段はどちらかといえば美しい系だから…)思わずドキッとしてしまう。


 私がそんな風にどぎまぎしているのを知ってか知らずか、ヴィオリーチェは少し躊躇いがちな様子で言葉を続ける。


「それに…、夏季休暇の間は寮の皆もほとんどいなくなりますもの。わたくしの同室のルームメイトも実家に帰るはずですわ。…だから、貴女さえ良かったら、お休みの間はわたくしの部屋で一緒に寝泊まりしても構わないですし…」


「え?……………え!?」


 さっきから私の口からは、同じ音しか出ていない。そのくらい驚いてばかりいた。

 だってそんな…そんなことが…現実に起こりうることなのかと、私の脳が理解しきれない。

 古いパソコンみたいに熱くなって、このままオーバーヒートしてしまいそうだ。

 夏休みの間もヴィオリーチェと会えるだけでもご褒美なのに、同室で寝泊まりを?????

 私、そんなに前世で徳を積んだのかな???


「い、いいの?せっかくのお休みなのに???」


 思わず声が上擦った。


「家に戻ったところで、特に予定があるわけでもないですし…。貴女が魔法の勉強を頑張るなら、わたくしだって一緒に頑張りたいって思ったのですけれど…」


 ヴィオリーチェは一度言葉を切って、悲しげに目を伏せる。

 そして、少しばかり上目遣いに瞳を潤ませた。


「…もしかして、アルカには迷惑でしたかしら?」


「そんなことないよ?!!嬉しい!!嬉しくて死にそうだよ!!!?」


 私はほぼほぼ条件反射の勢いで否定した。

 考えるより先に言葉が口から出てきた。


 実際、本当に嬉しくて死ぬかも知れない…!

 だって寝泊まりを?一緒に???夏休みの間中ずっと?!


「あら…。死んでしまったら困りますわね…」


 じゃあ、止めておく方が良いかしら…と表情を曇らせたヴィオリーチェに、私は思わずすがり付くように声をあげてしまう。


「絶対に死なないです!お邪魔します!お部屋お邪魔したいですぅ!!」


 ヴィオリーチェは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、ふわっと花が咲くみたいに綺麗に微笑んだ。



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