そして僕らに
カーライルの本体がDTバレした日の翌週、俺のリアルの生業であるラーメン店、その2号店が堂々オープンした。
1号店の時のような、若さと情熱だけで突っ走るのはもう通用しない。2号店は立地条件にもこだわり、店を任せる人材も厳選し、人からもらえるアドバイスは何でも取り入れた。
経営こんさるたんととかいうのもやってるっていう、会計士の先生も紹介してもらい、いろいろ流行りの経営術や人脈の紹介などもしてもらってる。この年でも学ぶことは多い。
あとは1号店を任せる店長を決めたら、俺は晴れて自由の身、もとい経営者の身分を手に入れるってわけだ。
そりゃもちろん店に立つのをやめる気はないが、これからはだいぶ自分の時間も持てるだろう。ゲーム、ゲームがしたいんだよ、俺は。
ちっちゃい頃からゲーム好きで、でもラーメンも好きだったし、デブの店長は嫌だからって体鍛えまくったり、なんか回り道が異様に多かったけど、ようやく俺はゲームの時間が持てるように…なったはずだ。まだよくわからん。
とりあえず、このところの怒涛の忙しさとはおさらばできそうで、それだけでも口笛を吹きたくなる心境だ。
そう、忙しいを理由に、俺は大層な案件をカーライルとアルシエラに、丸投げした。
何を言っても言い訳だが、俺じゃない方がいいと思ったのは事実なんだよな。
シエスタの本体、未来のことだ。
俺は昔、やつから直接電話で話を聞いていた。拒食にリスカ…、だいぶ不安定な精神状態の娘さんだった。
未来は、だいぶ崖っぷちの精神状態ながらも、相手に依存するしゃべり方はしてこなかった。相手との距離を測れるほど、理性と知性を手放してないってこった。苦しかっただろうな。
だから俺も踏み込まなかった。向こうがちょうどいいって思える距離感で、世間話や人生話をした。あいつも、最後にゃ笑って電話を切った。
だが電話を切った後の俺は、つい舌打ちをしていた。何にもならない。これじゃ、おためごかしにも程がある。
ただ話を聞くだけ、聞いてもらうだけ、それもいいことではあるんだろうが、切羽詰まった人間の助けになるのは、やっぱり何かしらのアクションだ。
それは俺のようなほぼ他人が動くってことじゃない。身近な誰かに助けてもらえるよう、促せたらいいんじゃないかと思う。
そのためにはまず信頼関係。これから毎日あいつに電話して、状況を聞いて、心境を聞いて…。
考えただけで俺は寝た。もー、目が覚めた時には雀がちゅんちゅん、おはよーさんだ。
となればもう切り替えるしかない。俺には店がある。2号店計画もようやく軌道に乗ったところだった。
そうやって仕事をしていれば、未来の話の内容なんてほとんど飛んでく。なるようになれ、俺は飛んでくに任せて、全ての憂鬱を手放した。
きっと何かあれば、あいつから連絡が来るだろう、身内で誰か動くだろう、俺が何かする必要なんかねぇよ。そこまで責任持たなくてもいいことだ。
俺は大人の線引きをしたんだ。
それぞれの人間には、それぞれの人生があり、余裕があるときだけ他者との交わりができる。
だがたとえ交わったとしても、どちらかの色に侵食されきって、自分の人生の色が変わっちまうようなことはしない、それが理想的な関係だと俺は思う。
そういう、こっから先はダメだ、ここまでだ、っていう諦めは、いつからできるようになったんだろうな。
少なくとも10代、20代の前半くらいまでは、大切な友のためなら命を差し出すような主人公の行動に、感動できるくらいだった気がするんだがなぁ。
年は取りたくないねぇ…とぼやく頃には、俺の頭の中にはもう、未来の人生のことなんか、かけらほどしか残ってなかった。
そして俺が忙しくしている間に、シエスタはアリスに出会った。
それからシエスタが元気を取り戻すまで、ほんとに時間はかからなかった。
ほらな、俺が何かしなくたって、人間ってのは自分で勝手に立ち直ってくんだよ、なんて一人納得しながら、俺は心の荷を完全に降ろした。
シエスタの裏事情がどこまで良くなったのかは気になりはしたが、まあそれもなんとかなってるから今ここにいるんだろう、そう思うことにした。
事態が動いた時には、俺よりずっと主人公向きなやつらが揃っていた。
純粋な気持ちで仲間の安否を気遣うあいつらが、まぶしい生き物に思えた。
まぶしく思えた時点で、俺はシエスタを本当に切り捨てていたんだなと気づかされた。苦笑いもできなかったよ。
だからせめて、脇役のおっさんらしく、説教のような講釈を垂れた。やつらがかみついて、乗り越えてくることを願って、だ。
俺にはできなかったことを、こいつらの持つ若さは、若さゆえの熱量は、シエスタに、未来に、届いてくれる…そんな気がした。
賭け要素の強い丸投げだったとは思う。でも、俺はカーライルとアルシエラに託した。
シエスタに…未来に、ゲームを続けててよかった、人との出会いをあきらめなくてよかった、そう思ってもらえたらな、っていう、俺の願望と共に。
そしたらさぁぁぁーーーー、なぁぁぁーーんか、カーライルとアルシエラ、くっついちまったっぽいんだよーーーーー。
俺が次にログインした時にゃ、オーロラヒーラー様がDTをヒールで踏みつける構図が出来上がってたわけなんだけどさ。
強ボス攻略終わってから、いろいろ聞いたよ。カーライルの、リアルでの笑い話を交えつつ、シエスタの、未来のことを。
何でも攻略の少し前に、未来本人からコンタクトを取ってきたらしい。話の内容的に、問題は多々あったけど丸く収まりそうだ、ということだった。
未来は親御さんと和解もできたらしい、と聞いて、俺は胸を撫でおろした。ちゃんと身近な人に繋がることができたようだ。
いつになるかは未定だが、ゲーム復帰も目指すとのことだった。それを聞いたアリスがまったくの無反応になるから、何事かと思ったら、リアルで泣き崩れてたんだそうな。
大団円的エンドを迎えることができたようだったんで、俺としちゃそれで満足で、みんなをねぎらってから寝ようと思ったんだが、呼び止められた。崖っぷちのDTに。
そこから小一時間、男の在り方について聞かれまくりましたよ。俺だってそんなのわかんねーよおっさんもう眠い~~~。
まだ返事をもらってないんだけど、OKだった場合、遠距離恋愛になるからどう発展させていけばいいのか、とか、ゲームの中でのデートってのは、どういうふうにするのが正解なのか、とか…。
青臭いことばっかり聞かれるんで、おっさんわかんな~い、を連発してたんだけど、そしたらカーライル、黙っちまってさぁ…。
そろそろ切り上げるかなーって時に、「差し支えなければで結構なのですが、もしよろしければお答えいただきたく…」とかかしこまって言うから、何なのかと思ったら。
「レヴォルグさんの、はじめての、そういうときのこと、教えていただけないでしょうか…参考までに」
…まあ、やつにしては相当な勇気で聞いたんだと思うよ。わかるよ。きっとこれ打ってる向こう側、あいつの顔真っ赤だよ。わかるよ。
でもさ返事ももらってないのにそこまで考える?考えるよ。それが男ってもんなのよ。恋愛=シモに直結しやすいのが男なのよ。その時になって知識がなかったら困るのよ、相当に。
それにまあ、カーライルだもんな。若い上に突っ走ってんだよな。いいぞいいぞ、そのまま突っ走って、アルシエラに転ばされて尻に敷かれろー。お前ならその展開、多分幸せだぜ。
で、かわいそうなくらいかわいく思えてきちまったカーライルの本体のために、俺は知りうる限りの初めてネタを、やつに叩き込んだ。
自前のものから友人の話、本から得た知識に、客として来てくれた夜の商売してるおねーちゃんたちの話まで。生々しいのをたっぷりね。
深夜の猥談、俺は楽しかったけど、あいつは沸騰寸前で涙目だったんじゃねぇかなぁ。わりぃけどウケた。
若いののピーチクパーチクを見守るのも楽しいけど、ちっとうらやましいなぁ。
俺にも転ばして尻に敷いてくれる誰か、現れてくんねぇかなぁ。なんて思いながら、今日もハウス用家具作っては、マーケットに出して売り買いに目を光らせて、金儲けしてるおっさんゲーマー、恋人募集中。
ゲームだろうがリアルだろうが、人との出会いは薬にも毒にもなる。
出会わなければ毒も食らわないが、人ってのはどっかで求めちまうんだよなぁ、出会ったやつが、自分を認めてくれる存在になってくれることを。
完璧さで誰からも認められる存在で居続けたかったシエスタ。
たった一人からの愛のために、自分を捻じ曲げて失敗して、はっちゃけたアリス。
突っ走る自分を、反省し後悔はしてるけど、止まらずに進んでは転ぶカーライル。
陰キャだと引っ込んではいても、人と関わることで前の向き方を知ったアルシエラ。
んで、俺。
なんだかんだと、いいギルド、いいチームになったんじゃねぇかな。
これからいろんなことで、離れることもあるとは思うが、今が大事にできりゃ上等。
ここのみんなで作れる思い出が、笑顔の種になりゃ最高だよな。
とりあえず、シエスタ復帰までに、ギルドハウスをまるっとリフォームしちまおうかな。おっさん、腕が鳴るぜぇ。
無理はすんな、ほどほどにゲームを、人生を楽しめ。俺もそう心がけているよ。
お読みいただきありがとうございました絵
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Wired ~オンラインで色付いていく彼女の世界~ わなな・BANI @wanajona
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