向日葵畑のハッピーエンド

豆腐数

クリュティエ

 最初の景色は、植え込みの片隅。目を細めても花弁を見つけるのが難しい、キュウリグサ。ツツジの根元で伸びる様々な草花の中でも目立たない、目立たないクラスメイトみたいな花。それでも誰かが「可愛いお花」と褒めてくれたから、蕾を閉じて、満足してその身を枯らす。


 次の景色は、青空の真ん中。雲を千切ったような姿でフワフワ飛んで。風に流され車の作る風圧にさえ押し出され、何もない空き地に落ちる。そこに深く深く根差し、キザギザのロゼット葉を真ん丸に広げ、茎を伸ばし、花を咲かせ、綿毛を作るタンポポになる。周囲に種子を飛ばすうち、空き地に黄色い花の都が出来た。そのうち土地の持ち主の手入れで、また味気ない地面に戻るのだろうけれど──。土地の整備のその日まで、通りすがるたび足を止めた誰かの目を楽しませた。タンポポの根は根深いの。平らにされてもまたいつか。芽を出し咲いてやろうかな。


 次の景色は線路の横。砂利石の中から咲くナガミヒナゲシ。電車をホームで待つあの人が、風に揺れる私を見て微笑む。私は人の足に踏まれてついて、どこにでも咲く。あなたの家の傍にも咲いちゃおうかしら。


 最後の景色は暑かった。ギラギラ燃える太陽から、どうしても顔を反らせない。そうして自分が向日葵ひまわりなのを知った。太陽を愛した女に呪われた花だ。今なお続く女の恋の記憶は、最初からこの身に備わっている。叶わぬ恋、けれど諦められず。今もなお分身体に、太陽への焦がれを強いる。


 私は太陽なんか好きじゃない。せっかくあの人の顔とほど近い身長になれたの。だから──。


「あれ、このヒマワリ、一本だけこっちを向いてる」


 いつも向日葵畑の近くを通るあの人が気づいた。太陽ではない、あなたに焦がれて向いた葵の私に。


「いつも見惚れてるから、振り向いてくれたのかな──なんてね」


 見つめ合うように同じ方向を向いた私達。風が私の背を押して、彼のくちびるにキスをする形になる。


 ──夢はここで終わり。王子様がお待ちかねよ。


 たくさんの花びらが、私を抱きしめるように周囲を舞って、空に散っていく。私は優雅に散華は出来ず、ただただ下へ落ちていく。




つぼみが咲いた」


 私が起きる時、彼はいつもおはようの変わりに言うのだ。私の名前が蕾だから。もっとも、彼に言わせると違うらしいが。


「君の目覚めは「咲いた」と表現するのが正しいように思うんだ」


 理由は彼にもよくわからないらしい。言われる私も、こんなキザな言葉をからかう気にもなれず、すとんと受け入れてしまっている。私が私じゃない時からそうだったみたいに。彼の言葉も私のスルー力にも、なにか秘密があるように思うのだが、その秘密の箱は固く閉じられ、昨夜見た漠然としたイメージの夢と共に吹き散らされてしまっているらしく。何も思い至る事はない。脳裏に散った花達のイメージが一瞬だけ浮かんだけれど、先にベッドから出て私を見おろしていた彼を見上げるのに夢中になって、遠くへ押しのけられてしまった。


 ──それでいいのよ。


 彼が開けたのであろう窓から、朝の陽ざしと共に何かの声が降り注いだ気がする。だけど私はもう付き合って長い事経つ彼の顔から目が離せない。


「君はヒマワリみたいな人だね」


 今度は彼からキスをしてくれた。わからない思い出が、漠然とした歓喜だけをくちびるの感触と共に伝えてくる。

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向日葵畑のハッピーエンド 豆腐数 @karaagetori

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